第0話


 人の背より少し高い木にカーテンのように蔦が生えて下りている。その中から一人の女性が現れた。腰ほどまである茶色の髪に、スモーキークオーツのように澄んだ茶色の目。健康的な褐色の肌は全身古傷だらけで、特に額から左頬にかけてまっすぐある一本、背中にある大きな傷跡は実に目をひく。人によってはよく思わないだろうが本人、フロルは気にしていない。フロルは思いきり伸びをした。
「んーっ……。さて朝ごはんでも食べようかな」
 フロルはさっきまでいた木の枝を「ごめんね」と謝って折り火を起こした。近くの小川から小鍋で水を汲んで、裂いた干し肉を入れて沸騰させた。塩と胡椒で味を調えると質素ながらもスープの完成だ。ナイフでパンを切りとりあぶり、最後のジャムを塗って口へと運ぶ。朝ごはんを食べながら地図を広げる。二本の指を定規がわりに距離を測った。
「現在地がここだから……うん、お昼には町に着くわね」
食事を終えたフロルは片づけをして身支度をする。銀製の髪留めで髪を結い、右は青色、左は赤色と色違いのひし形のイヤリングをつけた。二連の小粒の銀が連なったネックレスを首にかける。へそ出しで両側に腰辺りまで大きくスリットの入ったスカートを履いた。水色を基調としており、正面には大きな蓮の花とその葉が、後ろには小さな蓮の葉が浮かぶ池の背景に山と満月が描かれている。
フロルはテント代わりにしていた木と蔦に手のひら全体で触れた。
「ありがとう」
 そう言うと木と蔦は時計を早送りしたように枯れてしまい、フロルの手のひらに種をぽろりと落とした。それを大事そうに深緑の小袋に入れる。すべての荷物をまとめるとフロルは最寄りの町に向かった。


 街に着いてフロルは適当な人に広場のある場所を訊ねようと辺りを見渡した。一組の男女がなにやら言い合いをしているのが目に入った。
女性は男性に絡まれているようだ。女性はつい先日まで少女であっただろうくらい若い。近づいてみると女性の口からは「離してっ」と拒絶の言葉が発せられている。一見優男にも見える男性はしつこく言い寄っていて、「いいじゃんいいじゃーん」と女性の腕を強引に引っ張っている。フロルは力強い足取りで男女に近づいた。
「もう、やっと見つけたわよ。ずっと待ってたんだから」
 フロルはそう言って女性の空いている腕を自身のものと絡ませた。男性だけでなく女性もぽかんとしていた。もちろんフロルと女性に面識はない。フロルは女性に合図をするようにウィンクをした。女性はその意味がわかり安堵の表情が浮んだ。隙をついて蛇のようにするりと男性から女性の腕をほどき、フロルはさりげなく自分より前へ行かせる。そしてその場を去ろうとしたが男性はもうひとり口説く対象ができたとばかりに食いついてきた。
「なんだあ、そっちのお嬢さんも美人じゃーん。ねえ、三人でご飯行こうよー」
 男性はフロルの肩を掴んだ。フロルはふり返ると男性の足を払って無様に転ばせた。そしてその背中を蹴りうつ伏せにさせる。そして一度地面を踏むと彼女の足元が円のように光る。すると男性の鳩尾にむかって地面が突出した。
「ごふっ」
 不意の一撃に男性は痛みと驚きで気を失ってしまった。
「あなたには種を使う価値もないわ」
 フロルは女性ににこりと笑いかけた。
「大丈夫?」
「は、はい。ありがとうございます……」
「いえいえ。ところでこのあたりで一番人が集まりそうなところってどこかしら?」
「え?えっと広場ですかね。ここからまっすぐ行けば着きます」
「ありがとう」
「あ、あのお名前は……」
 女性が訊ねおわらない内にフロルは颯爽と立ち去った。女性はまるで王子様を見るような目で、フロルの背中を見送っていた。


 フロルは言われた通り進んだ。するとすぐに広場に着いた。中央には噴水が、ほかには花壇や一休みできるベンチもいくつかある。テラス席を備えたカフェはお昼時であるためか盛況だ。フロルはぐるりと広場全体を見回した。
「この広場ならいけそうね。今日はカスタネットでも使おうかしら」
 フロルはさっそく準備にとりかかった。小銭入れの缶を置き、踊りのときに使う種を入れた小袋を腰に身につけた。
「よしっ」
 そのとき、フロルの目つきが真剣なものに変わった。カスタネットを馬が駆けるように軽快に鳴らす。軽くも元気な音に人々は足を止めた。十分人の注目を集めるとフロルは高めで水のように澄んだ声で歌いだした。

『小さな村の近くにある 大きな大きな湖には
 ひとりの天使さまが住んでいる 青々とした木の上で
 いつだって村の人たちを 見守っている天使様
 見守っている天使様

 そんなある日湖に ひとりの少年やってきた
 ぽろぽろ涙をこぼして 水面の自分を見つめてた
 病の母を持つ少年は 天使様に祈った
 どうか助けてくださいと 母を治してくださいと

 見守っている天使様 少年の前に現れて
 こんなことを言ったとさ こんなことを言ったとさ
「あなたがもしも百日間 毎日パンを供えたら 
 きっと母は治るでしょう きっと母は治るでしょう」

 少年その日から 百日間パンを供え続けた
 百日目には天使様が 輝く水を差しだした
「さあこれをすぐに 飲ませなさい」
 少年は風のように駆け出した 母のもとへ吹いたのさ
 その水を飲んだ母親は 病知らずとなったとさ』

 長い歌の最中、フロルは魔法を使いそれぞれの場面を再現した。
背後にこっそりと落とした木の実は魔力を流すと一瞬で大樹となった。カフェのテラス席で昼食をとっていた人も、ベンチでおしゃべりをしながら一休みしていた人も突然現れた目を奪われた。
その後もフロルは片方の指を常に動かしカスタネットを鳴らしながら、こっそり落とした種に足から魔力を注ぐ。彼女を囲むように花が咲き乱れ、アンクレットやブレスレットが光に反射した。その光はまるで湖の水面のようだった。スナップのきいた手首の動き、風に舞う花びらのように優雅に踊った。咲かせた花ははらはらと散らせて風を表現した。そして最後にはフロル自身の周りに花屋顔負けの花を咲かせた。
 その花が咲き乱れる踊りを見た人々は大きな拍手が起き、みんなが缶にコイン、中には紙幣を投げ入れる人もいた。フロルは正面と左右に丁寧にお辞儀をした。人々が余韻に浸りながら立ち去った頃には、缶はお金でいっぱいになっていた。
「ふふっ、これで当分宿には困らなさそうね。よかった」
「あ、あのっ」
 フロルは顔を上げた。そこにはさきほど助けた女性が立っていた。
「あら、さっきの」
「さきほどはありがとうございました。あの、踊り、すごかったです!花も歌声もきれいで。えっとえっと……ごめんなさい、うまく言葉にできなくって。とにかくすごく感動しましたっ」
 女性は頬を上気させて語った。フロルは笑みを浮かべて感想を聞いていた。
「ありがとう。そんな風に言ってもらえると嬉しいわ」
「あ、あのこの町には来たことはあるんですか?」
「いいえ。初めてよ」
「よ、よろしければ案内させていただけませんか?さっきのお礼もしたくって……」
「それじゃあお願いしようかしら」
 フロルは返事をするとウィンクをしながら名乗った。
「私はフロル。しばらくはここにいるつもりだから、よろしくね」



 診断データ
 ・種族:ヒューマン(茶髪・茶眼)
 ・性別:女
 ・職業:旅人、放浪者
 ・属性:地
 ・特徴:顔、体に傷
 ・武器:なし(魔法)
 ・性格:冷静
 ・特技:顔芸
 ・年齢:20歳