第1話―Side:ライト―

 ジュメジル家は、有名だった。それは屋敷が大きいだけでない。政界では知らない者はいないほどだ。それはジュメジル家が政治家たちから金銭を受け取るかわりに、神と呼ばれる存在の力を借り、政治家たちの望みを叶えてきたからだ。そう、ジュメジル家は契約を結んだ神を召喚することができる。雇われている使用人も神を召喚することはできなくても、神の武器や力の一部を札によって使うことができる。いや、できるものしかいない。できなかった者は皆、口封じとして処分されてしまった。それを知る者は、屋敷の者以外にはいない。
 ライトは、そのジュメジル家の長女にして、第三子だ。鬼ごっこができそうなほど広い部屋が、彼女の部屋だ。鬼ごっこをする相手もいないのだが。時計が、夜九時を指す。本来ならば、寝ていなくてはいけない時間だ。しかし大きな窓から入ってくる月の光が明るいので、内緒で遊ぶことにしたのだ。うるさくしなければ、使用人は中に入ってこないだろう。ライトは大きなベッドにちょこん、と座り、唯一の友達であるテディベアのベティにひそひそ声で語りかけた。ベティは、兄であるルーがくれたものだ。首には青いリボンが結びつけられていて、左足の裏にはブランド名が刺繍されている。手足は自由に動かすことができるので、いろんなポーズをさせることができる。
「いい、ベティ。静かにしなくちゃいけないんだからね。リュエルに見つかったら怒られちゃう」
 ベティはつぶらな瞳でライトを見つめ返した。うん、と返事をしたような気がした。向かいにベティを座らせた。そっ、とベッドの下にしまっている、ままごとセットをとりだした。小声でベティに話しかける。
「ねえ、ベティ。ひみつのお茶会をしましょう。月の光の中なんて、すてきよ」
 ティーカップと、おもちゃのチョコレートケーキを並べ、真夜中のお茶会は始まった。いつもと同じお茶会だ。しかし、相手がベティだけでは、物足りない。もう一人くらい、相手がほしい。月独特の魔力のせいだろうか。ライトはその晩、気持ちが高ぶっていた。
「ねえ、ベティ。かみさま、よんじゃおっか」
 ジュメジル家には、召喚の儀式というものがある。初めて神を召喚するときに行われるのだ。召喚の儀式を行うより前に神を召喚することは、禁じられている。ライトもそれは知っているが、こっそり、召喚すればバレないだろうと思った。召喚の儀式の本来の目的を知らないライトは、軽く考えていた。
 召喚の儀式の本当の目的。それはジュメジル家が神に隠し続けている、一族の悲願に関係している。不老不死。召喚の儀式は、不老不死の情報を得るために、神のもとへ嫁がせるための儀式なのだ。その事実と一族の駒であることを教育させてから、召喚の儀式となる。教育は洗脳と言っても過言ではないものだ。
 しかし、ライトはどうすれば神を召喚できるのか知らなかった。それに気がつき、少し落ち込んだ。
「ベティはかみさま、よぶ方法知っている?……えー、教えてよー」
 そんな風に喋らないベティとやりとりしていた。すると、まるで花の香りが風に運ばれてきたように、頭の中に言葉が浮かんだ。言葉は連なり、文章となった。ライトは本能的にその文章を唱えていた。
『われの血に生きし神々よ。なんじ、めいかいより出でわれの血と思いにこたえよ。死の神、プルート』
 ライトは自分の腹部が光っていることに気がついた。ライトの腹部には、火の鳥が翼を広げたような痣がある。そこが光っているのだ。ライトはなぜ、痣が光っているのかわからなかった。けれど、そんなことがどうでもよくなるようなことが起こった。ベティの背後に紫色の霧が立ち込め、それが次第に人の形を成していく。そして現れたのは、男性だった。月の光に照らされる長い髪は空よりも深い色で、紫色のローブを身にまとっている。閉じていた目をゆっくり、と開きライトを見つめた。切れ長の目は誰も寄せ付けないような冷たさもあるが、美しさが勝っていた。
「あなた、かみさま?」
『そうだ。冥界の神、プルート。お前、名はなんという?』
「ライト・ジュメジル」
 プルートは部屋を見渡し、状況を把握しようとした。しかし、ライトが話し掛けてきたので、それはできなかった。
「めいかいって、死んだ人が行くところでしょう?先生が言っていたもの」
『そうだ。……ジュメジル、ということはあの一族だな。儀式か』
「ううん。ちがうよ」
 ライトは首を横に振った。プルートは目を丸くした。自分の記憶が正しければ、ジュメジル家は儀式をするまで、召喚しないはずだ。ライトもプルートの考えていることがわかったのか、説明した。
「あのね、ないしょのお茶会をしたいの。いっつもはベティだけなんだけど、せっかく月がきれいだから、ほかにもだれかいてほしくて召喚したの。……ないしょだよ?」
 ライトは人差し指を自分の口の前に当てた。つまりままごとのためだけに、自分を召喚したのだ。プルートは幼い考えに困惑しながら、念のために訊ねた。
『内緒なのはいいが、契約はどうするんだ?』
「けいやく?」
 ライトは契約のことをたくさんいる家庭教師の一人……神々や召喚について教える先生に習ったが、よくわからなかった。プルートは噛み砕いて説明した。
『契約とは、互いに交わす約束のことだ。契約を結べば、お前の望むことを叶えることもできる』
 少々違うような気もするが、幼い子どもを相手にすることがないプルートにはこれが限界だった。
「……結ぶ。だから、いっしょにあそんで」
 ライトは召喚の儀の前に神を召喚すること、ましてや契約など言語道断であることをすっかり忘れてしまっていた。プルートは目の前にいる少女が、契約の意味をちゃんとわかっているか不安になった。しかし、本人がその気なのだ。どうにもできそうにない。
『わかった』
 プルートはライトの腹部、不死鳥の痣にそっ、と触れた。召喚したときと同じように光り、なにか力を注入されているような感覚がする。痛くはないけれど、少しくすぐったい。ライトはがんばって堪えていた。もう我慢できなくて笑い声を上げてしまいそうになったとき、プルートの指先が離れた。
『お前のその痣は、神を召喚するために生まれつきあるものだ。神を召喚したときに、光るらしい。……さあ、契約は終了した』
「じゃあ、いっしょにお茶会してくれる?」
 見上げる幼い瞳に、プルートは断り切れず付き合うことにした。
『少しだけだぞ。子どもはもう寝る時間だからな』
「うんっ」
 ライトは満面の笑みで、頷いた。このとき、幼い彼女の運命の歯車が回りはじめたことに、気がつけた者は誰もいなかった。

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