ももなのともだち

 ももなは何度目かわからないため息をつきました。
 ももなが落ちこんでいるのは、ひと足先にひとりでもえぎ村に住むおばあちゃんの家にきたからでも、一週間前からはじまった夏休みに出された宿題が思ったより多いからでもありません。ラビのやわらかい体が見当たらないからです。
 ラビは六年前、ももなが六さいの誕生日におとうさんとおかあさんからプレゼントされました。白くてやわらかいからだにとがった耳、くりくりとした赤いガラスの目。首に結われた黒いリボン。人間ならきっとおしゃれな女の子だったでしょう。
「ラビがいないなんて……」
 ももなの目にはうっすらなみだがうかんでいました。
 おばあちゃんはももなが来てくれたことをとても喜んでくれました。けれどももなの表情はさみしさと悲しみが混じっていました。
それはおばあちゃんの家にきて一週間経っても変わることがありませんでした。
 その日のお昼になるとおばあちゃんはももなに声をかけました。
「ももなちゃん。ちょっとほのかちゃんのところにくすりをもらいに行ってくれないかい?やっぱりどうにも動くのがつらくてねえ」
 おばあちゃんはよくこしが痛くなると言っていました。今朝もつらそうだったのですがそれがひどくなってきたようです。
「いいよ。でもほのかちゃんって?」
「この村にいる、くすりをつくっている魔女なんだよ。あいたたた……」
 ももなはおばあちゃんのために、魔女の家を目指すことになりました。


 ももなはひとりでおばあちゃんに教えてもらった道を歩きました。川の流れるさらさらという音が聞こえます。
「魔女ってどんな人なんだろう?」
 なつめの頭のなかでしわだらけの顔だったり、かわいい服を着た女の子の姿を思い浮かべていました。
 魔女の家はすぐにわかりました。ぽつんと一軒だけ家が建っていたからです。さくには『くすり屋 ほのか』と看板がかかっています。とびらはくる人が入りやすいようにするためか、少し開けられていて『営業中』というボードがかべにかけられています。
 ももなが入っていいのか迷っているととびらが開きました。そこにはひとりのお姉さんが立っていました。こいむらさき色の髪は肩まであり、黒いひとみはくりくりして人形のようです。
「お客さんかな?どうぞ、入って」
 お姉さんはにっこり笑って家のなかに招きました。
(この人がほのかって魔女なのかな?)
 家のなかはまるで時間が止まっているようでした。まどからやわらかい太陽の光で明るく、ハーブのにおいが部屋中に広がっています。
「あなた、この村の人じゃないよね。……もしかしてももなちゃん?」
 ももなはびっくりしました。ももなの頭にはてなマークが見えたお姉さんはくすくすと小さく笑いながら種明かしをしました。
「あなたのおばあさんが、このあいだくすりをとりにきたとき話してくれたのよ。ああ、自己紹介がおくれたわね。わたしがここでくすりをつくっている魔女、ほのかです」
 ももなは大事な用事を思い出しました。
「あ、あの……お、おばあちゃんが、こしが痛くって動けなくって、それでかわりに薬をもらいに……」
「まあっ。わかったわ、すぐに痛み止めをつくるからちょっと待っててくれる?」
 ほのかはおくの部屋に消えました。お店の雰囲気やほのか自身から出ている春の日差しのようなオーラから、ほのかがとてもいい人なのだとわかりました。
 たなにならんでいるのはポプリやハーブティーのほか、アロマオイルやハーブの入ったクッキー、ぬりぐすりなどなど。パッケージにはやわらかい少し丸みがかった字でそれぞれのくすりの名前を書いています。それぞれ商品が入っている平らなかごには説明文がはられています。
 ももなはソファーにこしを下ろしました。おくの部屋からは、がさごそと作業をする音が聞こえてきました。
「なんだかふしぎなところ。……ラビもきっと気に入っただろうなあ」
 くすりができるのを待っているあいだにももなはいつしかふねをこぎはじめてしまいました。
 ももなはほのかに軽く肩をたたかれるまでじぶんが眠っていたことに気がつきませんでした。このお店にはきた人がリラックスできるようにポプリをおいているので、待っているあいだにねてしまう人はよくいるとほのかが教えてくれました。
「帰ったらおばあさんの腰にぬってあげてね。明日の朝にはよくなると思うわ」
 ほのかは丸いケースのふたを開けて説明しました。なかには緑色のクリームは入っています。ももなはうなずき、ぬりぐすりを受けとりました。
「よかったらまたきてね。こんどはじまんのハーブティーを出すから」
「は、はい」
 ももなは帰りながら、ほのかのハーブティーがどんな味なのか気になりはじめていました。


 ほのかの言うとおり、もらった薬をぬると次の日の朝には元気になりました。
「あの薬……どんな風につくってるんだろう?」
ももなはお昼には自然とほのかの家へ足がむいていました。太陽のひかりがじりじりとはだを焼きます。
 カウンターには『作業中。少々お待ちください』という小さな看板が置かれていました。 お客さんがいない店内で、ももなはおとなしくソファーに座って待つことにしました。ふとソファーがあるほうのかべに一枚のはり紙があることに気がつきました。きのうは商品に目をとられていてわかりませんでした。
「ええっと『こころの傷ぐすり、あります。くわしくは店長ほのかまで』……。こころの傷ぐすりってなんだろう?」
 するとほのかがおくの部屋から出てきました。
「あらももなちゃん。ごめんね、ちょっとたのまれていたくすりをつくってたの。
 ハーブティーの準備をするからちょっと待ってね」
 そう言ってほのかはまたおくに引っこみました。そして木のトレイにすきとおった新緑色のアイスハーブティーふたつとお皿いっぱいのハーブのクッキーをのせて運んできました。
「おまたせ。ミントとレモングラス、それから冬風(ふゆかぜ)草(そう)のハーブティーよ。冬風草は魔女しか育てられないハーブで飲むとすずしくなるからね」
「へえ。いただきます。……おいしいっ」
 くせのない味で飲むと暑さなんて吹き飛んでしまいました。春か秋のとてもすごしやすいなかにいるようです。
 ももなはハーブティーを飲みながらほのかと話をしました。ももな自身のことはもちろん、家族のこと、ほのかのこともいろいろ知りました。ほのかは師匠からひとり立ちしたときにこの村にきたこと、じぶんがつくったくすりでみんなが元気になるととてもうれしくてほこりに思っていることなど。
「あの、この『こころの傷ぐすり』ってなに?」
 ずいぶん話してからももなははり紙を指さしてほのかに尋ねました。ほのかは親切に教えてくれました。
「人はだれだって傷つく。こころないことを言われたり、いじわるなことをされたり……。そのときのつらい気持ちや悲しみにずっととらわれてしまうの。まるで決して切れないくさりにがんじがらめにされたように。そんな人たちのこころを治すためのくすりなの。……今のももなちゃんも、そうじゃない?」
「え……」
 ももなはこころのなかを見られたような気がしました。そう思ったのが顔に出ていたのかほのかは「すぐにわかったよ」と言って続けました。
「だってももなちゃん、とても悲しそうな目をしているんだもの」
 いちど言葉を区切って、にっこりとすべてを受けとめるような強くもやさしい笑みをうかべました。
「ねえ、よかったらとまりにこない?しばらくいればいいよ。……ももなちゃんのこころを治したいんだ。悲しみにとらわれていいことはないから」
 ほのかがももなのことを本気で心配してくれているとわかりました。ももなはとまりにくることにしました。


 一度帰ったももなはおばあちゃんにゆるしをもらって、すぐに準備をしました。空がほんのりオレンジ色になるころにほのかの家にふたたびやってきました。
「今日はもうおしまい」
 そう言ってほのかは『開店中』というボードをひっくり返して『閉店』を表にしました。
 ばんごはんを食べてから、二階のほのかの部屋でこころの傷ぐすりを使う準備がはじまりました。
「ももなちゃんはなんで悲しいの?……ゆっくりでいいよ。話せるようになるまで、いつまでも待つからね」
 そう言ってほのかは、上がってくるときに持ってきたハーブティーをいれて、ももなに差し出しました。ももなはハーブティーを受けとりました。
「……クラスの男子たちに、ラビがこわされたの」
「ラビ?」
 ハーブティーを一口も飲まず、包みこむように持っていたティーカップがぬるくなったころ、ももなはようやく口を開きました。
「六歳の誕生日に買ってもらった、ウサギのぬいぐるみ。大切なともだちだったの。お父さんもお母さんも仕事がいそがしくて帰ってくるのもおそかったけど、ラビがいたから学校のともだちとお別れしたあとも、さみしくなかった」
 ラビとおしゃべりしたことや、いろんなところに行った日々のことが頭にうかびました。しかしすぐに表情がくもります。
「いつもみたいにラビを連れて学校のともだちの家に行った帰り道にね、その男子たちとたまたま会ったんだ」
 その男子たちは人がいやがることを言ったり、いじわるなことをするのでももなは来た道を引き返そうとしました。
「その中心の男子がね『六年生にもなってまだぬいぐるみなんて持ってんのかよ』って言ってラビをあたしからとったの。それでほかの子たちに投げてわたした。その子たちも順番にラビをらんぼうに投げて……」
 まるでボールのように、らんぼうにあつかわれるラビを思い出すと目になみだがうかびました。
「返してって言っても返してくれなくて……投げるのにあきたらけったり、たたきつけたりして、ラビがどんどんぼろぼろになっていって……」
 ももなのほほに流れるなみだを、ほのかがそっと人差し指でぬぐいました。そしてだきしめて、なぐさめるようにせなかをとんとんっとやさしくたたきました。
「く、苦しかった……。ラビのからだから綿が出て、うでや足がとれていって……。助けたかったのに、助けられなかったの」
「そうだったんだ……」
「おかあさんに見せたら、こんなにぼろぼろになったら直せないって言われて……。そのあと、おとうさんが新しいぬいぐるみを買ってきたの」
 けれど買ってきたのはクマのぬいぐるみでした。夜のように真っ黒な目に、丸い耳、くせっ毛のからだ。なにもかもラビとはなにもかもがちがいます。おとうさんは「ごめんな、同じようなものがなかったんだ」ともうしわけなさそうに言いました。
「あたしはぬいぐるみじゃなくって、『ラビ』にもどってきてもらいたいの……。だからあんなクマのぬいぐるみなんていらないっ」
 それを聞いたお父さんはとても落ちこみました。ずっと話を聞いていたほのかはむくりと起き上がりました。
「ももなちゃん、こっちにきてくれる?」
 ももなはほのかのあとについて行きました。
 ふたりがきたのはキッチンでした。ももなはぐるりと見回しました。生や乾燥させたハーブがあります。つるされていたり、ビンなどの入れものに収められています。ほのかはこしあたりにある引き出しからひとつの箱をとり出しました。そのなかから水晶のようなキノコと刻まれたハーブをとりだしました。さらに一度庭に出て、ふんわりとまるでなにかを守るように花びらが閉じている花を摘んできて、乾燥させたラベンダーと手に収まるくらいの金属製の入れ物を用意します。そして慣れた様子で作業を進めます。
「くだいた水晶キノコはこころをきれいにしてくれる。
 刻んだ呼び鈴草は会いたい人に会わせてくれる。
 やわらかいゆりかごの花はぐっすり眠らせてくれる。
 ラベンダーはリラックスできる。
 さあ、あとはこれらをこの入れ物に入れてひたひたになるまで水を注いで……できあがり」
 ほのかはそれをももなに「持ってて」とわたしました。そしてほのかは真ん中が空いた、これも金属でできた台と短いろうそくを持ちました。
「さて、部屋にもどろう」
 ほのかはこれからのことをすべてわかっているのか、小さくウインクをしました。
 部屋にもどると、ほのかはももなにベッドの上で横になるように言いました。ベッドの側に台と入れ物をセットしました。その下にろうそくをすべらせます。
「さあ目を閉じて、力を抜いて」
 ほのかがそう言うころには、ももなのまぶたは重くなり知らないうちに夢の世界へと旅立っていました。


 ももなは気がつくと見覚えのある場所にいました。そこはももなの部屋でした。
「あたし、ほのかさんの家にとまっていたのに……。そうか、これは夢なんだ」
 ももなはベッドを見てはっと息を飲みました。そこにはもういないはずのともだち、ラビがちょこんと座っていたのです。
「ラビ!」
 ももなはラビにかけよって思いきりだきしめました。マシュマロのようなだき心地がももなのうでのなかに収まります。するとどこからか『く、苦しいよ、ももなちゃん』という声が聞こえました。ももなは声の主を探しました。
『ここ、ここだよっ。ももなちゃん』
 ゆっくり下を見るとラビが『ぷはっ』と苦しそうに顔を出しました。ももなは目を丸くしました。
「ラビっ?ラビしゃべれるの?」
『うんっ』
「ああ、また会えたっ。うれしいよラビ!」
 ももなはもう一度ラビをだきしめました。ぽろぽろとなみだが流れます。
「ご、ごめんね。あのとき、助けてあげられなくってごめんねえ……!」
『ううん。だいじょうぶだよ。ももなちゃんのせいじゃないもん。痛かったけど……ももなちゃんが助けてくれようとしてくれていたのはわかっていたから』
 ラビはまるでお姉ちゃんが泣いている妹をなぐさめるように言いました。ももなのなみだはラビの顔やおでこに落ちて、悲しみもいっしょにすいとっているようでした。
「わたし……ラビがいなくってさみしいよう」
『うん。ラビもさみしい。でもねももなちゃん』
 ラビはぴょんっとももなから抜け出しました。そして小さなからだでしっかりとももなを見上げました。
『もうラビはいっしょにはいられない。ももなちゃんのところには……帰れない』
「いや……いやだよ。ラビとずっといっしょにいたい」
『ラビもだよ。でもラビにはもう……できない。けどね、ももなちゃんといた毎日はなくならないよ。おしゃべりしたことも、いろんなところにいっしょに行ったことも。楽しかった日もちょっと悲しかった日も。ラビがいないからって消えちゃうわけじゃないよ。ラビは長いあいだ大切にしてもらえた。それだけでじゅうぶんだよ』
 ももなはなみだがとまりませんでした。何度も首を横にふりました。そんなももなにラビは言いました。
『ももなちゃん、おねがいがあるの』
「……なに?」
 ももなは鼻をすすりました。
『おとうさんとおかあさんが新しいぬいぐるみを連れてきたでしょう?あの子となかよくしてあげて。ぬいぐるみとっていちばん悲しいことは、必要とされないことだから。手にとったりプレゼントされた人とともだちになれないことだから』
 ももなは部屋が消しゴムを使ったときのようにどんどん真っ白になっていることに気がつきました。もうお別れの時間なのです。
「いやだよお。行かないでよラビい……」
 ももなはラビをだきしめようとしました。しかし最初のときのようなだき心地はなく、すうっとすり抜けてしまいました。
『だいじょうぶ、ラビはずっとももなちゃんの側にいるから。ももなちゃんのこころのなかにいるから。だからもう泣かないで』
 そのときガラスの目がにっこりと笑ったような気がしました。
『さようなら。ももなちゃん』
 それがラビの最後の言葉でした。


 目を覚ますとももなはじぶんのほほになみだが流れていることに気がつきました。窓からは朝日がふり注いでいます。ほのかは見当たりません。ももなは手のこうでなみだをぬぐうと一階におりました。
 キッチンではほのかが、まるでももなの目覚めを待っていたかのように小さないすにこしかけて窓の外をながめていました。
「おはよう。ももなちゃん。ラビには会えた?」
 ももなはなにも言わずうなずきました。ほのかは安心したように表情をゆるめました。
「あれがこころの傷ぐすりのひとつなんだ。ほかにもとてもからだが大きいと飴にすることもあるし、べつの材料を使うこともあるよ」
 こころが少しすっきりしたような気がするのはそのせいでしょうか。ももなはほのかに尋ねました。
「ねえ、あれって本当にラビなの?」
「ええ。でも生きのこったのとは少しちがう。ももなちゃんのこころにいる姿で、夢のなかだから会えたんだよ」
(じゃあ、あれがラビの気持ち……)
 ももなは考えました。ラビはももなにどうしてほしいのか、ももなはこれからどうするべきなのか。


 ほのかの家にとまって三日後で、おとうさんとおかあさんがくる日の朝でした。ごはんを食べ終わったあと、前の日の夜にしこんでいた水だしハーブティーを飲みながらほのかが尋ねてきました。
「ももなちゃん、こころの調子はどう?」
「前よりも悲しい気持ちがへった、気がする」
「そう。よかったわ」
 ももなはほのかに相談しました。
「……この悲しい気持ちがなくなったら、ラビをわすれたことになるんじゃないかって不安になっちゃうの」
「夢のなかで、ラビはなにか言っていた?」
 ももなの頭には夢でのことが細かく再生されていました。ラビの目もふわふわした感じもかわいい声も。
「わたしとラビがいっしょにいた日はなくならないって。……ラビがいなくても、すごした日々がなくなるわけじゃないって。でもね、ラビのことを考えないようになるのがこわくて。そのままわすれちゃうんじゃないかって」
 ももなにほほえみながら、ほのかは首を横にふりました。
「それはちがうよ。ずっと悲しい気持ちでいることと、ラビとの楽しかった日を思い出すことはまた別。
 だからももなちゃんはもう前に進んでいいんだよ」
 ラビはももなが助けられなかったことをうらんではいませんでした。ももながずっと悲しみや後悔のくさりにとらわれていることのほうが、ずっとつらそうでした。ももなは一度目を閉じてひらきました。
「わたし……おとうさんがくれたクマのぬいぐるみとなかよくしてみる。ラビのかわりじゃなくって、別のともだちとして」
「うん。いいと思う」
 ももなはじぶんのこころをしばっていた見えないくさりが、ゆっくりとかれていくのがわかりました。そして決めました。
「わたし、おとうさんとくまのぬいぐるみにあやまる。それからなかよくするんだ。でもラビのことはわすれないよ。ずっといっしょにいたんだもん」
 ももなはクマのぬいぐるみにどんな名前をつけようか考えるのが楽しくなっていました。
「ありがとう。大好きだったし大好きだよ、ラビ」
 ラビがどこかで見守りながらうれしそうに笑っているような気がしました。

                                   終わり

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