怪盗ブルーバタフライとのろいのガラス

 真夜中の美術館はこわいくらいしずかです。床は大理石でできていて、足音が大きくひびきます。かざっている絵のために、展示室の温度は低くされているためひんやりとしています。
 この美術館の警備員である彼は、ほかの人たちといっしょに一枚の絵を守っていました。それは『王になったとき』という百年前に描かれたもので、この美術館で一番人気の作品です。この絵を今夜とある怪盗がぬすみにくるのです。
 その名前は怪盗ブルーバタフライ。近ごろ街で姿を現していて、美術品や宝石などをぬすんでいます。顔の上半分は仮面をしていて、下半分は仮面と同じ青色のマフラーでかくされているため人相はわかっていません。けれど背かっこうから考えて少年ではないか、と考えられています。
「まったく……なんでけいさつに言わないんだよ」
「そりゃあ、ここの館長にも黒いうわさがあるからなあ。大金積んで無理やり買いとってるとか、事故に見せかけて美術品の持ち主の命をうばうだとか」
 絵をはさんでとなりに立っている警備員なかまが言いました。この街、トリームではめずらしくありません。目立ったあらそいごとはありませんが、裏ではいろんなことが行なわれています。
 そのときです。ふっと明かりが消えました。警備員たちはあわてました。
「な、なんだっ?」
「怪盗ブルーバタフライだ!」
 だれかがそうさけびました。しかし真っ暗でなにも見えません。あちこちで人同士がぶつかっているのか「あいたっ」や「明かりをつけろ!」という声がします。警備員も動こうとしたとき、だれかに足をひっかけられて転んでしまいました。地面にぶつけた顔をさすっていると頭の上から声がしました。
「予告どおり、『王になったとき』はいただく!」
 少年の声でした。ブルーバタフライでまちがいないでしょう。警備員は転んだ姿勢のままブルーバタフライの足をつかもうと、手をのばしましたが空を切ります。なんとか顔だけでも見ることはできないか、と警備員は足音がするほうを見ました。ブルーバタフライのうでがいっしゅん横にのびたのがわかりました。そして次の瞬間、窓ガラスがバリインっとはでな音を立ててわれました。われたところから月の明かりと風が入りカーテンがなびき、部屋の中が少し明るくなりました。飛ぶ姿はその名のとおり、ちょうのようにどこかゆうがでした。
「に、にげたぞ!追え!」
 その場にいた警備員たちは窓のほうへとかけだしました。しかし窓の外にはもうブルーバタフライの姿はありませんでした。このとき警備員たちはもう一枚絵が盗まれていることに気がついていませんでした。

◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 ジングの店はまだ閉まっていました。しかしモルはそんなことお構いなしで、ドアをらんぼうに開けます。ジングはのんきにカウンターの中で新聞を読んでいました。
「おやブルーバタフライのかっこうのままとは、めずらしいこともある……」
「あんたに聞かなくちゃいけないことがある」
 モルはジングの言葉をさえぎりました。そんなモルとは反対にジングはゆったりと新聞を折りたたみます。
「なんだい?こわい顔をして」
「あんたはなんでガレーティの四大名作を集めているんだ?」
「言ったじゃないか。一族の宝で……」
「そんなことありえない!ガレーティはこの四大名作をけっして世に出さないようにしていた。それに四大名作は試作品以外に残っていない。ガレーティ一族以外に四大名作を持っているはずがないんだから」
 声をあげたのはローズでした。ジングはいっしゅん目をするどくし、言葉をつむぎました。
「じつはぼくはガレーティ・ドルミアンの一族で……」
「あんたみたいな人は知らない。あたしの名前はローズ・ドルミアン。あたしこそがガレーティ・ドルミアンの子孫よ」
 空気がひんやりと冬の朝のようにはりつめます。ジングは長く息を吐き出しました。「くっくっくっ」と笑いながら片メガネを外しました。するどい目はモルがよく知っている、意地悪な大人のものでした。ジングは憎らしそうに二人を見ました。
「あーあー。まったく、こんなガキどもにひっかき回されるとは」
「前からうさんくさいとは思っていたけど……目的はなんだ?」
「まさか……ゴブレットの中の不幸じゃないでしょうねっ?」
 ローズの言葉にジングはにやりと悪魔のような笑みを浮かべました。
「ご名答。さあ四大名作をわたしてもらおうか。……と言ってもきみは断ることなんてできないよ。怪盗ブルーバタフライ」
「どういうことだ?」
 モルはむねのあたりがざわざわとしました。
「今きみの家のまわりには、金でやとったゴロツキたちを待機させている。四大名作をわたさないなら……きみの家族である子どもたちがどうなるかわかるね?」
 モルは歯ぎしりをしました。四大名作をわたさなければ、ジングは家のみんなをおそうつもりなのです。
「まだ全部そろっていないぞ」
「そうだね、きみ『は』すべて手に入れていない。けれど……そこのおじょうさんはどうかな?ゴブレットのことを知っているということは、きみも四大名作を集めているんじゃないのか?」
 ローズはどうすればいいかこまりました。たしかにローズは『さとう入れ』を今も持っています。四大名作がほかの人の手にわたることは、なんとしてもさけなければいけません。けれどジングにわたさなければ、モルたちがあぶない目に合うということはわかります。
 ローズは決心して『さとう入れ』をジングにわたしました。せめてもの抵抗でめいいっぱいにらみます。しかしジングは「おお、こわいこわい」と心にもないことを言っただけでした。
「さて次はきみの番だ、ブルーバタフライ」
「……わかった。けれど今は持っていない。アジトにかくしてある」
「じゃあ持ってきてもらおうか。持って来なければ家をおそうからな。ああ、おじょうさんはここにいてもらうぞ」
 モルはくやしそうにジングを見ました。まずは『つるバラの酒器』をわたし、アジトに『商売の花びん』と『夜ツバキのゴブレット』をとりに行きました。
 しばらくして約束通りモルはもどってきました。
 白い布に包まれて運ばれたふたつがほんものか確認したジングはローズをはなしました。ローズはモルの元にかけ寄ります。目的のものが手に入ったジングは満足そうにじゃあくな笑みを浮かべていました。
「はははっ!ようやく四大名作を手に入れたぞ」
「なぜゴブレットのふたを開けようとする?不幸をまき散らしてどうするつもりだ」
 モルの質問にジングはいやなことを思い出したようにまゆの根をよせました。そして彼は語りはじめました。