ミシンの走り道

不安を感じさせる真っ黒な雲が空をおおっている。その真っ黒な雲は雨を降らそうとしているのをがまんしているようにも見えた。
「今にも降りそうね」
 窓を見てみつりはつぶやいた。外が暗いせいか窓に前髪の右側を二本のヘアピンで留め、肩まである茶色の髪は下ろしたままにしている自分が映りこんでいた。
「ラスカ、雨戸閉めといてくれる?」
 みつりは羽を手入れしている使い魔のカラス、ラスカにたのんだ。
「あいよ」
 ラスカは羽の大きさを変化させ、一度思いきりばさっと羽ばたくと人の姿となった。長い黒髪を一つに結い、黒のベストとズボン、白いシャツを着ている。使い魔は仕えている魔女の魔力が強くて安定していると人の姿をとることができる。人の姿をとったラスカは家のすべての雨戸を閉めに行った。そのあいだ、みつりは作業を再開することにした。
 目の前には足ぶみミシン。その針にささっているのは裏返された大きな星柄の布。この村、三つ森村の女性からの依頼として星柄でマチの広いかばんをつくっているところだ。
 魔女は大きく三つに分けられる。
 薬をつくって病やけがをいやす、薬の魔女。薬草の知識や育て方についてくわしい。薬の魔女にしか育てることができない薬草もある。
 一つのところに長いあいだ留まることなく、いろんなところで人助けをしている旅の魔女。
 そしてみつりがそうである、ものをつくる魔女。魔力がこもった、魔法のアイテムをつくることができる。
 みつりは一つ深呼吸をした。意識を目の前のかばんに集中する。ミシンのペダルをふみながら布を奥へ進ませると、布と布を糸が結びつける。その作業が進むのと同時に、みつりの体から虹色の光がじわりとにじみ出る。波をえがきながらその光は、つくっているかばんに吸いこまれていく。ミシンの走るダダダダッという音とともに完成に近づいていくかばんは虹色にぼんやりと光っていた。ミシンの動きがとまり、みつりが糸を切るとすうっと虹の光は消えた。
「よし、できた」
 みつりは完成した星柄のかばんを広げた。マチの広さは直径七センチ。つまり、底七センチのかばんの完成だ。表面のチェックを終えるとみつりはかばんを裏返した。裏の生地は表の色と同じ紺色にした。内ポケットは二つに分かれている。
「うん、ぬい損ねているところもほつれもなし」
「今度はどんなかばんなんだ?」
 いつの間にかすべての雨戸を閉め終えカラスの姿にもどったラスカは、みつりの肩の上に乗ってかばんをのぞきこんだ。
「今回はね見た目よりたくさん入るのと、なくしたものが中から出てくるようにしたんだ。念じながら手を入れるとなくしたものが出てくるの」
「ふーん、便利だな」
「でしょ?」
 そのときバラバラッと勢いよく雨が当たる音がした。
「うわ。降りはじめてきちゃった」
「こんなに強い雨はひさしぶりじゃないか?」
「そうだね」
 みつりは立ち上がって紙袋に完成させたかばんを入れた。そして店頭へ移動した。店とみつりの作業場は分かれているが、店頭からみつりの作業が見えるように、ガラスでしか仕切られていない。店にはみつりがつくったものがならんでいる。会計などをするカウンターの内側に紙袋を置いた。依頼してきた女性がいつとりにきてもいいように、だ。みつりはふと店内の時計を見た。
「え、まだ四時なの? 真っ暗だからもう夜かと思った」
「みつりは集中したら時間をわすれるからな。おれがいなかったらお客がきてもわからないだろうし、ずっと寝ずに作業しているだろうな」
「ははーっ、感謝してますラスカさま」
 じょうだんっぽく言うみつりにラスカは「へーへー」と返した。
「よし、まだ四時なんだったら小物かなんかつくろうっと。このあいだ使った花柄の布があまってるからブックカバーがいいかな」
「じゃあおれはゆっくりしておこう。夕飯ができたら呼ぶから」
「ありがとう」
 大きな雨つぶが派手な音を立てている中、みつりはミシンを再び走らせた。

 次の日、太陽は元気に輝いていたが村全体がなにやらさわがしかった。
「どうしたんだろう?」
 みつりはドアから上半身だけを出した。するとちょうど肉屋さんのおばさんがみつりの前を通りかかった。
「お肉屋のおばさん、なにかあったんですか?」
 肉屋のおばさんは「あっ、みつりちゃん」と歩をとめた。
「大樹さまが大変なことになってるらしいの。枝が折れたりさけたりしてるんだって。だれか禁足域に入ったのよ」
 この三つ森村には大樹さまと呼ばれる森の神さまをまつっている木がある。大樹さまは大昔食べものがなかった村に、りんごやオレンジなどの果物を実らせ救ったという伝説が残っている。この村の人たちがその木をどれだけ大切に思っているか、三つ森村にきて半年ほどのみつりでも知っていた。そして神さまがふだん住んでいるとされている森の一部を、禁足域と言って立ち入り禁止にしている。そこに入ってしまうと森に住んでいる神さまが怒って、まつっている大きな木の枝が折れたりするらしい。
 肉屋のおばさんはみつりに簡単な説明をすると重そうな体で一生けん命走って行った。
「ラスカ、わたしたちも行こう」
 みつりとラスカが大樹さまのある、村の広場へとむかった。
 周りには人だかりができていた。大樹さまの枝の何本かは地面に落ちていて、さらにさけているところもあった。
「大樹さまがお怒りだっ」
「一体だれが禁足域に入ったんだっ」
 そのとき大人にまぎれて落ち着きのない男の子がいた。あまり店にはこないが名前がトオヤだということは知っていた。
「だれか禁足域に入った者はおるか? 正直に言いなさい」
 村長が大きな声でみんなに尋ねた。ざわざわしている中、トオヤが口を開いた。
「おれ、見た。禁足域に入るところ」
 ざわつきが大きくなる。村長はトオヤに尋ねた。
「だれが入って行ったんだ?」
 トオヤは無言でみつりを指差した。その指は少し震えているような気がした。
「へ……?」
 みつりはとっさに反応できなかった。昨日みつりはずっと店で作業をしていたし、天気が悪かったので、禁足域どころか外にもろくに出ていない。村の人たちの鋭い視線がみつりにささる。
「ち、ちがうっ。わたしじゃないっ」
「そうだ。みつりは昨日店から出ていない。ずっとミシンでかばんなんかをつくっていた」
 ラスカも続けて言った。しかし村人たちの目つきは変わらなかった。
「やっぱりよそものは禁足域のことをわかっちゃいなかったんだ」
「魔女だって言ってもしょせんは子どもとはいえ、やっていいことと悪いこともわからんのか」
「謝れ、大樹さまに謝れ」
 村人たちは口々に「謝れ」とみつりを責め立てた。みつりは何度も首を横にふった。
「ち、ちがう。わたしは禁足域になんて行ってないっ」
 しかし村人たちは聞く耳を持たなかった。どれだけみつりやラスカがちがうと言っても刃物のような視線がみつりを傷つけた。そんな中、村長はみんなを帰らせみつりとラスカを自身の家に入れた。
「まあ、そこに座りなさい」
 村長に席をすすめられたみつりは素直に腰を下ろした。ラスカはみつりの肩に乗った。
「みつり、トオヤはああ言っておったが、どうなんじゃ?」
「ちがいます。わたしは禁足域には行ってません。だって、この村の人たちが大樹さまをだいじに思っているか、きて半年も経っていないわたしでもわかります。なんでトオヤくんがアタシを指したのかまったくわかりません」
「村のみんなはあんたがやったと思っているが……」
「ちがいますっ。わたしじゃ……わたしじゃないっ」
 みつりは勢いよく立ち上がって村長の家から出て行った。背中で「ちがう、わたしはそんんな風には……」という声が聞こえたような気がしたが、右から左へと通り抜けてしまった。みつりの胸はじくじくと痛み、走りながら自然となみだがこぼれた。
「わたしじゃない……。わたしじゃないのにっ」
 なみだは泉のようにわいてきた。今までなかよくしゃべったり、お店にきてくれていた人たちがみつりにむけた、あの視線。だれもみつりの言葉を信じていなかった。
「わたしじゃない。わたしは店から出てない。ただ魔法のアイテムをつくっていただけなのに」
 みつりの目元は拭いすぎて真っ赤になっていた。
「みつり、みつりっ」
 走っていたみつりの前にラスカが立ちふさがった。ばさばさっと中空を羽ばたいてその場にいる。ようやくみつりの足がとまった。
「みつり、店に着いた。通りすぎちまうだろ」
 どうやらみつりは無意識に店にむかって走っていたようだ。空はきのうのように暗くなってきていた。ぽつりと地面に雨つぶが落ちた。その直後強い雨がみつりの体を打ちつけた。
「みつり、ぬれちまうから早く入ろうぜ」
「わたし、禁足域になんて行ってない」
 みつりはぽつりと言った。ラスカはみつりを真正面から見つめた。
「もちろんだ。おれがずっといっしょにいたんだから」
「じゃあ、なんでみんな信じてくれなかったの?」
 ラスカはぬれた体でみつりの肩にのった。
「その誤解もきっと解けるさ。みんな気が立ってたんだよ。ほら、風邪ひくから早く入ろう」
 ラスカにそう言われたみつりはとぼとぼと家でもある店の中に入った。
 しかしラスカの言ったようにはならなかった。お店にはまったくお客さんはこなくなった。壁には子どもたちがどろだんごを投げてどろだらけにしていった。買い物に行けばこそこそ話をされ目を合わせてくれなくなった。これまでは笑顔で話しておまけまでしてくれた肉屋のおばさんは、しぶしぶ売ってくれるもののぶっきらぼうに商品を渡すようになった。みつりがやったのではない、と言わせてくれる場さえなかった。みんなみつりに対して白い目で見ていた。
「なんでわたし、なにもしてないのにこんな風にされなくちゃいけないの? もうがまんなんてできない」
 それらが三か月も続いたある日、みつりはとうとう泣き出してしまった。ゆかにへたりこみ顔をおおう両手からは、なみだが手の甲を伝っていた。
「みつり……」
 ラスカはカラスの姿のまま、みつりにそっと寄りそった。
「ラスカ……わたし、この村を出る。もうたえられない」
「……わかった。そうしよう」
 さっそくみつりと人の姿になったラスカは店を片づけはじめた。商品はすべてたたみ、使っていたテーブルやミシンは魔法でミニチュアのように小さくして持ち運べるようにした。かばんで持ち運べるようにすると、みつりは一枚の紙にペンを走らせた。

『三つ森村のみなさま
 短いあいだでしたが、お世話になりました。
 わたしは禁足域には入っていません。
             ものをつくる魔女 みつり』
 ほんとうはもっと伝えたいことがあった。この村が好きだったこと、信じてもらえなくてつらかったこと。でも言葉にするのも苦しかった。夜、月が山より高い位置にくるとみつりとラスカは、たのまれていた星柄のかばん以外のすべての荷物を持って三つ森村を去った。もう何度目になるかわからない、なみだを流しながら。