わしおおじさんがやってきた

その日十さいのふたごのとびじとたかねにとって、きっとこれほどふしぎなことは一生ないでしょう。
 ピンポーンとチャイムが鳴りました。宿題とむきあうことにあきてきたとびじは、まるでバッタのように窓へとびました。たかねもだれがきたのか気になりおなじように外を見ました。
 そこにはひとりのおじさんが紙ぶくろを持って立っていました。ごましお頭でめがねをかけています。年は五十さいくらいでしょうか。
「だれだ?あれ」
「さあ?」
 ふたりとも首をかしげました。
 すぐにおかあさんが出てきました。おかあさんとおじさんはなにか話していますが、二階のこの部屋からではなにを話しているのかまったく聞こえません。そのうちおじさんは紙ぶくろをおかあさんにわたしました。そして軽くおじぎをして去りました。
 とびじとたかねは一階のリビングへかけおりました。そしておかあさんに尋ねました。
『おかあさん、今のおじさんだれ?』
「あら相変わらず息がぴったり。おとなりに引っ越してきたわしおさんよ。あいさつにきてくださったのよ。さて、おふたりさん、宿題の進み具合はどうかしら?」
 そう言っておかあさんはとびじとたかねをじろりとにらみました。ふたりはあわてて部屋にもどりました。
 二階の自分たちの部屋でとびじとたかねは顔をつき合わせて、わしおおじさんのことを話していました。もう宿題なんて手につきません。
『あのおじさん、怪しい』
 おかしなところを先に挙げたのはとびじでした。たかねも続きます。
「ひっこしのトラックどころかバイク一台すらなかったぜ」
「それに家具や家電製品もあるのにいつ、どうやって家のなかに運んだの?ひとりでなんてむりだよ」
 ふたりはわしおさんのことが気になって、どうなっているのか確かめたくなってきました。鏡に写ったようにおなじ顔がにんまりと、なにかたくらんでいるような笑みをうかべました。そして同時に部屋を出て階段をかけ下りました。
『遊んでくるー!』
 そう言って家を飛び出しました。おかあさんが「ちょっと宿題はっ?」と尋ねるころにはドアはバタンッと閉じてしまいました。とびじとたかねはおかあさんがこまったようにため息をついたことを知ることはありませんでした。
 とびじとたかねはおとなりさん、わしおさんの家の庭にこっそりしのびこみました。まだ日も高いのに、窓にはすべてカーテンが閉められていました。まるで家のなかをかくしているようにも見えます。
「ますます怪しいな」
 とびじはさぐる気まんまんです。しかしふとたかねは不安になって、とびじに尋ねました。
「ねえ……もしそのわしおさんって人がスパイとか悪い組織の人だったらどうしよう?」
「ば、ばかなこと言うなよ。そんなのマンガやゲームじゃないんだから、あるわけないだろ」
 そんな風に言いつつも、とびじはちょっぴりこわくなりました。けどそれを見抜かれるのはくやしいので強気なふりをします。
 ふたりはぴったりとくっついたまま、家のまわりをさぐりました。するとわずかですが、カーテンにすきまを見つけました。とびじとたかねはたがいにアイコンタクトを送っていちどうなずくと、すきまをのぞきこみました。
 どうやらそこはリビングのようで、おくにはキッチンも見えます。そんな部屋のまんなかでひとりの男の人が立っていました。わしおさんです。部屋にはテーブルどころか家具や家電製品はなにもありません。わしおさんの足元には革のトランクがひとつ置かれているだけです。わしおさんは部屋をぐるりと見回します。そして「ふむ」となにか決めたかのようにちいさくうなずきました。そしてえりを正し、いちどだけ目を閉じました。目を開いたわしおさんはトランクを開けました。背筋をぴんと正したまま、人差し指を下から上に軽くふりました。するとトランクのなかからドールハウスに使うような、ちいさくかわいい家具がふわふわと浮いて出てきました。ようやくわしおさんは口を開きました。
「さあ『もとの大きさにもどれ』」
 まるで指揮者のように指をふると、指先から砂のように細かいにじ色の光が放たれました。家具たちはまるでシャボン玉のようにふわふわと動き出しました。光が家具たちを子どもの手をひくように導きます。家具は居場所に落ち着くとぐんぐん大きくなりやがて「自分の場所はここだ」と宣言するように腰を下ろしました。とびじとたかねは落っこちそうなくらい目を大きくしました。大きな声を上げそうになり、たがいに相手の口をふさぎました。よく考えるとちょっとおもしろい様子ですが、ふたりにそんなことを思うよゆうはありません。
 ひっこしの作業を終わらせたわしおさんはふうっとため息をつきました。そして急に窓のほうをふり返りました。とびじとたかねはばっちり目が合ってしまいました。
『あ』
 三人のあいだになんとも言えない空気が流れました。
 これがとびじとたかね、わしおさんの出会いでした。