Worry Cake 01

プロローグ

 どこにでもあるようなカフェ。しかしそのカフェはどこでもあるけれど、どこにもないところだ。
 店内のオレンジ色の照明は少し暗めでかろうじて本が読めるくらいだ。穏やかなジャズが静かに流れている。店内はそれほど広くなく、テーブル席は四つほどしかない。ひらがなの「つ」を上下逆さまにしたようなカウンター席の内側には棚があり、奥まったところにはキッチンがある。棚にはコーヒーの豆や紅茶の葉、ティーポットとティーカップなどの食器のほかに、いくつものビンが飾られている。そのビンには様々な色や形の結晶が入っている。
「今日はなにを読んでいるんだい?」
 少女は男のほうを見て言った。
「お菓子の家の話」
「……君はそれが好きだね」
 少女は頷いた。そしてまた絵本に視線を戻した。今少女が読んでいる本は、妹を亡くした少年が貧しいため両親に捨てられてしまい、森の中をさ迷っているうちにお菓子の家にたどり着く話だ。お菓子の家には魔女がいて最後には少年は魔女に食べられてしまう。
「ねえ、マスター」
 少女はマスターに話しかけた。マスターは次のティーカップを磨き始めた。
「なんだい?」
 少女は本を見つめたまま言った。
「もし、この男の子の妹が死んでいなかったらどうなっていたのかな?男の子は捨てられなかったのかな?」
 マスターは動かしていた手をぴたり、と止め少女を見た。
「……捨てられていたと思うよ。妹が生きていたのなら尚更」
 マスターがそう言うと少女は絵本から視線を離して、マスターを見た。
「どうして?」
 そう訊ねる少女は表情を浮かべずに首を傾げた。マスターは再びティーカップを磨き始める。
「男の子が捨てられたのは、家が貧しかったからだろう?男の子一人を養うことができなかったんだ。妹が生きていれば二人とも捨てられるだろうね」
 マスターの言葉を聞くと、少女は再び視線を本に戻した。しかし、すぐにまた顔を上げ、マスターを見た。
「じゃあ、もしも妹が生きていれば男の子は魔女に食べられなくてすんだのかな?」
「……どうしてだい?」
 マスターはまた手を止め、少女を見る。少女は自分の考えを述べる。
「きっと妹が生きていれば一緒にお菓子の家に入ったと思うの。そうすれば、魔女に捕まっても二人ならどうにか逃げることが出来たと思うの」
 マスターはじっ、と少女を見た。少女は滅多に表情を出さない。けれど、その顔にはどこか悲しみが浮かんでいるような気がした。
「……そうだね」
 そう言ってマスターは再びティーカップを磨き始めた。すると、店のどこからか扉が現れ、カウベルが鳴った。マスターと少女は現れたドアのほうを見た。一人の女性が店内に入ってきた。
「いらっしゃいませ」
 マスターの口元がにやり、と歪んだように見えた。