あけみの薬屋 01

魔法の薬屋、開店

 温かく、柔らかい春の風があけみの頬をなでます。
「いい気持ちね。だから私、ほうきで飛ぶのが好きなの」
 あけみは最近修行を終えた魔女です。修行を終えた魔女の多くは店を持ちます。あけみもその一人です。あけみはひなた村というところで薬屋さんを開くつもりです。新しいこれからの生活に期待と不安が混じっています。
「けどトランクもあるんだったら、ほうきより歩いたほうがいいと思うけどな」
 肩からかけているカバンから使い魔であるのシューが顔を出して言いました。シューは猫ととてもよく似ていますが、違うところがひとつあります。それは、今はカバンに入っているので見えませんが、背中に翼があることです。けれどその翼はまだ小さく、宙に浮くこともうまくできません。
 シューの言うとおり、ほうきに先に大きなトランクをかけています。
「大丈夫よ。このトランクには薬草や道具とか大切なものが入っているんだから」
「まあ俺は自分が落ちなかったらいいかな」
 下には村の人々の家がぽつぽつ、と建っています。それを見たシューはカバンの中にひっこもうとしたとき、あけみは小川の側に一軒の家を見つけました。
「ねえねえ、シュー。あそこよ!あの家が私たちのお店よ!」
 あけみは指をさしました。シューも再び下を見ました。あけみはトランクを落とさないように少しずつ降下して行きました。慎重に着陸し、トランクを置きます。
 新しい家はかやぶき屋根で白い壁の家です。屋根は風で飛ばないように金具がつけられています。壁と同じ白の柵が立っていて、庭は十分植物が育てられる広さです。
その家にあけみはほうきとトランクを持って入りました。中は長い間人が住んでいなかったためか、床は埃で真っ白です。
「まずは掃除からだな、あけみ」
 カバンから顔を出したままのシューが言いました。シューは埃のせいでくしゃみをしています。
「そうね、玄関のドアと窓を開けなくちゃ」
 あけみはトランクやカバンなどの一旦荷物を外に置いて、窓をすべて開きました。日の光で舞っている埃がきらめいています。
「よしっ。とにかく埃を掃かなくちゃ」
 あけみはさっきまで乗っていたほうきで、埃を奥の部屋と高いところから順に掃き始めました。ベッドのマットも外で埃を叩きました。それが終わると、トランクを開けひとつの箱と霧吹きを取り出しました。箱からミニチュアサイズの布団とシーツを取り出し、外でそれらに霧吹きで吹きつけました。すると布団やシーツは元の、普段からあけみが使っているサイズになりました。霧吹きに中には、大きくしたものや小さくしたものを元の大きさに戻す薬が入っていたのです。布団とシーツを干しました。
 あけみは庭に転がっていたバケツで小川の水を汲みに行きました。床の拭き掃除を始めるためです。雑巾の水をよく絞り、床を拭きました。これらが終わるころには夕方になっていました。
「あけみ。そろそろベッドのマット入れなくちゃいけないぞ。それにいつまで外に荷物置いておくつもりだよ」
「あ!忘れていたわ」

 あけみはベッドのマットと荷物を家の中に入れました。これでとりあえず寝ることはできます。
 次はキッチン周りの掃除を始めました。油と埃が混じった汚れはとてもしつこく、大変でした。キッチン周りがきれいになったときにはもう日が暮れていました。ふう、とあけみが汗をぬぐうと、トンッ、とシューが身軽にキッチンに跳んできました。
「腹減った」
「あと少しだからもうちょっと待って。
 あ、シュー。トランクから食べ物とか調味料とか出して準備しておいて」
「ったく猫使い荒いよなー」

 そう言いながらもシューは開いたままのトランクから言われたものを出しているようです。あけみは掃除の続きを始めました。

 持ってきた目覚まし時計を見るともう九時でした。あけみは急いで晩御飯を作りました。そのメニューを見たシューは「朝ごはんみたいなメニューだな」と言っていましたが、あけみはかまいません。  晩御飯を食べたあと、洗い物をしてあけみとシューはベッドに横になりました。
「明日は薬草の種と苗を植えるのと、お風呂掃除ね」
 あけみは枕元のランプに火をつけ、明日するべきことをメモに書いていました。
「あと店の準備」
 側で丸まっているシューが言いました。
「ああ、そうだわ……。やることがいっぱい」
「お店のチラシも作って配らなくちゃいけないし」
 ガリガリ、とメモに明日の予定を書き込みます。
「あと何かある?」
「んー……。あ、あと薬を作る。作ってから少し寝かしたほうがいいものもあるからな」
「そうね……。本当にやることがいっぱい!明日のためにも、今日はもう寝ましょう。おやすみ、シュー」
「おやすみ、あけみ」
 あけみは朝五時に目覚まし時計を設定してからランプの灯を消しました。

 次の日、あけみたちは目覚まし時計通りに起きました。起きて一番にしたことは薬を作ることでした。朝は空気が澄んでいるので、質のいい薬ができるのです。
朝ごはんを食べたあけみとシューはメモをした内容のことを順にこなしていくことにしました。それを終えて部屋の掃除を終えてからはお風呂掃除とチラシ作りを始めました。チラシにはあけみとシューの似顔絵を描きました。チラシが出来上がるとあけみとシューは手分けして村の家々のポストに配りました。それを終えたのは十二時でした。
 お昼ごはんを食べたあとは庭の手入れを始めることにしました。あけみはトランクの中からまた箱と霧吹きを取り出しました。箱からくわやジョーロなど庭を手入れするのに必要なものを取り出し、霧吹きで薬を吹きつけ元の大きさに戻しました。
 くわやジョーロを持ってあけみは庭に出ました。シャベルで土を掘り返しました。ミミズがいるかどうかや、土の感触を確かめます。
「うん、いい土だわ」
 あけみはくわで庭の土を掘り返します。ある程度掘り返してからあけみはシューを呼びました。
「シュー!ねえシュー。悪いんだけど、春風草持ってきてー」
 シューは袋に入っている乾燥させた春風草をくわえて持ってきました。
「ありがとう」
 あけみは袋から乾燥した春風草を一掴みし、土の上にぱらぱら、とまいたあと再びくわで土を混ぜるように耕します。魔女が扱う薬草の中には普通の土では育たないものも多くあるので、春風草という魔女の薬草を土に混ぜるのです。この作業を繰り返します。
 この作業を続けていると、あけみは声をかけられました。
「あのー」
 振り返ると家の前には、あけみと同い年くらいの女の子がいました。その女の子はあけみと違って髪が長く、小さな花がついたカチューシャをしています。
「もしかして今朝チラシ入っていた『魔法の薬屋 あけみ』さん?」
「そうよ。私が魔女のあけみ。それから屋根の上にいる黒猫が使い魔のシューよ」
 シューは屋根の上から「こんにちは」と女の子にあいさつをしました。女の子はシューにあいさつを返して自己紹介をしました。
「あたしはえりかっていうの。そこの橋の向こうに住んでいるのよ」
 えりかは指さして言いました。そこはあけみがチラシを配ったところでした。
「ねえ、魔女って一体どんなことするの?今なにしているの?」
 えりかはあけみに尋ねました。
「魔女は修行して一人前って師匠の魔女に認められたら多くはお店を開くの。魔法のアイテムを売る魔女もいれば、占いをする魔女もいるし、薬屋を開く魔女もいるわ。
 それで、今は薬草を植えるために庭を整えているの」
「へえ、そうなんだ。
 あ!あたし、もう行かなくちゃ。おつかいの帰りなの」
「そうなんだ。私も今日中に種や苗植えなくちゃ」
「それじゃ、バイバイ」
「うん、バイバイ」
 あけみが再びくわを振り上げたとき、えりかが「ねえ」と大きな声で呼びかけました。あけみは振り返りました。

「また来てもいい?」
「うん、いいよっ!」
 それを聞いたえりかは走って家に向かいました。あけみも作業を再開しました。
 土の手入れが終わり、あけみは腰に両手をあてて満足そうに眺めました。顔中泥だらけです。けれど、まだ一番重要な作業が残っています。それは薬草の種をまくことと苗を植えることです。この作業は特に大事で適当にしてしまうと薬草の質が悪くなってしまうのです。あけみはひとつひとつ自分の力を注ぎながら植えました。植え終わるころにはあけみはへとへとになっていました。ふらふらとした足取りでベッドに倒れこみ、そのまま眠ってしまいました。

 ひなた村に来て、お店を開いて一週間になります。けれどお客さんはなかなか来てくれません。あけみは今日も庭で雑草を抜いたり、薬草の水やりをしています。
「なかなかお客さん来ないな」
 屋根の上からシューがぼそり、と言いました。
「いいじゃない。薬屋やお医者さんが暇なことはみんなが健康の証拠なんだから」
 あけみは薬草に害虫がいないかチェックを始めました。シューがため息をついてからふと、正面を見ると誰かが走ってきています。だんだん近づいてきてその誰かが、えりかだということがわかりました。
「あけみ、この間のえりかって子が走ってきている」
「え、えりかが?」
 あけみは動かしていた手を止めました。振り返ると確かにえりかがなにかを抱えて走っていました。あけみの家の前でえりかは止まりました。えりかの腕の中では足が出血しているリスがぐったりとしていました。
「ねえ、あけみ。このリス、ケガしているの。おねがい、助けてあげて!」
「ひどいケガ!とにかく中に入って」
 あけみはキッチンから消毒液とビンに詰めたカタクリの粉を持ってきました。リスの足の傷を消毒してからカタクリの粉をふりかけ、包帯をしました。
「これで傷の手当てはできたわ。けれど何日かはここにいてね」
 あけみはリスに言いました。リスは首を縦に振り、あけみとえりかにおじぎをしました。
「いえいえ。
 えりか。ここに連れてきてくれてありがとう、だって」
「すごい、あけみって動物の言葉もわかるんだ!
 どういたしまして、リスさん」
 えりかはリスに目の高さを合わせて、笑顔で言いました。はっ、とえりかは思い出しました。
「あけみ、私今お金持ってないわ。明日でもいい?」
「いいわよ、今日はサービスしておくわ」
「でも……」
 えりかの様子にあけみはなにかいい案はないか考えました。それはすぐにひらめきました。
「それじゃ、スコーンをお代にお願い。それで一緒にお茶を飲みましょうよ」
 それを聞いたえりかは喜んで賛成しました。お代であるスコーンは明後日持ってくることになり、えりかは帰っていきました。
「さて、それじゃリスさんの寝床作りましょうか」
 あけみは藤のカゴを用意し、リスの寝床をつくったあとリスの分も含めた晩ごはんを作りました。

 暖かい日がまだ続いています。花も色とりどり咲いていて春らしい日々です。
 今日はえりかがお代のスコーンを持ってくる日です。あけみはティーカップを温め特製のハーブティーを蒸らしているところです。ハーブの香りが部屋に満ちています。
「あけみー、いるー?」
「あ、えりか。いらっしゃい」
 えりかはバスケットを持っていました。
「ねえ、いい天気だし外で食べない?」
 あけみもそれに賛成して、ティーカップとポットを運びました。
 お客さんが来るかもしれないので、あまり遠くに行かず小川の側でお茶をすることにしました。えりかが持ってきていたシートを敷いて、スコーンやジャムを並べ、あけみがティーカップにハーブティーとミルクを注ぎます。
「いいにおいね」
「このハーブティーは心を落ち着かせる効果があるの。カモミールのハーブティーはミルクティーにするとおいしいのよ。それじゃ、いただきまーす」
 あけみはスコーンを真ん中から割り、ブルーベリージャムを塗りました。一口食べるとスコーンの香ばしさとジャムの甘みが広がります。
 二人は好きなものや得意なことなどいろんな話をしました。
 二杯目のハーブティーを半分ほど飲み終えたころ、一人の女性が立っていました。家の中を確認しようとしているのか体を左右に揺らしたり背伸びしたりしています。あけみは立ち上がって、その女性に近づきました。
「あの……なにかご用ですか?」
 女性はいきなり声をかけられてびくりっ、と驚きました。あけみのほうを振り返って尋ねました。
「チラシの『魔法の薬屋 あけみ』っていう薬屋さんってここでいいのかしら?」
「はいっ。私が魔女のあけみです。あの、お客様ですか?」
 女性は微笑みを浮かべて「はい」と答えました。あけみはえりかにお客さんが来たことを知らせてから、女性と一緒に家の中へと入りました。
「えっと、どんなお薬がいいですか?」
 えりか以外の初めてのお客さんにあけみは少し緊張しながら尋ねました。女性は優しい微笑みをたたえたま薬を注文しました。
「最近寝付きが悪いの。だから、安眠できるお薬がほしいの。とりあえず一週間分ほしいんだけれど」
 それを聞いたあけみは女性を居間で少し待たせ、キッチンへ向かいました。キッチンの棚から『安眠(カモミール・ラベンダー・夢見草・朝つゆの花)』と書かれた缶を取り出し、木綿の袋に一週間分の中身を移しました。中身は乾燥させたハーブティーの茶葉です。それを持って居間に向かいます。
 居間で女性は窓の外を眺めていました。
「お待たせしましたっ」
「ありがとう」
 女性は木綿の袋を受け取りました。
「寝る三十分前に飲んでくださいね。今回は五回分袋に入れています。ハーブティーの淹れ方はこの紙に書いていますけれど、なにかわからないことがあればいつでも聞きに来てくださいね」
「ええ、わかったわ。お代はいくらかしら?」
 あけみはハーブティー一週間分の値段を言い、お代をもらいました。女性は扉を開き、家から去って行きました。
「ありがとうございました!」
 あけみは元気な声でおじぎをして女性を見送りました。
「初めてのお客さんだったな」
「あら、シュー。今までどこにいたの?」
「屋根の上。お客さん、何を買ったんだ?」
「ハーブティーよ。それに初めてのお客さんはえりかよ。
 あ!外でえりかを待たせていたんだわ。シューもお茶会する?」
「いい。屋根の上でもう一回昼寝する」
 そう言ってシューはトコトコ、とキッチンの裏口のほうから屋根に向かいました。
あけみは知らない人がお客さんとして薬を買いに来たことに少し自信を持って、えりかの元に戻りました。

 あけみがひなた村に来て一カ月が経ちました。チラシの効果もあったのか、お客さんも少しずつ来てくれるようになりました。今ではケガをしたリスも、森に帰り時々遊びに来ることがあり、今も来ています。居間のテーブルにはハーブティーと水、ナッツのクッキーが置かれてあります。リスはテーブルの上にちょこん、と立っています。
「そうなの?それじゃあ森の中はもう夏の空気になっているのね」
 リスはそれに返事をするように鼻をひくひくさせました。
「そうね、確かにそろそろ夏の精霊が春の精霊と交代する時期ね。私も新しい薬草の種をまかなくちゃ」
 あけみは窓を見ました。さっきまできれいな青空が広がっていたのに、今は灰色の雲が空を覆って雨を降らせています。リスがまた鼻をひくひくさせました。
「結構強いわね。……雨が止むまでここにいたらいいじゃない」
 リスはまた鼻をひくひくさせます。
「いいのよ、私もリスさんと一緒におしゃべりできるのは楽しいし」
そのときコンコンッ、と扉がノックされました。
「あら、誰かしら?はーい」
 あけみは扉を開けました。するとそこには雨に濡れて泥がついた、あけみと同じ十二歳くらいの男の子が立っていました。元は白かったと思われるノースリーブやズボン、丸いガラスがついている腕輪は泥だらけで、男の子は体中ケガをしていました。
「ケガをしているじゃない!早く入って。手当てするからっ」
 あけみは少年を家の中に入れ、イスに座らせました。リスは慌ててテーブルから離れました。
「どこか痛いところとかない?足とか」
「足首が痛いんだ」
 あけみは先に「ちょっとごめんね」と言って男の子の足首を慎重に動かしました。男の子は「イテッ」と言って少し痛がりました。
「ねんざね……。ちょっと待っていて。とりあえずほかのケガの消毒をしなくちゃ」
 あけみはキッチンで水と冬風草を一束取ってきて、居間のテーブルの側においてある引き出しから救急箱を出しました。救急箱からガーゼを取り出して水で濡らし、男の子のケガの周りを拭きました。次に男の子が履いていたサンダルを脱がしました。冬風草を水で濡らし、腫れているところに湿布をして上から包帯を巻きました。
「しばらくこれで冷やしておくわね。今から薬を作るから待っていてね」
 そう言ってあけみはシューを呼び、キッチンに入りました。
 あけみは小さなお鍋に水と薬草を入れ、煎じ始めました。シューは茶こしを用意し、あけみが煎じると同時に沸かしていたお湯を少しずつ注ぎ足しました。煎じていると水分が蒸発してしまうのです。
 十五分ほど煎じると、あけみは茶こしを使ってカスを取り除きました。薬の完成です。あけみは居間へ向かいました。そして男の子の包帯と冬風草を外し、別のガーゼに薬をしみこませて、新しい冬風草と一緒に湿布をしました。
「手当てはこれで終わったけれど、雨が止むくらいまではここで休んだほうがいいわ」
 男の子はにっこり、と笑いました。
「ありがとう。いやあ、失敗したよ。雨も降ってちょっと近道をしようと思ったら転んじゃったんだ」
 男の子は苦笑して言いました。そしてあけみに尋ねました。
「君は魔女なの?」
「ええ。私は魔女のあけみ。一か月くらい前からここで薬屋をしているの」
「ああ、それで去年はなかったんだ。
 俺は夏の精霊のナツ。よろしくね」
 そう言ってナツは右手を差し出しました。
「あなた夏の精霊だったの!こちらこそよろしくね」
 あけみは驚きました。妖精や地水火風の精霊は見たことはありましたが、季節の精霊にはまだ会ったことがなかったのです。季節の精霊は気がつけばやってきていて、人知れず去っていくからです。リスもテーブルの上に戻ってきて、おじぎをしてナツにあいさつをしました。
「こんにちは、リスさん。ああ、そんなにかしこまらなくっていいよ。
 実はそろそろ春の精霊と交代する時期なんだ。だからもう一、二カ月したら梅雨が始まるよ」
 ナツは言いました。
「そうなの?だったらそろそろ薬草を干すのは難しくなっちゃうわね。
 あ、今からお茶を淹れるから飲んでいって。雨もまだ止みそうにないし」
「それじゃあ遠慮なくいただこうかな」
「ホットとアイスどちらがいい?」
 あけみがそう尋ねるとナツは少し考え、「それじゃあ、ホットで」と言いました。
 あけみはキッチンにハーブティーを淹れに行きました。やかんでお湯を沸かし、そのお湯を二つのティーカップに注ぎ、ティーカップを温めます。もう一度やかんでお湯を沸かしている間にハーブティーの茶葉をポットに入れ、今回はハチミツを用意します。お湯が沸くとポットにお湯を注ぎます。あけみは蒸らす間、居間に戻りました。
「今蒸らしているから少し待ってね」
 あけみはナツの向かいに腰をおろしました。ナツはあけみに尋ねました。
「ねえ、魔女になるのって大変?」
「大変よ。まず師匠を探さなくちゃいけないし、修行も厳しかったわ。私は薬草を育てるのはできたんだけれど、よく薬を作るのを失敗しちゃったから怒られたもの。今でも失敗しちゃうし……。でも、私魔女になってよかったって思っているの。だって私が作った薬やハーブティーで体調がよくなったりして喜んでもらえるんですもの」
 あけみは笑顔で答えました。ナツはあけみの話に興味を持ったのか、再び尋ねました。
「魔女の修行ってどんなことしたの?」
「私の師匠は薬を作る魔女なの。だからまずは魔女にしか使えない土を作ることから始めたの。それができたら普通の薬草、次に魔女にしか扱えない薬草をすべて育てるの。それができてから実際に薬を作る修行になるの。
 あ、そろそろお茶がいいころだから淹れてくるね」
 あけみはもう一度キッチンに向かい、ティーカップの中のお湯を捨て、蒸らしていたハーブティーを注ぎました。トレイにティーカップとポットを乗せて居間に戻りました。
「いいかおりだね」
 ナツはそう言って、ハーブティーのかおりを楽しんでから飲みました。
「おいしい。こういうのも修行で教わるの?」
「ええ。このハーブティーはケガが治りやすくなる効果があるの。
 ねえ、季節の精霊ってどういう風にして交代するの?季節は私たちが気つかない間に変わっているんだもの」
 今度はあけみがナツに尋ねました。ナツは口元に笑みを浮かべたまま答えました。
「結構いい加減なんだよ。そろそろかな、って思ったら前の季節の精霊が通った後を通るんだ。それが季節の変わり目。そこに精霊がとどまるようになると次の季節が始まるんだ。俺もそろそろこのあたりにとどまるから、季節が変わっていくよ」
 あけみはまだまだ春だと思っていましたが、季節はどうやら夏へと変わっているようです。
「どんなことが始まったら夏になるの?」
「んー、俺が最初にする仕事は梅雨かな。地域によって力加減って違うから、最初に梅雨で力の調節をするんだ。梅雨が明けたら本格的に夏にするかな。まあ梅雨がない場合もあるけれど。あとは気温や水温を上げたり、太陽の日差しを強くしたりするよ」
 あけみはハーブティーを飲むのも忘れて聞いていました。普段は知ることはない季節の精霊の話はとても興味深いものでした。リスも食べかけのナッツのクッキーを時折齧りながら聞いていました。
 それからあけみとナツとリスは様々なことを話しました。それは師匠の魔女のことやほかの地域のこと、森での噂話など他愛のないものでした。そんな話をしているうちに雨は上がって青空が広がっていました。
 リスが鼻をひくひくさせました。
「あら、リスさん帰るの?……そうね、お母さん心配しているわね。気をつけてね」
 あけみは玄関の扉を開けました。リスはあいさつをして帰って行きました。
「さて。俺もそろそろ、おいとまするよ」
 ナツは立ち上がりました。
「足、大丈夫?」
「うん、飛ぶしね。
 ああ、お代を忘れていたよ」
「いいわよ、別に」
 あけみがそう言うと「そういうわけにもいかない」と言ってナツは何かないか考えました。そしていい考えが浮かんだのか表情が明るくなりました。ナツが両手をぱんっ、と叩くとぽんっ、と軽い音をたてて花束が現れました。水のように透明でゆらめいている、六枚の花びらの花束です。
「この花でいいかな?」
「これって、雫の花じゃない!悪いわ、こんなに珍しい花……」
「いいよ。俺が持っていても枯らしちゃうだけだし、多分あけみに何かに使ってもらったほうがいいと思うんだ」
 ナツは笑顔のまま花束を差し出しました。あけみはそっ、と花束を受け取りました。
「ありがとう、ナツ」
「そんな。ケガの手当てしてもらって、こっちがありがとうだよ」
 ナツはにっこり笑いました。そして玄関まで足を引きずりながらやってきました。ナツはねんざしていないほうの足に力を込め、跳ねました。するとふわり、と宙に浮きました。
「それじゃあ。これから夏になるからしばらくいるんだけれど、来ていいかな?今度はお茶目的で」
「ええ。いつでも来て」
 あけみは笑顔で言いました。ナツは手を振って魔女がほうきで飛ぶように、ゆったりとしかしある程度の速さでどこかに飛んで行きました。
 あけみは雫の花の花束を見つめました。
花びらは太陽の光を受けて温かくゆらめいていました。