あけみの薬屋 03

ひなた村での夏 (2)

 あけみは目を覚まして、ベッドから出ました。着替えてご飯を食べて歯を磨いてから日課になっている魔法のヒヤシンスの水の入れ替えをしようと棚から栽培用のポットを取り出しました。すると青と白が混ざった花が咲いていました。

「シュー!ねえ、シュー!」

 あけみは大声でシューを呼びました。シューはてとてと、と歩いてやってきました。

「シュー、花が咲いたの!」
「お!咲いたのか」

 あけみはかがんでシューに魔法のヒヤシンスの花を見せました。シューは「こんな花なのか」と言ってじっ、と見ました。

「ね、きれいよね。私も本でしか見たことなかったから、少し感動しているの」

 あけみは今日一日、居間に飾っておくことにしました。


 今日は雨が降っていないので、庭の手入れをすることにしました。地面が湿気ているうちのほうが雑草は抜けやすくなっているからです。
 庭の花壇には雑草が薬草の中に紛れています。あけみは薬草を抜かないように気をつけながら草むしりを始めました。あけみは草むしりが嫌いではありません。根っこまでうまく抜けると気持ちいいからです。
 すべての花壇の草むしりを終えるころにはお昼になっていました。お昼ご飯を食べてから、何人かお客さんが来ました。どのお客さんも魔法のヒヤシンスを見てきれいだと言ってくれました。あけみは自分が育てたものをきれいと言ってもらえて、とてもうれしいと思いました。
お客さんも落ち着いてきたので、あけみはお店の目玉商品を考えることにしました。今お店で扱っている薬はすべて師匠から教わったものなので、自分が考えたオリジナルの薬を置きたいと思っているのです。それに、魔女は師匠の元を離れて自分のお店を持ち自分の目玉商品があってこそ一人前と言う魔女もいます。あけみはまずどんな薬を作るか考え始めました。今までのようにケガや病気の薬にしようとかとも思いましたが、もっと違う薬を作りたいと思いました。

「せっかくもうすぐ夏なんだから、なにか夏に向けて作りたいかな。このあいだもハーブティーを組み合わせたけれど、もっと別のものも作ろう」

 あけみはメモを持ってきて候補を書きだしていきました。しかし、あまりいい考えが浮かびません。

「うーん……。夏といえば、海、暑い、日差し、ひまわり……。うーん、この中でいやなのは……暑いことよね。それなら、部屋とかを涼しくするポプリとかどうかしら?それとか海の中にいるような気分になるものとか。
 ねえ、シュー。どう思う?」

 あけみは側で丸まっているシューに意見を求めました。シューもいちおう聞いていたのか、意見を述べました。

「部屋を涼しくするポプリはいいと思うけど、海の中にいる気分になるようにするんだったらポプリより、アロマオイルやハーブティーのほうがいいんじゃないか?」
「あ、そうね。それじゃあ、ポプリとハーブティーを新しく作ろうっと」

 あけみはどんな薬草を使うか考え始めました。
 まずは部屋を涼しくするポプリを考えました。ポプリは本来香りを楽しむものですが、今回は強い香りが苦手な人でも使えるように香りは弱くしようと、あけみは考えました。そしてどんな薬草を使うか考え始めました。まずは冷やす効果がある冬風草と、さわやかに感じられるためにミントを入れることにしました。少しの香りをつけるために千年樹りんごの皮とオレンジピールを加えることにしました。
 次に海の中にいる気分になれるハーブティーの組み合わせを考えました。しかし、部屋を涼しくするポプリのときのように、どんな薬草を使えばいいのか、なかなか浮かびません。あけみは腕を組んで、以前海の中に入ったときの感覚を思い出しました。顔や腕、体全体が水に包まれ、外の音が小さくなり、まるで別の世界にいるかのようでした。あの不思議な感覚をハーブティーで体験するためには一体どんな薬草を使えばいいのでしょうか。あけみは一度キッチンで今ある薬草を確認してみることにしました。
 棚を開け、缶や瓶に貼っているラベルを見ます。それでもなかなかいい組み合わせが思い浮かびません。

「うーん……ほかに何かいい薬草あったかしら?
 これはちょっと違う気がするし、こっちは関係ないし……」

 ふと、目に入った缶を手に取りました。その缶のラベルには「潮騒花」と書かれていました。この薬草は以前海辺の町に行ったときに立ち寄ったお店で買ったものです。確かこの花はハーブティーとして飲むとほかに比べて少し塩っ気があった気がします。あけみは潮騒花のお茶を飲んでみることにしました。準備をして、淹れました。単体で飲んでみると、香りは磯のにおいがして味は確かに少し塩っ気があります。けれどこの塩っ気はほかの薬草を混ぜれば気にならなくなるでしょう。あけみは潮騒花を組み合わせの候補に入れました。あけみはほかにいい薬草がないか探すのを再開しました。探していると時間はあっという間に過ぎていきます。あれからいくつか候補が見つかりました。あけみは実際に潮騒花を中心に何種類か組み合わせてみました。けれど、どれもいまいちぱっとしません。あけみが想い描いている味と違うのです。

「うーん……なんか違うのよねえ」

 あけみはなにが違うのか、一生懸命考えました。今の味では水に包まれているような感覚がないのです。どうすれば水に包まれているような感覚になれるか、もう一度薬草の缶や瓶を見ました。これといった薬草はありません。そのとき、ひとつの薬草のラベルが目に入りました。ラベルには『しぶき草』と書いていました。これは潮騒花と一緒に買った薬草で、水しぶきのように小さな丸い葉がついているのが特徴です。この葉は海辺の町では涼むために使われているとお店の人が言っていたことを思い出しました。

「このしぶき草と潮騒花を混ぜたら海の中を再現できるんじゃないかしら?」

 あけみはしぶき草と潮騒花とメリッサなどのほかの薬草を組み合わせました。それにお湯を注ぎホットで飲みました。すると、今までで一番理想に近いものになりました。飲むとまるで水に包みこまれたかのような感覚になりました。肩の力が抜け、ゆったりとできます。

「うーん、これアイスティーのほうがいいかな。そのほうがもっと海の中にいるみたいだもの」

 ハーブティーの完成に満足したあけみは、次に部屋を涼しくするポプリを作ることにしました。作り方は簡単です。
 乾燥させた冬風草とミント、千年樹りんごの皮とオレンジピールを手のひらに収まるくらいの小さな袋に入れました。そしてこのあいだ作ったそよ風草の油を一滴落としました。そよ風草の油は本来と違う使い方ですが。これで涼しくなるポプリは完成です。これを寝室に置いて効き目を確かめることにしました。
 あけみは窓の外を見ました。もう暗くなっていました。いろいろ考えているうちにだいぶ時間が経っていたようです。
遅い晩御飯を食べ終わり、あけみは寝る前にある作業をすることにしました。それは魔法のヒヤシンスを使い、油を作ることです。魔法のヒヤシンスで作った油を使った薬は手荒れによく効く塗り薬になります。
花と葉に分けて、水で洗います。洗い終わったら空の瓶にそれぞれを入れて油を注ぎます。それを道具などが入っている棚に置きます。その棚には今も作っている途中の、油に漬けられているぬくもり花とそよ風草がありました。
あけみが歯を磨いて寝るころには時計の針は夜の一時を指していました。眠気でふらふらになりながらもあけみはベッドに倒れこみました。

 長かった梅雨も明け、久々の晴れです。ずいぶんと暑くなりました。あけみは玄関の扉の外側に張り紙をしています。

『暑い夏を涼しくするポプリとハーブティー、海の中にいられるハーブティー、置いています』

 あけみはきれいに貼ると、お店の中に入りました。
 お店の居間は外と違って少し温度が低いように思えます。それはあけみが作った部屋を涼しくするポプリを壁にかけているからです。ポプリは最初に作ったときから何回か冬風草の量を調節して今の温度になりました。
 そのときコンコンッ、と窓を叩く音が聞こえました。あけみは窓辺に向かいました。すると、窓の外にはリスがちょこんっ、と立っていました。

「あら、リスさんいらっしゃい。どうぞ」

 あけみは窓を開けてリスを中に入れました。リスはすぐに部屋が涼しいことに気が付き、あけみを見ました。その目には「どうして?」と問いかけていることがあけみにはわかり、そういうポプリを作ったことを説明しました。

「そういえばリスさん、今日はどうしたの?」

 リスは鼻をヒクヒク、とさせました。

「このあいだの植物の薬ね。わかったわ。今から作るから少し待っていてね」

 あけみはキッチンに薬を作りに行きました。このあいだと同じ薬を作り、あけみはリスに渡しました。落とさないようにリスの背中に薬をくくりつけます。リスはお代として森で採れる薬草をあけみに渡すと、森に帰っていきました。


 お昼を過ぎると学校を終えたえりかがやってきました。

「こんにちは、あけみ」
「あら。えりか、いらっしゃい」

 えりかはきょろきょろ、と部屋を見渡しました。

「この部屋、涼しい」
「ええ。これくらいで大丈夫かな?もっと涼しいほうがいい?」
「ううん、ちょうどいいと思うよ。ねえ、なんで涼しいの?外は暑いのに」

 あけみはポプリのことを話しました。それを聞いたえりかは「そうなんだ」と言って納得していました。しばらくすると、えりかは一旦帰っていきました。今日もおしゃべりをしにきたと思っていたので、少し物足りない気持ちになりました。が、それは扉が開いたことでなくなりました。
 お店に入ってきたのは小物屋さんをしている女性でした。

「こんにちは、魔女さん」
「こんにちは、いらっしゃいませ。今日も同じハーブティーですか?」
「あ、いいえ、違うの」

 そう言うと女性はため息をつきました。

「どうかしたんですか?」
「うーん……実はね、作るアクセサリーのいいデザインが思い浮かばないの」
 女性はまたため息をつきました。あけみは女性にイスをすすめ、お茶を用意するためにキッチンに行きました。しばらくすると、氷の入った小さめのグラスとティーポットをトレイに乗せて戻ってきました。あけみは女性と向い合わせに座りました。

「今蒸らしているのでもう少し待ってくださいね」
「ありがとう」

 あけみは女性の顔を見ました。遅くまで仕事をしているのでしょうか、目の下にはクマができていました。

「あの、どんなアクセサリーを作るんですか?」
「夏のアクセサリーを追加で作っているの。前に町の友達にアクセサリーを売ってもらっているって話をしたでしょう?その友達が、今回のアクセサリーは評判がよくてもうすぐ売り切れそうだから追加で作ってくれって言ったの。そろそろ秋のアクセサリーや小物を作ろうと思っていたから、出てくるデザインがどうしても秋になっちゃうの」

 女性はまたため息をつきました。あけみは時計を見て、蒸らし終わったことを確認すると、グラスにハーブティーを注ぎました。色はついているかいないかくらい薄い、水色でした。

「どうぞ。新しく考えた夏限定のハーブティーなんです。飲んだら海の中にいるような気分になるんですよ」
「海の中に?」
「はい」

 女性は味わいながら飲んでみました。すると、肩の力が自然と抜け耳の中に水が入っているかのように音が聞こえなくなりました。

「わあ……!すごい、本当に海にいるみたい」

 女性は感覚を楽しんでいるようでした。あけみは女性をそっ、と見守ることにしました。女性は目を閉じています。しばらくすると、海の中にいる感覚が消えてきたのかゆっくり目を開きました。

「すごいわね……。なんだかゆったりできて気持ちよかったわ」
「このあたりには海がないでしょう?だから、海の中にいる気分になれたら涼しくって気持ちいいと思って。リラックス効果のあるハーブも入れているんですよ」

 女性はもう一口飲みました。ゆっくりと息をはきました。

「はあ……。落ち着くわ。
 ……よし!作りますか」

 女性はぱんっ、と太ももを叩いて立ち上がりました。

「ありがとう、魔女さん。今のお茶でアクセサリーのデザインが浮んだわ」
「よかった!がんばってくださいね」
「ええ、がんばるわ。さーて、いいもの作るわよー」

 女性は帰る支度を始めました。

「魔女さん、おいくらですか?」

 女性はテーブルの上にお代を置きました。

「いいですよ、いいですよ!お試しってことで」
「いいえ。ここにはリフレッシュできるハーブティーを買いに来たの。その場で淹れてもらえたんだから、受け取って。ね?」

 あけみは少し考えましたが、お代を受け取ることにしました。女性に一杯分の値段を言って、お代をもらいました。
女性はデザインを忘れないようにするためか、走って帰って行きました。


夕方近くになると、えりかが再びお店に来ました。

「あら、えりか。どうしたの?」
「ねえ、あけみ。部屋が涼しくなるポプリとハーブティーってまだある?」
「ええ。あるけれど……」
 えりかは服のポケットからお金を出しました。

「くださいな」
「お金取りに行っていたの?」
「うん。それからお母さんのお手伝いをして、おこづかいをもらったの」 「言ってくれたらお代後日でもよかったのに……」

 あけみはそう言って、ポプリをえりかに渡しました。お代をもらって、お釣りを渡します。えりかは少しおしゃべりをしてから、帰りました。
 あけみは女性が自分の作ったハーブティーでアクセサリーのデザインを思いついたり、えりかがわざわざお母さんのお手伝いをしておこづかいをもらってポプリを買いに来たりしてくれたことに、ゆきわりは喜びを感じながら、窓の外を眺めました。

 あけみはキッチンに薬草を入れている缶や瓶を並べていました。

「あ、この薬草少ない。うーん……けれど夏場は乾燥させるのに向かないし……。しばらくは乾燥させてない薬草を使おうかしら」

 あけみは今、すべての薬草の残りを確認しているところなのです。残りが少ない薬草はメモして庭の花壇から摘んできたりして、補給します。
 そのとき、居間のほうから「すみませーん」と声がしました。あけみは「はーい」と返事をし、残りをどこまで調べたか印をして居間へ向かいました。
 そこにいたのは、アクセサリーや小物を作っている女性でした。

「こんにちは、魔女さん」
「こんにちは、いらっしゃいませ。今日はどうしたんですか?」

 女性はにこり、と笑うと小さな紙の袋をあけみに差し出しました。あけみはそれを受け取りました。中になにか入っているようです。

「開けてみて」

 あけみはうなずき、開けて、中に入っているものを取り出しました。それはきれいな白色と紫色のビーズで作られたあけびの花のネックレスでした。白色のビーズで三枚の花びら、紫色のビーズでめしべを作っています。

「あ、あの……これって?」
「あけびの花。魔女さんの名前ってあけみさんでしょう?あけみとあけびって似ているな、っと思って」
「あ、あの……なんでこれを私に?」

 女性はまたにこり、と笑いました。

「このあいだ、お茶をいただいたでしょう?それで浮んだデザインのアクセサリーを友達に渡したら、いいデザインで人気商品になるって言われたの。海の中で見える泡をイメージしたやつなの。それで、そのお礼に」

 あけみは驚いてしまいました。すでにお代をもらっているのに、ということもありますが、このようなアクセサリーを身につけたことがないからです。

「そんな、お礼だなんて!私、なにもしていないのに」
「なにもしてなくないわよ。あのハーブティーのおかげでデザインが浮んだんだもの」
「でも、もうお代はいただいていますし……」
「魔女さん、これは「お代」じゃなくて「お礼」なの。……それとも気に入らない?」

 女性は少し不安そうな表情をしてあけみに尋ねました。

「そんなことありません!とってもきれいでかわいいです」

 あけみは言いました。それを聞いた女性は安心したのか、また笑いました。

「それじゃあ、受け取って。そのほうがそのネックレスも喜ぶと思うから」
「あ、ありがとうございます」

 あけみはおじぎをしてお礼を言いました。女性は「貸して」と言ってあけみの後ろに回り込み、ネックレスをつけました。そして女性はまたあけみの前に立ちました。

「うん、似合ってるわ」

 女性は一人うなずきました。

「さて、じゃあ私は帰るわね」
「あ、はい。ありがとうございました、忙しいのにわざわざ……」
「いいのよ、今日は一日お休みするから。それじゃあね」

 女性は手を振って帰って行きました。あけみは扉を閉めました。そして、寝室に向かい鏡を見ました。首元にはあけびの花が咲いています。

「ねえ、シュー」

 あけみはシューに呼びかけました。シューはベッドの上で座っていました。

「なんだ?」

 あけみは鏡を見たまま言いました。

「すごいわ、このネックレス……。ほんの少しだけれど魔力が宿っているわ。あの人、魔力ないし、魔法も使えないのに。きっと私のために一生懸命、思いを込めて作ってくれたんだわ」
「そうだな」

 あけみはまだ鏡を見ています。自分のために一生懸命作ってもらえたと思うと一気に嬉しさがこみ上げてきました。自然と笑みがこぼれます。
 あけみはいつまでも鏡に写っているあけびの花を見つめていました。