あけみの薬屋 04

ひなた村での夏 (3)

 夏も本格的になり、ますます暑くなっています。きっとナツが力を使って季節を夏にしているのでしょう。部屋が涼しくなるポプリも、飲めば涼しくなるハーブティーも、海の中にいる気分になれるハーブティーも人気で、いろんな人が買いに来ます。
 あけみは頭にバンダナを巻いて、雑草を抜いていました。夏になると植物の成長が早いので定期的に抜かなければすぐに生えてきて抜きにくくなるのです。
 雑草を抜いていると、服の裾が誰かに引っ張られたような気がしました。振り返ってみるとリスがちょこん、と立っていました。

「あら、こんにちは。リスさん。いらっしゃいませ」

 リスは鼻をひくひく、とさせました。

「あら、涼しくなるポプリがほしいの?リスさんの家に置くの?」

 リスは首を縦に振りました。

「リスさんのおうちだったら、少し小さめのほうがいいわね。中に入ってちょっと待ってね」

 あけみはリスを居間に通すとキッチンで小さめのポプリを作りました。小指くらいの大きさです。それをあけみはリスからお代としての薬草をもらい、ポプリを渡しました。

「今日も暑いわね。もしこの大きさで寒かったらまた持ってきてね。
 あ、このあいだの元気のなかった木はどう?……そう、よかった。元気になったのね」

 リスは鼻をひくひく、としました。

「いえいえ、私は頼まれた通りの薬を作っただけですもの」

 あけみはにこり、と口元に笑みを浮かべて言いました。あけみがリスのからだにポプリをくくりつけると、リスは森へと帰って行きました。


 リスが帰ったあと、あけみは庭の花壇の手入れを再開しました。雑草を抜き終われば、次は薬草にいる虫を取り除く作業をします。葉や茎についている虫の中でも掴めるような大きな虫を取り除いたあとはお手製の薬を霧吹きで吹きかけます。それをすべての花壇の薬草にします。
 庭の手入れを終えたあけみは、少し休むことにしました。ハーブティーを淹れ、作ったサンドウィッチを食べました。
 サンドウィッチを食べ終わったとき、玄関の扉が開きました。入ってきたのは、ナツでした。

「こんにちは。あけみ」
「あら、いらっしゃい。今日はどうしたの?」
「ああ、今日はお礼を言いに来たんだ。
 ありがとう、あの木を元気にしてくれて」

 ナツはお礼を言いました。

「あの木は元気になったよ。まあ、年が年だから若いときに比べたらあれだけれど……。それでも、ずいぶん元気になったよ」
「よかった。でも、私がもっと強い薬を作れたらもっと元気になれたのに……」

 あけみは少し下を向いて、思ったことを言いました。魔女は薬や道具は繰り返し作ったり使うことで効き目や魔女自身の魔力が強くなります。けれど、あけみはまだ師匠のようにたくさんの種類の薬を作っていないのです。

「なに言ってんだよ。あけみがいたからあの木も元気になれたんだから」

 ナツはあることに気がつきました。

「きれいなネックレスだね。あけびの花かな」
「うん。お客さんでアクセサリーとか小物とか作っている人がいてお礼に、ってくれたの」

 ナツはじっ、とネックレスを見ています。どうやら魔力が込められていることに気が付いているようです。

「うーん、魔女にしては込められている魔力が弱すぎるなぁ」
「それを作った人、普通の人よ」

 それを聞くとナツは「えっ」驚いて、あけみを見てからもう一度ネックレスを見ました。

「それはすごいね。その人魔女に向いているんじゃないかなあ」

 ナツはそう言いました。けれど、きっとあの女性は魔女にはならないでしょう。あの人は魔女になりたいのでも魔法の道具を作りたいのでもなく、ただ、小物やアクセサリーを作りたいだけなのですから。

「さて、今日はもう俺、行かなくちゃ」
「え、もう帰るの?」

 ナツは首を縦に振りました。

「今日はお礼を言いに来ただけなんだ。今は夏真っ盛りだから俺もあまりサボっちゃいけないんだ」

 ナツは玄関の扉を開けました。あけみはナツを見送りました。

「またいろいろ話しましょうね」

 あけみはナツに手を振りました。ナツはいつものようにふわり、とどこかに飛んで行きました。
 あけみは再び庭に出ました。今度はそろそろ摘みごろの薬草を摘みます。花壇には青々とした薬草や花が元気に天に向かって伸びています。その中からあけみは種類ごとに分けて摘み取りました。
 それぞれの保存方法で保存したあと、あけみは花粉症に効くハーブティーを作ることにしました。師匠のところで修行していたころ、よく作りました。花粉症にいいといわれるミント、ネトル、カモミール、ラズベリーを組み合わせます。慣れたものです。
 缶に保存して、ラベルを貼ります。『花粉症(ミント・ネトル・カモミール・ラズベリー)』と書きました。
それが終わるとお客さんが来て、飲めば涼しくなるハーブティーと、海の中にいる気分になれるハーブティーを買いました。そのあとに来たお客さんは、傷薬を買いました。
気が付いたときには六時になっていました。あけみが片付けをして晩ごはんの準備をしているとシューが足元にやってきました。シューのリクエストで今日の晩御飯はリゾットです。二人でリゾットを食べ、残り少なくなったハーブティーをシューと一緒に作りました。シューと一緒になにかしているときがあけみにとって楽しい一時なのです。
あけみの一日は今日も慌ただしく、けれどゆっくりと過ぎて行きました。それは、薬草が育っている様子とどこか似ているように思えました。

 夏の暑さの頂上は過ぎましたが、まだ快適とは遠い気温です。外で動くと汗が滴ります。

「ありがとうございました。気をつけて帰ってくださいね」

 あけみは扉を開けて見送りました。おじいさんはゆっくりゆっくり歩いて帰りました。それと入れ違いにナツがふわり、と着地しました。

「あら、ナツ。こんにちは」
「こんにちは、あけみ。お茶の葉をくださいな」

 ナツとあけみはお店の中に入りました。

「どれくらいいる?」
「んー、そうだなあ……」

 あけみはそう言って考えているナツが寂しそうな顔をしていることに気が付きました。声をかけようとしましたが、ナツが言葉を発したのでできませんでした。

「三百回分」
「えっ!さ、三百回分も?さ、さすがに待ってもらわなくちゃいけないけれど……」
「かまわないよ」

 ナツは微笑みを浮かべて言いました。そしてイスに腰を下ろしました。
 あけみはナツにクッキーを出して、足りないお茶の葉を組み合わせて作り始めました。シューにはナツの相手とお客さんの受付を頼みました。
 あけみはお茶の葉を組み合わせながらなぜナツが急にハーブティー三百回分も注文したのか、考えました。あけみ自身ならばどういうときにハーブティー三百回分も必要とするでしょうか。

「大勢のお客さんが来るときとか……?」

 魔女はときどき集会を開くのでたくさんのお茶やお菓子が必要なときがありますが、普通ではないでしょう。

「いや、森でお茶会をするんだったら……。それでも多い気がするけれど」

 あけみは「うーん」と考えながら作っていました。すると分量を間違っていることに気が付きました。あけみは考えるのをやめてお茶の葉を組み合わせました。


 あけみは途中別のお客さんの注文を受けたりしたので、ナツのお茶の葉三百回分を作り終えたころには、空が夕方へと近づいていました。

「ごめんね、ナツ。遅くなっちゃって」
「ううん、俺がむちゃ言ってんだもん。気にしてないよ。それにシューが相手してくれたから、楽しかったよ」

 あけみはシューの頭をなでながらお礼を言いました。

「シュー、ありがとうね。長い時間」
「かまわない。お前の昔やったどじの話をしていたからな」

 シューはとっ、と軽やかに床に着地し、寝室へと逃げて行きました。

「あ!ちょっと、シュー待ちなさい!」

 ナツはくすくす、と笑ってその様子を見ていました。あけみは「もう」とため息をついてナツの向かいに腰を下ろしました。

「ねえ……シューはなに話していたの?」

 あけみはおそるおそるナツに尋ねました。ナツは「んー」と話されたことを思い出しているようでした。あけみは一体どんなことを話されたのか気が気ではなりません。ナツもそれがわかっているのでしょうか、なかなか言いません。

「ねえ、シューはどんな話をしていたの?」
「んー、忘れちゃった」
「……本当に?」

 あけみはじーっ、とナツの顔を見ました。ナツは微笑んだまま言いました。

「うん、本当に」

 嘘です。ナツはシューが話したほうきに乗るのに失敗した話や薬を作るのに失敗した話や間違って惚れ薬を作ってしまって師匠に怒られた話などすべて覚えています。けれど、黙っていることにしたのです。

「じゃあ、いいや」

 あけみはナツの言葉を信じたらしく、安心したようでした。

「あ、これ。ハーブティー三百回分」
「ありがとう。お代はこれでいけるかな?」
 あけみはナツがいつものようにぱんっ、と手を叩いて出した物を見ました。それは星の形をしたガラスの置物でした。大きさは手のひらに収まるくらいです。そのガラスはまるで小川の水のように透き通っていて、よく見ると星の中に天の川が見えます。

「すごくきれい……!いいの?こんなにきれいなものもらっても」
「うん。俺が持っていても意味がないしね」

 あけみはナツの顔を見てから、もう一度置物を見ました。見れば見るほどきれいで心ひかれるものがあります。

「本当にいいの?」
「うん。それ、流れ星のかけららしいんだ」
「流れ星のかけら?」

 だから中に天の川が見えるのでしょうか。

「流れ星のかけらは持ち主の力を引き出してくれるんだって。俺はあんまり力出し過ぎたらいけないしさ。今回は急に大量のお茶の葉を頼んだから、これくらいがちょうどだと思って。足りるかな?」
「十分よ。こっちがおつりを出さなくちゃいけないくらいだわ」

 あけみはなにかないかと探し始めました。それを見たナツは「もうもらったよ」とあけみに言いました。

「さっき出してくれたクッキー。あれがおつり」

 あけみはまだ少し納得していませんでした。あのクッキーだけではまだ足りないのです。なにかおつりはないかとあけみは考えました。あけみはキッチンに向かいもう三回分のハーブティーを持ってきました。

「それじゃあ、これ。おまけっていうのは変だけれど……」

 ナツは「それじゃあ、いただくよ」と言って受け取りました。あけみはなぜこんなにもハーブティーがいるのか尋ねようとしました。けれど、ナツが尋ねてきたのでできませんでした。

「これってどうやって淹れたらいいの?」
「えっとね……」

 あけみはハーブティーの淹れ方を説明して、紙に手順を書いたメモをナツに渡しました。ナツは自分が淹れている姿をイメージして確認しているのか少し上を向いています。そして手を叩いてメモをしまいました。あけみはやっと聞きたかったことを尋ねました。

「ねえ、こんなにものハーブティーはなにに使うの?お茶会でもあるの?」

 ナツはさっきまでの楽しそうな表情から寂しそうな表情に変わりました。あけみは首をかしげました。

「……どうしたの?」

 ナツはぽつり、と言いました。

「実はさ」
「うん」

 次の言葉が言いづらいのか一度口が閉じました。しかし、すぐにナツは口を開きました。

「もうお別れなんだ。俺はひなた村から去らなくちゃいけない」

「……え?」

 あけみは一瞬ナツが何を言ったか、わかりませんでした。ナツはそのまま言葉を続けました。

「もうすぐ夏も終わる。これから涼しくなるよ。季節は秋になる。だから、夏の精霊である俺はここにはいちゃいけないんだ」

 あけみは軽くパニックになっていました。あけみにとってナツは季節の精霊ではなく、友達になっていたのです。突然の友達の別れにあけみは次第に悲しく、寂しくなってきました。

「で、でもまだいても大丈夫でしょう?もう少し、いられるんでしょう?」

 あけみは尋ねる、というよりそうあってほしいという願いを込めて言いました。ナツは首を横に振りました。

「もうめいいっぱいまでいるんだ。そろそろ行かないと秋の精霊と鉢合わせになっちゃう。そんなことしたらひなた村の季節がぐちゃぐちゃになっちゃうんだ」

 あけみはすう、と涙を流しました。ナツの言うことは頭ではわかっても、心は納得していませんでした。あけみが泣いているのを見て手を叩いてハンカチを出し、あけみに差し出しました。あけみはそれを受け取りました。ナツは言葉を続けます。

「だから、俺はもう行かなくちゃ」

 あけみはどうにか引き留めようと、一生懸命考えて、言いました。

「だ、だってまだ夏じゃない。夏の間は精霊がいなくちゃいけないんでしょ?」
「……あのね、あけみ。季節の精霊は、その季節の終わりになったら力だけ残して次の場所に行くんだ。だから、季節の終わりまでいちゃいけないんだ」

 あけみは服の裾を握りしめて下を向きました。ナツは無理に笑顔を作ってあけみに言いました。

「あけみ、大丈夫。一生会えないわけじゃないんだ。来年になったらまた夏にしに来るから」

 あけみは顔をあげてナツを見ました。ナツは寂しさを隠して微笑んでいました。

「ほら、あけみ。君は魔女だろう?魔女は魔法のことや自然のことを理解して、受け入れることから始まるって前に話してくれたじゃないか」
「うん……」
「俺は季節の精霊だから、いつかはこの村を去らなくちゃいけない。けれどね、絶対季節はやってくる。来年も、再来年も、毎年来るんだ。だから、俺は毎年ひなた村に来るよ」

 あけみはいつの間にか泣きやんでナツの話を聞いていました。

「そう、よね。……そうよね。季節は必ず来るんですもの。それに私は魔女だわ。魔女は受け入れて、理解してこそ魔法や魔力につながるんだから」

 もうあけみの顔には悲しげな表情は浮んでいませんでした。今ではやる気に満ち溢れた様子です。ナツはいつものあけみに戻ってほっ、としました。

「ナツ」

 あけみはナツを見て、笑顔で言いました。

「私、次にナツが来るまで立派な魔女になってみせるわ。今はひとり立ちしたてで、まだまだ師匠のような立派な魔女には遠いけれど、一年間で近づいてみせるわ」

 あけみは、友達が突然いなくなってしまうことがとても寂しかったのです。けれど、ナツは季節の精霊で、ひなた村に来ない年はなく一年経てばまた会えることに気が付いたので、そんな気持ちはなくなりました。そうです、ナツとはお別れではないのです。ただ、ナツは遠くに出かけるだけなのですから。あけみはそう思いました。

「だから、ナツ。来年、絶対帰ってきてね」

 ナツは首を縦に振りました。

「もちろん。それまでにもっとおいしいハーブティー作っておいてね」
「ええ。がんばるわ」

 ナツはお茶の葉が入った缶を持って玄関の扉を開きました。あけみはいつものように見送ることにしました。

「いってらっしゃい、ナツ」
「いってきます」

 ナツは柔らかい笑みを浮かべて、いつものようにふわり、と浮んで手を振り夕焼けに向かって飛んで行きました。
 あけみはナツの姿が見えなくなるまで、ずっと玄関に立っていました。

「よし!」

 あけみは腰に手を当てて声を出して自分を奮い立たせました。
 夕焼けはまるであけみを応援しているかのように真っ赤に燃えているように輝いていました。