あけみの薬屋 06

秋の歌声 (2)

 アキと月夜草を摘みに行った次の日、あけみは少し寝坊をしてしまいました。慌てて朝ごはんを食べて、準備をします。朝ごはんはシューが簡単なものを作ってくれました。そのときに小言を言われたのは言うまでもありません。
 今日は朝からお客さんが来ました。あけみにあけびのネックレスを作ってくれた、あの女性です。

「こんにちは。いつものハーブティーをください」

 女性はにっこり、と微笑んであいさつをしました。

「いらっしゃいませ。今持ってきますね」

 あけみは女性が持ってきた缶を預かってキッチンに向かいました。そしていつもの、安眠できるハーブティーの葉を一カ月分入れ、居間に戻ります。

「最近の調子はどうですか?」

 あけみは女性に尋ねました。女性は頬笑みを浮かべたまま答えました。

「小物作りは順調よ。この季節はアクセサリーもだけれど、植物のツルで作ったカゴやバスケットもよく頼まれるの。

 寝付きが悪いのは相変わらずだけれど、魔女さんのハーブティーを飲んだらびっくりするくらい眠れるの。起きたときもすっきりするし」
「そうですか。けれど、無理しないでくださいね」

 心配そうに言うあけみに女性は同じ笑顔で「はいっ」と返事をしました。女性がお代を払おうとしたとき、開けっぱなしだったお店の扉から小さな生き物が入ってきました。あけみと女性はその生き物のほうを見ます。その生き物はいつものリスでした。

「あら、リスさん。いらっしゃいませ」
「魔女さん、動物のお客さんもいるのね。
 こんにちは、リスさん」

 リスは鼻をひくひくとさせます。あけみはリスがあいさつをしたことを女性に伝えました。かがんでいた女性は立ち上がりました。

「次のお客さんのお邪魔になるから、私はもう帰るわね」

 女性はお代を払い、リスにお別れを言って帰りました。
 リスは走ってテーブルまで行くと、イスを利用してテーブルによじ登りました。リスはテーブルの上で鼻をひくひく、とさせました。

「薬って、どんな薬がほしいの?」

 リスはまた鼻をひくひく、としました。あけみはリスがほしがっている薬を聞いて、意外に思いました。

「え、来年までどんぐりを埋めた位置を覚えておく薬?」

 一部のリスは冬眠します。そして冬眠前に集めたどんぐりを何か所にも分けて埋め、春になって掘り返すのです。けれど、埋めた場所を覚えている場合もありますが、忘れている場所もあります。それをリスは、すべての場所を覚えておきたいというのです。そのような薬を作ったことのないあけみは、リスの頼みを受けようか迷いました。リスの望む薬を作れるとも限りません。けれど、あけみはリスの頼みを受けることにしました。

「わかったわ、リスさん。けれど、私もそういう薬は作ったことがないから、リスさんが望んでいるような薬にならないかもしれないわ。それでもいい?」

 リスは首を縦に振りました。あけみはリスにいつごろ冬眠するつもりなのか尋ねました。そして、冬眠する前に薬を取りに来てもらうことにしました。リスはおじぎをして、走って帰りました。

「さて、どうしようかしら……」

 あけみは考えました。物忘れの薬があるのにはあるのですが、それを作るのに必要なイチョウやトチュウという木の初夏の葉がありません。イカリソウという薬草を使うという手もありますが、リスには効き目が強すぎます。ふと、あけみは薬草の本を寝室の本棚から取り出してきて、本を開きました。ペラッペラッ、とページをめくります。何回かページをめくったとき、あけみは「これだわ!」と叫びました。そのページには「セキショウ」と書かれた植物が描かれていました。まっすぐな細い葉にショウブのような花穂――穂のような形で咲く花――を小さくしたものがついています。この植物は谷間を流れる川に生えています。この辺りだと小川を上流に向かって進めば谷間につくでしょう。あけみはどうするか考えました。

「シュー、明日はお店を休みするわね」

 あけみは一度表に出て、屋根の上にいるシューに言いました。丸まっていたシューはむくり、と体を起こしました。

「どうしたんだ?いきなり」
「ちょっとセキショウが必要になったの。ほら、谷間に生えている薬草よ。ついでにピクニックもしましょう」

 シューは屋根からとっ、と軽やかに飛び降りました。

「ああ。谷間で探すんだったら一日かかるかもな。ちゃんと貼り紙しておけよ」
「ええ」

 あけみは紙に「明日はお休みします」と書いて玄関の扉に貼りました。
 あけみはお客さんが来ていない間に昨日の月夜草で薬を作っておくことにしました。まず月夜草を半分煎じます。今度は煎じ終えたものを茶こしで薬草のカスなどを取り除き、再び火にかけます。このときにゆっくりかき混ぜながら、ということを忘れてはいけません。しばらくかき混ぜているととろみが出てきます。そのとろみに水あめのように粘り気がでてきたら冷まして瓶に詰めます。これをお湯で溶かせば熱さましになるのです。
 あけみはもう半分の月夜草をすり鉢ですり下ろし、砂糖と一緒に煮詰めます。月夜草の汁は生のままだと苦いのですが、煮詰めればある程度は苦味がとれるのです。そのときにアクをとるのを忘れてはいけません。二時間ほど煮詰めたら、火を止めて粗熱をとるために自然に冷まします。冷めたら丸めやすいように手に片栗粉をまぶし、丸めます。これで、透き通るようなきれいな緑色の、気分が落ち着く飴の完成です。あけみは居間で完成した飴をひとつずつ丁寧に、飴を包む用の紙の両側をねじって包みました。  すべての飴を包み終わったあけみは、明日の準備を始めました。月夜草を摘むのにも使った小さなカゴなどを用意します。それを終えてからあけみは、ほうきの手入れをしました。
 ほうきは手入れをされて嬉しそうに見えました。

 次の日、あけみはお店の扉に「本日はお休みします」と貼り紙をしました。小さなカゴやお昼ごはんを入れたバスケットをほうきの柄にかけます。シューはほうきと掃くところと柄の境目に乗りました。

「いくわよ、シュー」
「ああ」

 あけみがほうきにまたがると、ほうきがふわり、と浮きます。あけみは小川に沿って空を飛びました。小川は太陽の光を反射してキラキラしています。あけみは改めてこの村の小川は本当にきれいだと思いました。空気は乾燥していて、秋っぽくなりました。
 しばらく飛んでいると、小川が山の中に入っていました。あけみは少し低く飛ぶことにしました。ゆっくりと高度を下げます。木々で小川が見えなくなると、あけみは山の中に降り立ちました。そこから上流に向かって歩いて行きます。足元にセキショウがないか注意しながらです。ときどき、足を滑らせて転びそうになりましたが、なんとか転ばずに進めました。
 どれくらいの時間が経ったでしょう。もうずいぶん歩いています。その証拠に足場は悪く、上流に近づいています。
「あっ!」

 あけみは本に描かれていた薬草、セキショウを見つけました。本を読んで、セキショウがどんなものかわかっていなかったら、見逃しそうです。あけみはその場でしゃがみこんで、ほうきを地面に置きました。バスケットから小さなカゴを取り出して、その中に摘んだセキショウを入れました。カゴにいっぱい摘み終わったころには、太陽は真上に昇っていました。

「意外と簡単に見つかったわね」

 あけみはカゴの中身を見て満足そうに言いました。あけみはお昼ごはんを食べることにしました。山の中を歩き回ったので、おなかが減りました。あけみはもう一度バスケットを持ちシューをほうきに乗せて山の頂上にまで飛んで行きました。頂上についてから、あけみは村を見下ろしました。学校や家がぽつりぽつり、とあり一面の麦畑の黄金色の穂が吹く風に揺れています。

「すごい……。この村って、こんなに大きかったんだ」

 あけみは来たときには、ひなた村は小さくのどかな村だと思っていました。けれど、ひなた村に来て半年近く経った今、ひなた村の本当の大きさを知りました。感じた村の大きさは、その村に住む人の心の広さだ、と師匠に言われたことがあります。それを思い出したあけみは、ひなた村を見下ろしていました。しばらくするとぐるきゅうう、とおなかが鳴りました。

「……あけみ、昼飯にしよう。俺も腹が減った」
「……うん、そうだね」

 あけみはバスケットから敷物を取り出し、敷きました。その上にあけみとシューは座りお昼ごはんのサンドウィッチを食べました。食べているとどこからか、聞いたことのある歌声が聞こえてきました。それはアキの歌声でした。今、季節の精霊の力で秋にしている最中なのでしょう。あけみとシューはしばらくアキの歌声を聴いていました。歌声を聴いていると秋が深まっていくような気がします。ひゅう、と風が吹きます。

「アキの歌声って本当にきれい」
「そうだな」

 シューもしっぽをゆっくり上下に動かしてリズムをとっていました。

「ねえ、シュー」
「ん?」

 シューはあけみを見ました。あけみはまっすぐ、村のほうを見ていました。

「私最初は楽しみだったけれど、だんだんこの村で薬屋をやっていけるか不安になったの。ちゃんとお客さん来てくれるかな、とか薬失敗しないで作れるかな、とか。師匠なんて村のみんなに頼りにされていたじゃない?自分は師匠の元を離れてあんな風になれるのか、村の人たちから頼りにされるかって考えていたの。
でも、私を頼ってくれるお客さんができて、薬も昔に比べたら効き目も強くなったわ。
ねえ、シュー。私、このひなた村に来て本当によかったわ」

あけみの顔はすっきりと、ひなた村に来たばかりのときよりどこか大人になっているようにシューは思えました。

 そのとき、アキの歌声が聞こえなくなりました。あけみはアキに会って行こうかと思いましたが、このあいだ月夜草を摘みに行ったときも、アキが実は少し疲れていたことをあけみは知っています。セキショウも摘み、ピクニックもしたあけみは帰ることにしました。シューとバスケットを乗せてほうきにまたがります。

あけみは秋の風を感じながらお店に帰りました。

あけみはキッチンの棚から瓶を二つ取り出しました。その中には油が入っています。これはあけみが夏に塗り薬を作るために必要な、薬草の成分を油に染み込ませたものです。ひとつはぬくもり花、もうひとつはそよ風草の油です。あけみはそれで塗り薬を作ることにしました。
あけみは以前と同じように油を湯煎し、蜜ろうを一センチ角にして入れ均等になるまでかき混ぜます。均一になったら温かいうちに違う瓶に入れました。これでぬくもり花の痛めたところを温めるための薬、そよ風草の痛めたところを冷やすための薬ができました。あけみはこのふたつを、以前作った流れ星の花の薬と同じように、棚に置きました。そして、道具を片付けました。
次にあけみはあれからリスに頼まれた薬を完成させることにしました。けれどそれに苦労していました。なかなかいい薬ができません。もうすぐリスが冬眠してしまいます。

「これもだめ。うう……。うまくいかない」

 あけみはごみ箱に失敗作を捨てました。今日で何度目でしょう。今までの薬は師匠に教えてもらったことや、本に書いてあったことを参考にしたりしていました。けれど、今回は師匠に教えてもらったこともなく、本にも書いていません。完全に、自分で考えなければいけません。それが、想像以上に難しいことだということをあけみは知りました。セキショウを摘んで根を取り除き乾燥させてから、ずっと薬を作っていますが、なかなかいいものができません。あけみはお手上げ状態でした。

「うーん……。起きるたびに飲んでもらうのはいいとして……うーん」

 リスは冬のあいだずっと冬眠しているわけではなく、どんぐりを食べたりするためにときどき起きるのです。そのときに薬を飲んでもらってどんぐりを埋めている場所を思い出せるようにしようとあけみは、考えています。

「おい、あけみ」

 シューはとことこ、と歩いてキッチンに入ってきました。

「えりかがきたぞ」

 あけみは薬を作るのをやめて居間に向かいました。居間ではえりかがイスに座っていました。

「こんにちは、えりか。いらっしゃい」

 窓の外を見ていたえりかはあけみのほうを振り返りました。あけみはえりかの向かいのイスに腰を下ろしました。見ると、えりかはいつもより少し元気がありません。

「どうしたの?えりか。なんか元気ないみたいだけれど」

 えりかはため息をつきました。

「実はね、学校で音楽会があるの。それでピアノを弾くことになっているんだけれど、みんなの前でうまく弾けないの。曲も全部覚えているのに、緊張しちゃって。もう明日なのに……」

 えりかはもう一度ため息をつきました。その話を聞いてひらめいたあけみは、キッチンからある瓶をとってきました。その瓶にはこのあいだ作った月夜草の飴が入っていました。イスに座って、あけみは瓶のふたをひねって飴をえりかに一粒渡しました。

「これ、なめたら落ち着く飴なの。どうしても、どうしても緊張がとけなかったらこの飴をなめて。きっと上手にピアノを弾けるわ」

 えりかは飴を受け取りました。美しい緑色に心を奪われたのか飴をじっ、と見ています。そして慌てたようにポケットの中を探り始めました。そして、小銭を出しました。

「あの、飴のお代」

 あけみは苦笑いして「いいのに」と言いましたが、えりかはきっちりしている性格なので、お代はいらないと言ってもきっと払おうとするでしょう。あけみはお代を受け取りました。それから二人は最近あったことなどを話しました。

 えりかは窓の外を見ました。もう真っ暗でした。

「え、もう真っ暗なの?」
「最近は暗くなるのが早いわね」
「そろそろ帰るね」

 えりかは家に帰りました。あけみはシューと一緒に晩ごはんを食べ終わると、再びキッチンでリスが頼んだ、どんぐりを埋めた位置を忘れないようにする薬を作り始めました。長持ちして、飲むときに水がいらない、というのがあけみの考えている薬です。けれど、なかなか自分の考えているような薬ができません。

「あー、もう!」

 あけみは大声をあげました。口がへの字に曲がっています。

「どうしたらいいんだろ?」

 あけみは考えついたことはすべて試しました。けれど、どれもうまくいかずあけみの頭はパンクしそうです。そのとき、シューがキッチンに入ってきました。

「少し休憩したらどうだ?このあいだからずっとそんな状態じゃないか」

 シューは心配そうな顔をして言いました。けれどあけみは首を横にふりました。

「そろそろ完成させなくちゃいけないもの。もうちょっとがんばってみるわ」

 あけみはそう言って、また考え始めました。しかし、いい考えは浮びません。あけみは月夜草の飴が入っている瓶を手に取り、飴を一粒なめました。コロコロ、と口の中で転がします。甘みが広がります。

「……ん?」

 あけみは飴を転がしながら、ひとつの考えが浮びました。

「……クッキーに薬草を混ぜて、それを食べてもらうのはどうかしら?」

 あけみの表情が一気に明るくなりました。

「そうよ、それよ!」

 クッキーならば、長持ちします。そう思ったさっそくあけみは、クッキーを作るのに必要な材料と道具、乾燥させたセキショウを用意しました。セキショウを粉にして、寝かせていたクッキーの種に混ぜました。コップのふちに片栗粉をつけて丸い型を取ります。そしてきれいに並べて、オーブンに入れました。オーブンでクッキーを焼いているあいだに道具の片付けをしました。しばらくすると、甘くいいにおいがオーブンから漂ってきました。焼きあがったクッキーを冷ましてから、あけみはクッキーを一口かじりました。味に問題がないかどうか調べるためです。口の中にはいつも作るクッキーのようにバニラエッセンスのにおいとクッキーの甘みが広がります。薬草の苦味は感じられません。

「うん、おいしい」

 ふと、このクッキーの中にどんぐりを混ぜてもいいかもしれない、とあけみは思いました。明日どんぐりを拾ってくることにしました。

「うまくいったんだな」

 今まで黙って見守っていたシューが口を開きました。あけみは首を縦に振りました。そして明日どんぐりを拾って、それを混ぜることをあけみはシューに言いました。シューもいい考えだと賛成しました。ようやく満足のできる薬を作ることができたあけみは、一気に疲れが出てきました。あけみは歯を磨いて、ベッドの中にもぐりこみました。あけみはすぐに眠りにつきました。
 クッキーの甘いにおいが、まだかすかに残っていました。


 秋が深まり、ときどき肌寒い風が吹くようになってきました。
 そんなある日、リスがやってきました。もう冬眠する時期になったのです。リスはお代としての薬草を持っていました。
「いらっしゃい、リスさん」

 あけみはキッチンからクッキーを入れた包みを持ってきました。どんぐりとセキショウの入っているクッキーです。あけみはリスに起きるたびにこのクッキーを食べるようにしてほしいことを告げました。リスは首を縦に振りました。あけみはお代の薬草を受け取って、リスの背中にクッキーの包みをくくりつけました。

「リスさん、春までお別れなのね。少し寂しいわ」

 リスは鼻をひくひく、とさせてあけみに言いました。

「ええ、冬眠から覚めたらまた来てね。クッキー、用意しておくから」

 リスはまた鼻をひくひく、とさせるとおじぎをしてお店を出て行きました。あけみはリスの後ろ姿が見えなくなるまで玄関に立って見送っていました。
 季節が変わるごとにあけみのお店のお客さんは変わっていきます。それは寂しいことではありますが、同じ季節になればまたやってくるお客さんもいます。そう思うと少し寂しさが和らぎます。
 リスと入れ替わる形で、農家のおじさんが入ってきました。あけみはおじさんがほしいという薬を作るためにキッチンに向かいました。
 あけみの薬屋さんとしての一日が今日も始まりました。

 秋もだんだん終わりに近づいてきました。半そでで過ごしている村人はほとんどいません。リスも今ごろ冬眠の最中でしょう。
 あけみは花壇で育てた薬草を摘んで洗い、乾燥させようとしていたところでした。

「あーけっみ」

 振り返ると、そこにアキが立っていました。

「アキ!ひさしぶりね」
「うん、ひさしぶりー。最近ちょっと歌うことが多かったから」

 アキは季節の精霊の中でも、秋の精霊で歌うことにより季節が秋へと変化します。

「けどしばらくはゆっくりできるんだ。だから、今日はあけみのおいしいハーブティーをいただこうと思って。エヘヘ」

 アキはにっこり、と笑顔で言いました。あけみとアキはお店の中に入りました。

「今日はどんなハーブティーがいい?」

 アキは「うーん」と少し腕を組んで考えてから手を挙げて言いました。

「甘いにおいのするやつがいい」

 あけみはキッチンに行ってハーブティーの準備をしました。ハーブティーを居間に持っていくと、アキは窓の外をぼーっ、と眺めていました。あけみはアキに声をかけずにティーカップをアキの前に置きました。

「アタシさ」

 ぽつり、とアキがつぶやきました。あけみはイスに腰を下ろし、アキは続けました。

「歌うたびにその場所の山の色が変わって、そこに住む人の服装が変わっていくのを見ると季節の精霊なんだって思うんだ。人や動物が「もう秋だね」って言っているのを聞いたらちゃんとアタシに気づいてくれているんだって思えてうれしくなれるんだ。アタシ、季節の精霊の仕事、好きだよ」

 あけみは黙って聞いていました。アキはようやくあけみのほうを見ました。

「あけみは魔女の仕事とか、好き?」
「うん」

 あけみは迷わず答えました。アキはその答えを聞いてにっこり、と笑いました。

「長いあいだ精霊として生きているとさ、人間の悩んでいる姿とか見ることがあるんだ。その中には好きなことをしているのに、それで悩んでいる大人もいる。でもね、好きなことなんだったらどれだけ悩んでも、続けていればきっと解決するし、悩んでいるあいだは好きなことが嫌いになっても、また好きになるんだよ。だから、もしあけみがいつか魔女になったことで悩んだりしても、魔女でいることをやめないでね。アタシも季節の精霊をやめないから」

 そう言うアキはあけみより年上の女の子に見えました。そして、どうしてそんな話をするのか、と思いました。そして、あけみはひとつの考えが浮びました。

「もう、次の場所に行くの?」

 アキは少し寂しそうに笑って言いました。

「……今すぐ、っていうわけじゃないんだけれどね。多分近いうちにこの村を出なくちゃ。それでなんかあけみのハーブティー飲みたくなっちゃって」

 アキはハーブティーにあけみが一緒に持ってきたはちみつを入れ、ティーカップを持ち上げました。そしてハーブティーのにおいをかいでから、飲みました。そしてゆっくりと、息をはきました。

「やっぱりあけみのハーブティー、おいしいー。落ち着くし、幸せになれる」

 あけみもハーブティーを飲みました。そのとき、お店の扉が開きました。あけみよりも年下の、まだ小学校にあがったばかりくらいの男の子が中の様子をうかがうように入ってきました。
「いらっしゃいませ。
 アキ、ちょっとごめんね」
「いいよいいよー」

 あけみは男の子に近づきました。男の子をおびえさせないようにかがんで尋ねました。

「どうしたの?おつかい?」

 男の子は下を向いてズボンの太ももあたりをにぎりしめたまま、首を縦に振りました。

「どんなお薬がいるの?」
「あ、あの……」

 男の子は小さな声で言いました。あけみが尋ねてから、男の子はまた黙ってしまいました。けれど、なにか言いたそうだったのであけみは男の子が再び口を開くのを待っていました。すると、男の子が消え入りそうな声で言いました。

「お、お母さんがやけどしたから……やけどのお薬、ください……」

 あけみは笑顔で「はい」と返事をして、男の子に少し待ってもらうことにしました。
 あけみは庭に向かいました。庭の花壇からアロエの葉を採りました。そのうちひとつを除いて布で包みました。そして小さなナイフを持って居間に向かい、それを男の子に渡しました。

「このアロエの葉をこんな風に開くの」

 あけみはアロエの葉をナイフで切り開きました。白い果肉が出てきました。

「この白いところがあるでしょう?これをお母さんがやけどしたところに貼りつけてね。そうすればやけどは治るわ」

 男の子はこくん、とうなずきました。そしてポケットからお金を取り出して、あけみに渡しました。あけみはお釣りを男の子に渡しました。男の子は言われたことを覚えているうちに家に着こうとしているのか、走って帰りました。

「どうして薬じゃなくって葉をあげたの?」

 二人のやりとりを見ていたアキはあけみに尋ねました。あけみはイスに座ってから言いました。

「薬はなるべく早く渡したいの。だって、薬が必要な人は痛い思いをしているんですもの。だから、一番早く渡せるのがああいう薬草そのものだったら、それを渡すことにしているの。薬も作り置きができたらいいんだけれど、できないものも多いから」

 アキはそれを聞いて納得しました。アキはティーポットを持ちハーブティーを自分の空になったティーカップに注ぎました。

「ねえ、アキ」
「ん?」
「アキは季節を秋にするとき以外は歌ってはいけないの?」

 あけみはアキに尋ねました。あけみはアキのきれいで深みのある歌声が好きなのです。別の土地に行かなければいけないときが近づいているので、できるならもう一度聴きたいと思ったのです。

「うーん……。歌っちゃいけないってことはないんだろうけれど、なにかしらの影響がありそうだから、歌わないようにしているんだよねー」

 あけみはそれを聞いて少し残念に思いました。アキはあけみの顔を見ました。そして腰を上げました。

「でも、力を抑えればいいと思うんだよね。おいしいハーブティーのお代として、一曲歌わせて」

 あけみがアキの言葉を聞いて残念に思っていたのが顔に表れていたのでしょう。アキはおじぎをします。あけみはぱちぱちっ、と拍手をしました。アキは一度深呼吸をして、歌い始めました。


『旅人を見送る太陽は何を思う。
 彼らの無事を祈るのか。
 それとも彼らの壁となるのか。
 どちらでも旅人は力強く進むのだろう。

 旅に出る風はなにを思う。
 はるか向こうの地を目指すのか。
 それとも故郷を目指すのか。
 どちらでも風の心は躍るだろう。

 歌を奏でる花はなにを思う。
 愛しい人のために歌うのか。
 それとも己のために歌うのか。
 どちらでも奏でられる歌は美しいだろう』


 静かに、ゆっくりと歌が終わりました。あけみは自然と立ち上がってアキに拍手をしていました。

「すごい……。私、今までアキよりきれいな歌声って聞いたことない!」

 あけみが師匠のところで修行してたころにも町に旅の詩人が来て、歌を歌っていました。その旅の詩人の歌声も美しかったのですが、アキにはかないません。

「力を抑えるためにアタシが普段歌う季節の歌は歌えないけれど、旅の詩人の歌なんだ。いつも同じ位置で歌っていたから覚えちゃった」

 アキは照れているのを隠すためか頭をかいています。そして、アキは窓の外をじっ、と見ていました。おそらく今の季節の状態が変化していないか確かめているのでしょう。あけみがそれを心配そうに見ていたら、アキはVサインをしたので、どうやらだいじょうぶのようです。

「いやー、できるもんだねー。実はちょっと不安だったんだ」
「無理言ってごめんね」

 あけみがそう言うとアキが「謝らないで」と微笑みながら言いました。

「アタシが力を使うことで、みんな季節が変わったことは気がついてもアタシが歌っていることには気がつかないでしょう?実はそれがちょっとさみしかったの……」

 アキの顔には少し寂しさが表れていました。けれど、すぐに満面の笑みを浮かべて言葉を続けました。

「でもね、あけみの前で歌って力を調節しながらだったら普通に歌えることもわかった。これからはいろんな人にアタシの歌を聴いてもらうこともできるんだもん。
 ありがとう、あけみ」

 あけみはなぜお礼を言われたのか、よくわかりませんでした。
アキは見た目があけみより幼いのに大人っぽい言い方や考え方をすることがあります。そういうときにアキは精霊で自分よりも長く生きているんだな、とあけみは思います。

「さーて、アタシもう帰るね」

 アキは軽い足取りで外に出ました。あけみはいつものように玄関まで見送りました。アキはふわり、と浮いてから、あけみに手を振って飛んで行きました。
 アキはいつもよりどこか嬉しそうでした。


 アキがあけみのために歌ってくれてから、数日後にアキが再びやってきました。あけみは驚きました。アキの服装が大きく変わっていたからです。大きなどんぐりのヘアピンは変わっていませんでしたが、赤いオーバーオールから赤いポンチョで黒いパンツルックになっていました。

「どうしたの?その格好」
「ちょっと気分を変えようと思って。季節の精霊は決まったアクセサリーと色の服来ていたらどんな格好でもいいんだよ」

 あけみはそれを聞いてナツが身につけていた腕輪を思い出しました。あれだけ全身泥だらけすり傷だらけで腕輪が壊れていなかったのは、季節の精霊が必ず身につけていなければいけないもので、頑丈に作られているからなのでしょう。
 あけみは今日アキがなぜ来たのか、なんとなくわかりました。

「……いっちゃうの?」
「うん……」

 アキは表情をくもらせました。けれどあけみはさみしさを顔に出さないように、口元に笑みを浮かべました。

「一年経ったら、また会えるもの。それまで体こわさないでね」
「うん、あけみも気をつけてね」

 あけみにそう言われたアキは口元に笑みを浮かべながらも、しっかりとした表情になりました。アキはふわり、と宙に浮きました。

「じゃあ、また来年」

 アキはあけみに言いました。

「うん。また、来年ね」

 あけみはアキに言いました。
アキは次の土地に向かって、飛んで行きました。あけみはアキの姿が見えなくなるまで見送っていました。
冷たい風が、季節の変わり目であることをひなた村に知らせていました。