あけみの薬屋 07

寒い冬

 びゅうう、と冷たい風がひなた村にやってきました。あけみはいつものようにお客さんのために薬を作っていました。最近はしもやけの薬や冷え性のハーブティーを頼むお客さんが多いです。
 お店の扉が開きました。

「いらっしゃいませ」
「こんにちは、あけみ。うう、寒かった」

 えりかがお店の中に入ってきました。

「あら、えりか。どうしたの?」
「お母さんにしもやけの薬を買いにきたの。
……あれ?あけみ。このお店って暖炉ないよね?」
「うん。ほら、そこのテーブルに置いてあるでしょう?それはずっと前に火の妖精からお代としてもらったランプなの。そのランプはどんな暗闇も明るくして、どんなに寒いところでも温めてくれるんですって」

 あけみはテーブルの上に置いていて、ナツからもらった夏の水の横に置いてあるランプを指さして説明しました。ランプの形は家のように立方体で屋根があります。けれどそのランプには本来あるはずの火を守るためのガラスがありません。そこから、火の温かさが出ているのかもしれません。
 えりかがランプをじっ、と眺めているあいだにあけみはしもやけの薬を作るためにキッチンに向かいました。えりかはイスに腰掛け、テーブルの上に置かれている膝かけを手に取りました。これはあけみが、お客さんに使ってもらうために置いているものです。
 少ししてあけみは薬を持って居間に戻ってきました。あけみはえりかからお代をもらいました。

「それにしても寒いわね」

 あけみがそう言うとえりかがうなずきました。

「今年はすごく寒いの。いつもはそんなに寒くないのに……。めったに使わない暖炉の掃除もしてお父さん疲れていたもの」

 ひなた村でも何軒かは暖炉があります。けれど、ほとんど使われることはありません。
 えりかは窓の外を見ました。あけみもつられるように窓を見ました。空は厚い雲に覆われています。えりかはあけみのほうを見て言いました。

「お母さんがもしかしたら雪が降るかもしれないって」

 あけみは雪を本などでどんなものかは知っていますが、実際には見たことがありません。修行をした師匠のところは穏やかな気候だったのです。あけみは少し雪を見てみたいと思いました。けれど寒い日が続くのはいやだとも思いました。

「それじゃ、帰るね」
「うん、気をつけてね」

 あけみはえりかを玄関まで見送りました。あけみは静かに扉を閉め、居間のイスに座りテーブルにひじをつきました。じっ、と窓から見える空を見ます。どれだけ空を見ても雲が流れていくだけで、晴れることはないとわかっているのですが見てしまいます。
 どれくらい空を見ていたでしょう。あけみは頭を軽く叩かれたように感じました。見るとシューが二本足で立っていました。どうやらさっきの感触はシューの肉球だったようです。

「さっきから何度も呼んでいるんだぞ。お客が来たぞ」

 シューの言うとおり、お店の中にはすでによくきてくれる、小物やアクセサリーを作っている女性が立っていました。あけみは慌てて立ち上がり、女性に近づきました。

「ごめんなさい!ぼーっ、としてしまって……」
「いえいえ。だいじょうぶよ」

 女性は優しく微笑みました。

「今日もいつものハーブティーですか?」
「ええ。あ、それと冷え性に効く薬かハーブティーはあるかしら?」
「はい、ありますよ」
「じゃあ、それもおねがい」

 そう言ってから女性は続けて言いました。

「前から言っている町の友達が冷え性なの。それで、魔女さんのことを話したら自分の分も送ってほしいって言われたの」

 あけみは自分のハーブティーをほめられて、うれしい気持ちになりました。

「どれくらいにしますか?」

あけみはうれしさが顔に出さないようにして女性に尋ねました。女性は少し考えてから一カ月分ほしい、と言いました。それを聞いたあけみはキッチンに向かいました。
 冷え性に効くハーブティーは体を温めるために乾燥させたショウガと、ショウガと相性がいいアップルピールを組み合わせ、そこにレモングラスとローズヒップも加えます。ショウガは体を温める効果があるのです。使っていない缶にお茶の葉を入れました。あけみは安眠のハーブティーと冷え性に効くハーブティーをそれぞれ入れた缶を持って居間に戻りました。

「おまたせしました」

 女性はほかの人のようにイスに座って、膝かけをかけて待っていました。

「今日は寒いわねえ。この村は冬でも暖かいのに」

 女性はえりかと同じことを言いました。おそらくこの村の人全員が同じことをだれかに言っているでしょう。

「暖かいってどれくらいなんですか?」

 あけみは尋ねました。

「そうね、今年の冬みたいに息が白くなることも、寒さで耳が痛くなることもめったにないの。何年か前に旅の詩人さんがきたときも『この村は冬でも暖かいですね』って言っていたのよ。こんなに寒いのは三十年ぶりだっておばあさんたちも言っていたわ」

 そんな気候が穏やかなひなた村が、どうして今年だけ雪が降りそうなほどの寒さになったのでしょう。あけみは不思議に思いました。あけみだけでなく、ひなた村に住む人々の多くがそう思っているでしょう。

「作物も寒さにやられた、っておじさんたちが言っていたわ」
「私も育てている薬草も寒さに強いものは育っているんですけど、寒さに弱いものは全部枯れてしまって……」

 そうなのです。あけみがある日花壇を見てみると、枯れている薬草が何種類かあったのです。あけみはひなた村が名前のようにひなたにいるように、暖かい気候の村だと聞いていました。それなので寒さに強くない薬草も植えていたのです。しかし、この寒さで枯れてしまったものもあるのです。
 そんな話をして、女性は二つの缶を抱えて帰って行きました。見送った後ろ姿は寒さで肩に力が入り、背筋は曲がっていました。

「あけみ、寒い。早く閉めてくれ」

 あけみはシューにそう言われて慌てて扉を閉めました。見るとシューはランプのそばでこれ以上丸まれないのではないか、というくらい小さく丸まっていました。

「……どうして、こんなにも寒くなったのかしら?」
「気温なんて毎年変わる。今年はたまたま寒い年なんじゃないか?」

 シューは一瞬顔をあげて言いましたが、すぐに顔をうずめました。

「でも三十年ぶりなのよ?きっと三十年前になにかあったのよ。それで同じことが今年も起きているのよ。例えば、妖精や精霊の住んでいるところになにかあったとか……」

 あけみがそうつぶやくと、丸まっていたシューが背筋をしゃん、としました。あけみにお説教や注意をするときの、厳しい目でした。

「あけみ、忘れるなよ。魔女は自然を理解して、その力を分けてもらって魔法にしている存在。
薬草は土の妖精と水の妖精、それに緑の妖精の力を借りて育てている。肥料の春風草ももとはそうして育てられた。薬草だけじゃない。
このランプも火の妖精の力によってこんなにも灯されているし、師匠がお前にくれた魔法のティーセットも、物の大きさを変える魔法も、いろんな妖精の力を借りている。それに感謝の気持ちを忘れちゃいけない。妖精や精霊がいやがるようなこと、怒らせるようなことをしてはいけない。 妖精や妖精の長――精霊は自分の住んでいるところに許可なく入られることと、役目の邪魔をされることがきらいだ」

シューはあけみをじっ、とにらむように見て言いました。あけみはシューに、長々と魔女の心得など魔女についてお説教されることが苦手です。

「はいはい。だから妖精や精霊のところには行かない、でしょ。わかっているわよ、それくらい」

 シューはじっ、とあけみを見ました。あけみもシューを見つめ返しました。視線をはずしたシューはまた丸まりました。あけみはもう一度、窓の外を見ました。

「あっ!」

 あけみは窓から見えたものに驚いて窓に激突しそうな勢いで窓辺に近づきました。空から真っ白なものが降っているのです。あけみはそれがなにか本で読んだことがありました。

「雪だわ!」

 ふわりふわり、と雪が舞いおりてきました。あけみは小走りで玄関を飛び出しました。冷たい風が吹いています。けれど、寒さなどあけみは気になりませんでした。地面を見ると雪は解けずに風の吹くほうへ転がされていました。あけみは自分の服に雪が付いていることに気がつきました。あけみはしばらくその雪を眺めていましたが、とけてしまいました。あけみはあちこちで声があがっていることに気がつきました。あけみより年下の子もいれば同い年くらいの子、または大人までいました。みんな空を見上げたり中には興奮して走り回っている子もいました。
 ひなた村は雪が降っている中、外に出ている人も中から眺めている人も普段見ることのない、どこか幻想的な風景に心を奪われていました。

 初めて雪が降ってから、しばらく経ちました。あれから何度も雪が降り、今では雪が降っても外に出ていくのは子供たちくらいになりました。そして雪もたくさん積もっていて、あちこち雪だるまや雪うさぎができています。こどもたちの中には雪合戦をする子もいて雪を思う存分楽しんでいるようでしたが、大人は慣れない雪で洗濯物が乾かない、歩きにくい、作物が育たないなど困ることも多いそうです。
 今日も雪が降っています。花壇は雪でも埋もれてしまい、育てていた薬草がだめになりました。土の様子も心配です。そんなことを考えて掃除をしていると、扉が開く音がしました。

「いらっしゃいませ」

 あけみは玄関のほうを振り向きました。そこには、雪のように真っ白な髪の男の子でした。年はあけみよりずいぶん年下のようで、身長はあけみの胸の位置くらいです。その身長にはバランスの悪い、長さのある剣でした。あけみはこの男の子に見覚えはありません。ということはひなた村の人ではないのでしょう。男の子はお店の中をきょろきょろ、と見まわしています。

「どうしたの?」

 あけみが声をかけると、男の子の肩が一瞬跳ね上がりました。男の子はおろおろ、としています。あけみは男の子に視線の高さを合わせました。

「あなた、この村の子じゃないわよね?迷子?」

 男の子は首を横に振ってから、一歩か二歩ほど後ろにさがりました。そして走ってお店から出て行きました。

「あっ、ちょっと……!」

 バタンッ、という扉が勢いよく閉まる音がしました。あけみは男の子を追いかけようと、玄関の扉をあけて外に出ました。しかし、右を見ても左を見ても男の子の姿はありません。男の子が出てすぐにあけみも外に出たので、そんなに遠くに行っていないはずです。ふと、あけみは空を見上げました。すると、さっきの男の子がどこかに飛んでいくのが見えました。普通の人は空など飛べません。空を飛べるのは魔女か妖精や精霊くらいです。

「ということは、もしかして……あの男の子は妖精か精霊?」

 あけみは雪がちらちら、と降っている中男の子が飛んだ方向を見ていました。


 夜、晩ごはんも食べて薬も作り終えてからあけみはベッドに入りました。ベッドのすぐそばにはシュー用のカゴのベッドがあります。そこにシューも今丸まっています。

「シュー、もう寝た?」

 あけみは天井を見つめたままシューに話しかけました。けれど、シューの返事はありません。

「……寝ちゃったのかな」
「起きてるぞ」

 シューは少し遅れて返事をしました。

「なんだ。起きているんなら返事してよ」
「それで、なんだ?」

 あけみはそのまま天井を見つめたまま話し始めました。

「私がひなた村に来てもう半年以上になるわ」
「そうだな」
「この村にきたときには、お客さんがきてくれるか不安だった」
「俺はあけみがちゃんと薬が作れるかどうか不安だった」
「けど今は常連のお客さんもいて、修行していたころに比べて作れる薬の種類も、薬の効き目もよくなったわ。それに師匠が作ったことのない、私が考えたハーブティーや薬も作ったわ」
「あれか、夏に作った海の中にいる気分になれるハーブティーや、リスの埋めたどんぐりの位置を覚えておくクッキーか」
「そうそう。特にクッキーはどんな風に作ればいいか二週間は悩んだわ。リスさん、この寒さの中だいじょうぶかしら?」
「まあ、土の中で冬眠しているからだいじょうぶだろう」

 あけみはシューの言葉をして少し安心したようでした。あけみはまた、シューに話しかけました。

「季節の精霊のナツやアキに出会うとは思ってなかったわ。だって精霊はあまり姿を現さないって聞いていたんだもの」
「精霊は本来自分の居場所から動かないからな。
精霊の中でも特別な季節の精霊のナツがあのときケガをして、あけみのところにこなかったらアキも今日の精霊もこなかっただろうな」
「そうね。……今日お店にきたあの子、精霊よね。空を飛んでいたんだもの」
「ああ。そうだろうな」
「でもなんで精霊の彼が私のお店にきたのかしら?あの様子だと薬を買いにきたわけでもなさそうだし……。……ん?」

 あけみはシューのほうに寝返りを打ちました。

「ねえ、シュー。精霊って、妖精たちを守るために住んでいるところから動かないのよね?」
「ああ。今そう言っただろう。精霊があんまり動くと妖精たちのいるところを守ることはできない。精霊の力によって妖精の住んでいるところが守られているところがほとんどだからな」
「けれど季節の精霊は別なのよね」
「ああ、あちこちの季節を変えるのが季節の精霊だからな。お前も本に書いてあったことくらい覚えているだろう?」

 あけみは少し考えました。それに気がついたシューは「どうした?」とあけみに尋ねました。

「あの子は妖精か精霊で、でも妖精も精霊も人の前に姿を現すことは少ないし、自分のいるところから動くことも少ない。けれど、例外なのは季節の精霊。
 ……と、いうことはあの子は季節の精霊?」
「そうか。アキがナツの通ったところがわかるように、今日きた精霊もアキが通ったところがわかるんだろう。だから、店に入ってきたのか?」
「きっとそうだわ。
 ……そういえば、ナツが前に季節の精霊たちのこと簡単に教えてくれたんだけれど……、どんな人だって言っていたかしら?」

 あけみはまた寝返ってうつ伏せになって、ほおづえをついて思い出そうと頭を働かせました。けれど、横になって考えているせいかだんだん眠気がおそってきました。あけみはうとうと、ともせずそのまま眠ってしまいました。それに気がついたシューも、もう一度丸くなりなおして眠りました。

 あれから一カ月と半日、冬の精霊の男の子はあけみのお店にきていません。あけみも何度かほうきに乗って男の子を探してみたのですが、出会いませんでした。ナツがそういえば「冬の精霊は人見知り」だと言っていたことも思い出したので、おそらくまだそんなに仲良くなっていないのでわざとさけているのでしょう。
 ひなた村の寒さは健在でした。雪が積もっていて、道端にできている雪だるまの数が増えました。最近はさらに気温が低くなって、村から少し行った池に分厚い氷が張ったそうです。
 あけみのところには最近風邪薬がほしいという人がたくさんやってきます。どうやら急に寒くなったせいで風邪をひいた人が多いのです。実はあけみも風邪ぎみなのです。

「はっくしゅん!」

 ずるるるっ、と鼻をすすりました。あけみはまたくしゃみをしました。

「おい、だいじょうぶか?」

 シューはあけみに歩みよりました。

「うん、だいじょう……くしゅんっ」
「……今日は店休みにしたほうがいいんじゃないか?」

 シューは心配そうにあけみを見ました。あけみは首を横にふりました。

「だって私の薬が必要な人がいるかもしれないもの。最近風邪薬がほしいっていうお客さんも多いし、休んでいられないわ」

 そう言ってあけみはキッチンに向かいました。そんなあけみの足取りはふらふらです。シューはあけみの前に立ちはだかりました。

「あけみ、今日は寝ていろ。俺が店番や薬を渡したりするから」

 あけみは「でも……」と言葉を続けようとしましたが、シューがそれをさえぎりました。「だめだ、寝ていろ。ほらほら、あけみはベッドに行け」
 シューはあけみが寝室に行くように、翼を動かして飛びながらあけみの背中を押し寝室まで連れて行きました。あけみを寝かせてからシューは薬を寝室に持っていきました。あけみが薬を作ったのを確認し、居間に向かいました。
 すると、すぐにお客さんがきました。よくお店にくる、アクセサリーや小物を作る女性です。

「あらあら。こんにちは、シューくん」

「いらっしゃいませ」

 シューは背筋をしゃん、と伸ばしました。お店にきた人とはあけみが薬を作っているあいだに何回も話しているのでお客さんもシューのことを覚えています。

「お向かいのおじいさんが風邪になっちゃったらしいの。風邪の薬ある?」
「今持ってきます」

 シューはキッチンに向かいました。一度床に着地してからもう一度翼を羽ばたかせて飛び、棚から『風邪薬』と書かれたビンを取り出しました。たぷんっ、と中に入っている風邪薬が踊りました。シューは慎重に薬の入ったビンを持ってもう一度床に着地しました。

「おっと」

 少しふらふら、とバランスを崩しましたがすぐに体勢を立て直しました。そしてまた翼を羽ばたかせ、居間に向かいました。それを見た女性はシューの元に駆け寄り、ビンを受け取りました。

「ありがとう。これはどれくらいいただけばいいの?」

 女性は持ってきていたビンにシューが言った量の薬を注ぎました。そして、お代をシューに渡しました。

「今日、魔女さんは?お留守?」
「風邪ぎみなんです。本人はだいじょうぶだって言っていたけれど、ふらふらだったんで寝かせました」
「まあ、大変!お薬は飲んだ?温かくしている?ちゃんとご飯食べた?」

 女性は息継ぎなしにシューに尋ねました。シューは少し気おされながらも女性の質問に答えました。

「く、薬は飲ませてベッドに寝かせた。昼ごはんはまだです」
「風邪のときは食欲がなくてもなにか食べたほうがいいのよ。そうだわ、おかゆ作ってあげるわ。キッチン借りてもいい?」
「だめです!」

 女性がキッチンに向かおうとするのを、シューは止めました。

「あけみはキッチンで薬を作っているんです。魔女が薬を作っている場所に普通の人が入れば、薬の効き目がなくなることや薬が作れなくなることがあるんだ」
「そうなの……」

 シューはせっかく女性が言ってくれたのに申し訳なく思いました。それを見た女性はシューがそう思っているのがわかったのか、シューの頭をなでました。

「気にしないで。それなら、私は早く帰ったほうがいいわね。シューくんはおかゆ、作れる?」
「……」

 シューは薬の調合ならあけみがやっているのを手伝ったことはありますが、料理を手伝ったことや料理をしたことがありません。シューの無言が答えであることに気がついた女性は少し考えました。そして、いい考えが浮んだのか女性に笑顔が浮かびました。

「私、お向かいのおじいさんにおかゆを作るの。そのついで、って言ったらあれだけれど、魔女さんも分も作りましょうか?」
「いいんですか?」

 シューがそう尋ねると女性は「ええ」と笑顔で答えました。

「いつも魔女さんのお薬にはお世話になっているもの。これくらいどうってことないわ」

 女性は一度、薬を持って帰りました。シューはあけみの寝室に向かいました。部屋の扉を開けると、あけみは目が覚めていたのか起き上がりました。

「どうしたの?シュー」
「まだ横になっておけ、あけみ。ネックレスをくれた女の人いるだろ、小物とか作っている人。あの人がついでにお前の分のおかゆも作ってきてくれるってよ」
「え、そうなの?もうしわけないなあ……。自分で作れるのに」

そう言うあけみの顔はさっきより少し赤く、熱が上がっているように見えました。シューはあけみのベッドに跳び、枕元に座りました。あけみはシューの頭をなでながら「だいじょうぶよ」と言ってから続けました。

「ごめんね、迷惑かけちゃって」
「寒いからな。それにずいぶん疲れがたまっていたんだろうな。ちゃんと温かくして寝ておけ」
 シューは優しくあけみにそう言いました。あけみはため息をつきました。
「あーあー……。それにしても疲れが出るのも遅い気がするわ」
「しょうがないだろう。ほら、あの女の人がおかゆ持ってきてくれるまで大人しくしておけ」

 あけみはうなずきました。

「シュー。薬とか棚から出しておかなくてだいじょうぶ?」
「だいじょうぶだ」

 シューはそう言って居間に戻り店番を再開しました。
 しばらくすると、女性がバスケットを持って戻ってきました。

「おまたせ。このバスケットにおかゆが入っているわ」

 女性はテーブルの上にバスケットを置きました、シューはテーブルに跳びました。女性はバスケットのふたを開いて中身をシューに見せました。中には白いお鍋が入っていました。

「明日の朝ごはんくらいまでならあるから、温めて食べてね。今は出来たてだからこのまま食べてもらってだいじょうぶだけれど」
「はい。ありがとうございます」

 シューは女性におじぎをしました。女性はくすり、と笑いました。

「いえいえ。あ、魔女さんのお見舞いをしてもいい?」

 シューは少し悩みました。あけみは寝室でもときどき薬をねかせることがあります。つまり、寝室でも薬を作っているのです。魔女でも妖精や精霊でもない普通の人が薬を作っている場所に入れると薬が作れなくなります。けれど、ここまでしてもらって「お見舞いもむりです」とは言いにくいとシューは思っています。悩んだ結果、シューはひとつの考えが浮びました。

「あけみは寝室でも薬を作ることがあります。なので、部屋の中には入ることはできないけれど、部屋の前からの見舞でよかったら」
「ええ。それでいいわ」

 シューは女性をあけみの寝室の前まで連れてきました。

「ちょっと待っていてください」

 そう言って女性を待たせてから、シューは寝室の中に入りました。あけみはさっきまで寝ていたのか、寝ぼけ眼です。

「あけみ、あの女の人がお見舞いにきてくれたぞ。扉開けて話すか?」
「うん。あ、でもちょっと待って」


 あけみは体を起こしました。そしてブラシを手に取り、髪をときました。服の乱れも正します。

「うん、もういいよ」

 シューはあけみの合図で部屋の扉を開きました。女性が立っていました。シューは寝室側にちょこん、と座ります。

「こんにちは、魔女さん。風邪だって聞いたけれど、どう?」
「だいじょうぶですよ。風邪ぎみっていうだけで、風邪をひいたわけじゃないんで。シューったら休んでおけって」

 シューはあけみのほうを見て言いました。

「ふらふらだったくせになに言っているんだ。それにお前の風邪がお客にもうつるかもしれないだろう」

 あけみはシューにそう言われ、言い返せませんでした。女性も微笑みながらあけみに言いました。

「そうよ、魔女さん。ゆっくり休んで元気になって。
 シューくんにも言ったんだけれど、おかゆは明日の朝の分まで作ったから温めて食べてね」
「ありがとうございます。すみません、迷惑をかけてしまって……」

 そう言うあけみに女性を首を横に振ってから、言いました。

「魔女さん。あなたは魔女でも、私たちからすればまだこどもなんだから、むりはしてはいけないわよ。大人でもほかの人を頼るんだから」

 あけみは、こども扱いされたことが不思議といやではありませんでした。それはきっと師匠のところでも、この村でもあまりこども扱いされていなかったので新鮮だったからでしょう。あけみがそんな風に感じていることをシューは、なんとなくわかりました。

「だから、気にしないで」

 にこり、と女性は笑いかけました。あけみも「はい」と言って少し笑いました。

「さて、私はそろそろ帰るわね」
「あ、はい。ありがとうございました」
「いえいえ。それじゃあね」

 女性はあけみに小さく手を振って、帰りました。シューからも女性におかゆのお礼を言って、あけみがするように玄関まで女性を見送りました。
 女性が帰ってからしばらくすると、お店の扉が開きました。

「いらっしゃいませ」

 シューはお店に入ってきた人を見て驚きました。それは以前きた冬の精霊でした。冬の精霊は以前きたときのようにお店の中をきょろきょろ、と見まわしていました。冬の精霊は一通りお店の中を見てから、シューを見ました。シューは黙っていました。

「このあいだの……あの魔女のお姉さんは?」

 今日は冬の精霊から話しかけてきました。どうやらあけみが魔女であることに気がついているようです。シューは背筋をしゃん、と伸ばし冬の精霊の目を見たまま言いました。

「このあいだに比べて落ち着いているな」

 シューは相手が精霊でも、あけみと同じように言います。精霊によってはあまりいい顔をしませんが、冬の精霊は気にしていないようでした。

「ぼく、動物となら話せるんだけれど人や妖精や精霊と話すときは緊張しちゃうんだ」

 シューは冬の精霊の質問の答えを言いました。

「風邪をひいたから寝ている。この村では今風邪がはやっているんだ」

 それを聞いた冬の精霊は下を向きました。その姿はまるで自分が悪いことをしていることを後悔しているようでした。

「それ、ぼくのせいなんだ。ぼくがこの村の冬をまちがえたから……。前にもこの村でそういうことをしたことがあるんだ。そのときも、みんな風邪をひいて植物も枯れちゃったんだ……」

 おそらく、以前女性が言っていた三十年前の冬のことでしょう。あけみはナツが冬の精霊は人見知りだ、と言っていたことを思い出していましたが、シューはそれともうひとつ言っていたことを思い出していました。それは、冬の精霊は力の調節が少し苦手だ、ということです。冬の精霊は続けて言いました。

「ぼく、力をうまく使えないんだ……。ほかの精霊はちゃんと使えるのに、ぼくは使えない。ちゃんと使えるようになったと思ったら、また使えなくなるんだ……」

 冬の精霊は相手がシューだからなのか、自分のことを話しました。シューはだまって聞いていました。きっと彼は今までこのようにして動物に話を聞いてもらっていたのでしょう。


「精霊は生まれたときから自分の力は使えるのに、ぼくは使えていない」

 シューはもう冬の精霊の話を聞くのにあきてしまったのか、伸ばしていた背筋は丸まって寝ころんでいました。シューはその体勢のまま、冬の精霊に言いました。

「使う力の加減を間違えたなら、なぜそこから調節しようとしない?」
「しているよ。けど、逆にもっと寒くなるんだ……」

 冬の精霊は下を向いたまま言いました。冬の精霊は素早く顔をあげました。その顔にはなにかいい考えが浮んだのか、笑みが浮んでいました。

「ねえ、あの魔女のお姉さんになにか作ってもらいたいんだ!ぼくが力をうまく使えるように」

 シューはそれを聞いて、起き上がりました。四本足で立ち、睨みつけるように冬の精霊を見て言いました。

「たしかにあけみなら、そういう薬を作るだろう。お前が力をうまく使えるようになるポプリやハーブティーを、自分の知恵をふりしぼって考えるだろう。だが、あんたはその努力に見合うくらいのことをしてきたのか?」
「してきたよ!どうすればいいかも考えたよ。なんでぼくにはそのお薬を作ってくれないの?」

 シューは冬の精霊の背後に吹雪のようなものが見えていることに気がついていました。冬の精霊は自分が話した苦しみを理解されていないと感じたのです。シューは精霊を怒らせてはいけないことはわかっています。けれど、シューは自分の感情にふたをすることができませんでした。 シューは、冬の精霊に言いました。

「あんた、俺たち使い魔や妖精や精霊の力はどうやって使うかわかっているのか?」

 冬の精霊は答えません。シューは冬の精霊を見つめたまま続けました。

「経験とカンだ。カンは自分のことを信じていないと、信じることができない。あんたは力を使うのが下手なんじゃない。自分を信じられていないんだ。あんた自身のことなのに、それをあけみの作る薬でどうにかしようなんて、おかしいだろう」

 冬の精霊の背後の吹雪が激しくなりました。けれど、シューは続けました。

「あんたに必要なのは、あけみの薬じゃない。自分を信じる強さだ」

 冬の精霊の目が大きく開かれました。

「どうして使い魔の君にそんなこと言われなくちゃいけないんだよ!」

 ビュオオッ、とお店の中で一瞬吹雪が起こりました。

「ぼくは力をちゃんと使えるようになりたいんだ!どうしてお薬屋さんなのにお薬くれないの!もういいよ!」

 冬の精霊はそう言って、お店の外に出て行こうとしました。

「待って!」

 シューと冬の精霊は声のしたほうを振り向きました。あけみが寝室から出てきていました。冬の精霊のところに歩み寄ります。そして視線の高さを合わせるためにしゃがみました。

「こんにちは、冬の精霊さん。私、魔女のあけみです」

 あけみはにこり、と笑いかけました。

「お話は聞こえていたわ。ちょっと待っていてね」

 あけみはキッチンに向かい、すぐに戻っていました。そして冬の精霊の手をとり、持ってきた飴を渡しました。

「これは気分を落ち着かせる飴なの。どうしても、どうしても緊張してしまったら舐めてみて。
 ねえ、冬の精霊さん。あなたはどんな風にして季節を変えるの?」
「目の前にだれかいるのを想像して、決まった順番にパンチしたりキックしたりするの」
「決まった順番ってことは……拳法の型っていうこと?」

 冬の精霊はうなずきました。どうやら興奮しているためか、あけみとも普通に話せています。

「頭の中で想像した相手に対して、ひとつひとつの動作をしっかり止めて、きびきびさせるんだ」
「そうなんだ。それするの、好き?」

 冬の精霊は笑顔でうなずきました。あけみはまた冬の精霊に尋ねました。

「どれくらいやるの?」

 あけみはあえて「なにを」どれくらい踊るのか尋ねませんでした。冬の精霊は答えました。

「毎日するよ」
「毎日するの?疲れない?」
「すごく疲れるよ。けどしないと冬にできない」

 あけみは「うーん」と少し考えてから、優しく冬の精霊に言いました。

「私が知っているかぎりだと、アキは毎日歌っていなかった気がするわ。ナツもよくここにお茶を飲みにきていたし」
「えっ」

 冬の精霊は驚いていました。どうやらほかの季節の精霊も自分のように毎日力を使っていると思っていたようです。

「そ、そうなの?」

 あけみはうなずきました。

「ぼく、みんな毎日力を使っているんだと思っていた……」
「そうね。そういうところもあると思うわ、毎日力を使うような場所が。けれど、この村は少しちがうかもね」

 冬の精霊はしゅん、と しました。あけみはそんな冬の精霊を傷つけないように言葉を選びながら冬の精霊に言いました。

「さっきあなたは自分が力をうまく使えないって言っていたけれど、きっとそれはちがうわ。あなたは、がんばりすぎているんだと思うの。もう少し、手を抜いてもいいと思うの。そうね……この村は、少し手を抜いて休憩する村っていう風に考えればいいんじゃないかな?ほかにもいくつかそういう村を決めればいいと思うの。そうすれば、きっと力の使い方もうまくなると思うわ」

 冬の精霊はあけみの言葉を真剣に聞いていました。あけみが言ったような発想がなかったのか、少し戸惑っているようですが、シューのときのように背後に吹雪は現れていません。まっすぐ、あけみの顔を見つめています。

「本当に?本当にぼく、力ちゃんと使えるようになる?」
「ええ、きっと」

 あけみは微笑んだままうなずきました。冬の精霊の表情がぱああ、と明るくなりました。そんな冬の精霊を傷つけないように気をつけてあけみは言います。

「今年のこの村はもう十分冬になったわ。だから、今年はもうつぎの場所に行くか、休憩してもいいと思うの。たしか、季節の精霊にはそういう場所があるでしょう?」
「うん。お姉さん、よく知っているね」

 冬の精霊はうなずきました。

「ええ。それから、今年はいつものように季節を変える力をこの村に残さずに、そのまま次の場所に行ったらいいと思うの。十分、冬の力が今の村にはあるから」

冬の精霊はあけみの言葉ひとつひとつにうなずきました。その姿はまるでおつかいで買ってくるものを覚えようとしている人間のこどものようでした。冬の精霊はひきしまった表情になりました。

「ぼく、今からこの村から出て行くよ」

 そう言って冬の精霊はお店から出て行きました。シューとあけみが玄関の外まで出ると冬の精霊がナツやアキの向かった方へ飛んで行きました。

「だいじょうぶだった?シュー」
「ああ……へっくしゅん!」

 シューは大きなくしゃみをしました。おそらくさっきの冬の精霊の吹雪のせいで体が冷えたのでしょう。

「あの女の人が作ってくれたおかゆでも食べましょうか。シューまで風邪をひいちゃう」
「ああ」

 シューとあけみはキッチンに向かいました。