あけみの薬屋 08

春になる薬

 冬の精霊がひなた村から去ってから二カ月ほど経ちました。そろそろ春がきてもよさそうなのですが、ひなた村はまだ少し肌寒い日々が続いています。
 そんな今日あけみは、庭の花壇の手入れをすることにしました。冬の精霊が冬を厳しくしてしまったので、花壇の土を作り直すことにしたのです。

「シュー、春風草持ってきて」

 シューは翼を羽ばたかせてお店の中に乾燥させた春風草を取りに行きました。しばらくすると、口に春風草が入っている袋をくわえて戻ってきました。

「あら、飛ばなかったの?」

 あけみはシューから袋を受け取ってから尋ねました。

「まだ慣れてないせいか、ずっと飛んでいたら疲れるんだ」

 シューはそう答えると、毛づくろいを始めました。あけみは腰を伸ばしました。ふと、森のほうを見ました。あけみは森を見て、あることに気がつきました。

「……森がまだ春になっていない」

 もうひなた村の道や畑の雪はとけていますが、森の木々にはまだ粉砂糖のように雪が覆っていて、真っ白です。

「どういうこと……?森になにかあったのかしら?」

 あけみは森のことが気になりましたが、花壇の土作りを再開しました。
 しばらくすると、声をかけられました。

「すみません」
「あ、はい」

 あけみは声のしたほうを振り返りました。するとそこには見たことがない女の人と、コートのフードをかぶっている縦にも横にも大きな人が立っていました。大きな人はまるで木のようにがっしりした人です。身長も女の人の二倍はありそうでした。あまりに大きいのであけみは口を開けたまま大きな人を見ていました。

「あの……」

 女の人はもう一度あけみに声をかけました。

「あ!す、すみません」

 あけみは女の人のほうを見ました。

「あの、この村に魔女の薬屋さんがあるって聞いたんですけれど、どこにありますか?」

 あけみは大きな人に気をとられていて気づきませんでしたが、女の人の髪は腰ぐらいまでの金色でゆるくウェーブしていて、ピンク色のカーディガンを羽織っていました。カーディガンには小さな花が集まったブローチをつけています。

「あ、ここです。ここが薬屋です」
「おじゃましてもいいかしら?」
「はい、どうぞ。でも……」

 あけみは大きな人を見ました。女の人はなぜあけみが大きな人を見たのかわかりました。

「ああ、少し待って」

 女の人がそう言うと、大きな人はコートごと小さくなっていき、女の人より少し高いくらいの身長になりました。

「これでだいじょうぶかしら?」
「あ、はい。どうぞ」

 あけみは驚きましたが、二人をお店の中に招き入れました。テーブル席に座ってもらいました。二人の向かいにあけみが座り、あけみのひざの上にシューが乗っています。

「私が魔女のあけみです。それから使い魔のシューです」

 あけみは持ち上げてシューを二人に紹介しました。女の人と大きかった人も自己紹介を始めました。

「私は季節の精霊のハルです。私の力は季節を春にすることです。それから……」

 大きかった人は今までずっとかぶっていたフードを外しました。フードの下には長くのびた白いひげをたくわえ、深いしわが刻まれたおじいさんの顔がありました。目は細く、口元に笑みがたたえられていて優しそうでした。

「わしは森の主じゃ」
「森ってもしかして、この村の?」

 森の主はうなずきました。森の主、ということは精霊の仲間です。めったに自分の居場所から動かない精霊が、なぜあけみの元にきたのでしょう。あけみの考えていることがわかったのか、森の主が言いました。

「実はおねがいがあって参ったのです」
「おねがい?」

 あけみは首をかしげました。ハルが事情を話し始めました。

「この村の冬が本当はあまり寒くないことは知っていますか?」
「ええ、話では聞いたわ」
「その理由は、私たちの仲間の精霊である冬の精霊――フユが原因なのもご存じですよね?」
「ええ」
「そのフユが力を使っていたところが森の真上なのですが、どうやら強くフユの力の影響を受けたようで、森だけまだ冬なのです。私の力をどれだけ使っても、雪をとかして山を春にすることができないのです」

 フユの力が予想以上に強かったことにあけみは驚きました。仲間の精霊であるハルの力でも森を春にできないとはよほど強かったのでしょう。そういえばフユ本人の話によると、毎日力を使うために拳法の型をとっていたようです。

「それで、おねがいというのはほかでもありません。あの森を春にするために力を貸してほしいのです」

 あけみはハルに尋ねました。

「私はどんなことをすればいいの?」
「薬を作ってもらいたいのです。これで」

 ハルが指さしたのは、ナツが以前お代としてくれた夏の水という、水が入ったふたが金属の丸い瓶で、中の水にはとある村らしき景色がゆらゆら、と映っているものです。

「これって……夏の水?」

 ハルはうなずきました。

「それには夏の精霊……ナツの力が込められています。それを三分の一ほど使えばちょうどいい薬ができると思います。おねがいしてもいいですか?」

 あけみはうなずきました。あけみはハルに尋ねました。

「この夏の水は、普通の水で薄めても効き目はだいじょうぶですか?」
「ええ。その夏の水は普通の水を入れても効き目は薄まりません」

 あけみは腕を組んでどんな薬にするか考えて始めました。

「……その薬はどんなタイプの薬にしたほうがいい、とかはある?例えば液体のほうがいいとか、たい肥のように土みたいなタイプがいいとか」

 ハルは「あなたにおまかせします」と言いました。

「ただ、できるだけ早く薬がほしいんです」
「わかったわ。……三日後にもう一度きて。それまでに完成させるわ」

 ハルと森の主は一度帰りました。
 あけみは寝室に向かいます。寝室の本棚にある本からなにかヒントを得られないか確かめるためです。あけみはシューに店番を頼み、本をすべて読んでみることにしました。けれど丁寧に読んでいるひまはないので、見出しだけ読んでヒントがありそうだと思ったやつだけ丁寧に読むことにしました。あけみは日が暮れても、真夜中になっても本のページをめくっていました。側には読み終わった本が何冊も積まれていました。

「なかなかないわね……」

 あけみはひとりごとを言って、ページをめくっていきました。何ページかめくっているとふと、とある見出しが目に入りました。その見出しは『目覚めにいいハーブティー』と書かれていました。あけみはそのページを読み始めました。そのハーブティーに必要なのはローズマリー、レモンピール、ペパーミントと書かれていました。

「冬の森で眠っている木とかの植物を春の陽気で目覚めさせるから、このハーブティーの作り方は参考にできるわね」

 あけみはそのページに書かれていることをメモしました。メモを終えるとまた次のページをめくりました。
この作業を繰り返し、すべての本を読み終えました。あけみの側には本が山積みになっていました。

「はあ……疲れた」

 いつのまにか目の前にはシューがいました。

「あけみ、もう夜も遅い、一時だ」
「え、もうそんな時間?
 シュー、お客さんはだいじょうぶだった?」

 シューは「ああ」と返事をしました。あけみは深夜一時ということと、本をすべて読み終えたこともあって一気に眠気が襲ってきました。あけみは本を片付けてから倒れこむようにベッドに入りました。

 次の日。ハルと森の主があけみのところにもう一度くるまであと二日です。あけみは今日もシューに店番を任せて、どのような薬を作るか考えていました。まず、薬のタイプを液体にするのか、肥料のような土のタイプにするのか決めます。これによって薬を森にどう使うか決まります。

「どうやって薬を使うのが一番いいかしら?」

 土に肥料を混ぜるようにするのはあまり効率がいいとは思えません。森は大きいとは言えませんが、それでも土すべてに肥料のように薬を混ぜるのは時間がかかりそうです。それを考えると、薬のタイプは液体にするのがよさそうです。
 次にあけみは、メモを見ました。『目覚めにいいハーブティー』という見出しを見つけてから特にいい見出しもなかったので、この目覚めにいいハーブティーに夏の水を混ぜることにしました。

「ハーブティーはどれくらいの量を作ればいいかしら?というよりまず、どんな風にして薬を使おうかしら」

 あけみは腕を組んで部屋の中を行ったりきたりして考えました。どれくらい往復したかわかりません。

「どうすれば一番いいかしら?」

 あけみは窓の外を見ました。空は少し雲が多く流れているように感じました。あけみはベッドに飛び込んで寝ころび、窓の外を見上げていました。

「雲……」

 あけみは流れていく雲をながめます。じ、と雲を流れているとあけみはあることを思いつきました。

「……雨みたいに薬を降らせるのはどうかしら?……そうよ、雨よ!」

 あけみは起き上がりました。

「ハーブティーと夏の水を合わせたものを、雨みたいに森に降らせたらいいのよ」

 どのようにして薬を使うかという問題は解決しました。次はどれくらいの量を作るかです。森全体にハーブティーと夏の水の雨を降らせるのには、ハーブティーに使うハーブが足りません。けれど別の種類のハーブティーの雨をそれぞれ別の場所で降らせると、春になるところと冬のままのところがでてきそうに思えました。それでもあけみは試しに作ってみることにしました。
 まずは『目覚めにいいハーブティー』を作ります。ローズマリー、レモンピール、ペパーミントを用意します。それぞれ同じ量を組み合わせます。組み合わせるのが終わったら、いつもと同じようにお湯をわかし、ティーカップをお湯で温め、お茶の葉を蒸らします。蒸らし終わったならば、いつものように飲むのではなく、一滴だけ夏の水をハーブティーに落とします。それを試しに花壇の土にこの、できたばかりの薬をまいてみることにしました。薬をまだ春風草を混ぜることができていない土に、じょうろで水をやるように薬をやりました。すると、フユの力によって冷たくなった土はどんどん温かく、春のころのようにやわらかい土になりました。あけみは自分の薬の作り方がまちがっていないことがわかり、一安心しました。けれど、問題は材料が足りないことです。あけみは足りないとわかっていても、今あるだけのローズマリー、レモンピール、ペパーミントを集めました。それからあけみは、ひなた村の人々の家にレモンの皮がないか訪ねて回りました。レモンピールとは、レモンの皮のことなのです。あけみがあちこち訪ね回った結果、どうにか両手いっぱいのレモンの皮が集まりました。ついでにえりかの家からもう一つじょうろも借りてきました。
 明日はハルと森の主がくるのを待って、足りない薬草についての解決策を見つけるだけです。けれど、それは難しいことでしょう。あけみはそれでも、今の時点でできることである、目覚めのいいハーブティーを組み合わせられるだけ組み合わせておきました。

 次の日。あけみのもとにハルと森の主がやってきました。今日の森の主は最初からハルより少し大きいくらいの身長でした。

「どうですか?」

 ハルはイスに腰掛けるなりあけみに尋ねました。あけみは薬はできそうだけれど、材料が足りないことを伝えました。ハルに尋ねられ、あけみはローズマリーとペパーミント、それからレモンピールも少し足りないことを伝えました。

「あけみ、ローズマリーもペパーミントの苗と種はある?」
「それが……ペパーミントはあるけれど、ローズマリーは木ごと枯れてしまって……」

 それを聞いたハルはぱんっ、と手を叩きました。すると小さな苗木が現れました。それはローズマリーの苗木でした。あけみはハルに言われてペパーミントの種を渡しました。ハルは外にでて、花壇にその二つを植えました。そしてくるり、とその場で少し舞いを踊りました。すると、あっという間に芽が出て花が咲きました。

「このやり方で必要な量まで薬草を採りましょう。きっとレモンの皮は森の主が探して持ってきてくれるでしょう」

 あけみはハルが季節の精霊としての力を使ったことがわかりました。ローズマリーとペパーミントを摘みました。そして、必要な量を採り終わったころには森の主がレモンの皮を大量に集めてどこからか戻ってきました。あけみは昨日ひなた村の人々の家を訪ね回ってようやく昨日は両手いっぱいのレモンの皮を手に入れたのに、森の主はその二倍は持って帰ってきました。一体どのようにして集めたのかあけみは知りたかったのですが、森の主はにっこり、と笑ってごまかしました。どうやら知られたくないようです。精霊が隠していることをむりに知ろうとしないほうがいいことをあけみは知っていたので、それ以上は探りませんでした。
 今回は薬草を乾燥させるひまはないので、水でよく洗ってそのまま淹れることにしました。薬草はちぎって使います。そして、いつもと同じ淹れ方をします。あけみはどんどん目覚めがいいハーブティーを作ります。淹れたハーブティーは、魔法であけみが両手を広げたくらいの大きさにまで大きくした桶に入れます。ハル、森の主も淹れ終わったハーブティーを桶に入れる手伝いをしました。シューにはここのところ店番をしてもらっています。
ハルと森の主がきたお昼だったのに、いつのまにか夕方になっていました。大きくした桶にはハーブティーが八分目ほど入っています。それにナツがくれた夏の水を三分の一足して、かき混ぜます。するときらきら、と輝く薬が完成しました。あけみとハルはじょうろを手に持ちます。これから二人は空を飛んでじょうろで薬を森にまきます。森の主は森に戻って薬が効いているか確かめてもらうために森に戻ってもらっています。

「……うまくいくかしら」

 自分の花壇では成功しましたが、作ったこの薬で森に春を訪れさせることができるか、あけみは不安でした。

「だいじょうぶよ、あなたが作ってくれた薬ですもの」

 ハルが優しい笑顔であけみに言いました。不思議とハルに笑顔でそう言われると、だいじょうぶな気がしてきました。
あけみとハルはじょうろに薬を満たしました。そしてあけみはほうきで、ハルはふわり、と浮きあがりました。それぞれ二人は反対方向から一周します。すると、木々に積もっていた雪はとけていきました。そして、薬がなくなるまで二人はこの作業を続けました。
もうすぐ夜になりそうな空になったとき、桶の中身が空っぽになり、最後の薬をまきました。森に積もっていた雪もなくなりました。ハルが耳を傾けました。

「……あけみ、森の主がもう森は冬ではなくなったって連絡がきたわ」

 それを聞いたあけみはほうきに乗った状態でした。自然と笑みがこぼれ、ばんざいをしました。

「やったー!……っておっとっと」

 あけみはほうきのバランスを崩しそうになりました。けれど、すぐにバランスを持ち直したので、ほうきから落ちずにすみました。

「だいじょうぶ?」
「えへへ……。ちょっと興奮しちゃった」

 ハルとあけみは笑いました。

「一度お店に戻りましょう」

 そう言ってあけみとハルはお店に戻りました。


 お店に戻って、ハルとあけみはイスに腰を下ろしました。

「あら、森の主は?」
「森の主はもう森に戻りました。彼があの森にいなければ妖精たちは好き勝手に遊んでしまいますからね。それで、森の主からこれを預かっています」

 そう言ってハルはぱんっ、と手を叩きました。するとぽんっ、という音がして緑色の水晶が現れました。その水晶の中は木々の漏れ日のように優しく輝いています。

「すごくきれい……」

 あけみは水晶の美しさに目を奪われました。

「森の主からの、お代ですって」
「けれど、こんなにもきれいなものもらってもいいのかしら……?」
「あなたが薬を作ってくれたから、あの森に住む動物も植物も凍死せずにすんだのですから、受け取っていいのでは?」

 あけみはハルにそう言われて、少しためらいがちに水晶を受け取りました。水晶は思っていたよりもひんやりしていませんでした。ほのかに温かい水晶を不思議に思いながら眺めていると、ハルが言いました。

「そして、私からのお代なのですが花壇の土と薬草の質を上げることでどうですか?」
「え?でも森の主からもうお代は……」
「本来、今回のように自分の前の季節の精霊の力が強すぎた場合は、次の季節の精霊が――つまり私自身の力でどうにかしなければいけないのです。けれど、私の力だけではあの森を春にすることはできませんでした。森の主は森に住む植物や動物、妖精がこれ以上冬だと死んでしまうので、私は自分の力不足であなたに薬をお願いしたんです。だから、お代も別々に受け取ってください」
「けれど……」

 ハルは微笑んだままあけみを見つめていました。あけみは「わかりました」と言ってから「でも」と言葉を続けました。

「土や薬草の質は魔女の実力――魔力でもあります。だから、私は自分で土や薬草の質をあげたいから、別のものでもいい?」
「わかったわ。それじゃあ……」

 ハルはカーディガンにつけていたブローチを外してテーブルに置きました。

「これでいいかしら?」
「……いいの?これは季節の精霊が必ず身につけなくちゃいけないものじゃないの?」

 季節の精霊は決まった色と決まった小物を身につけていなければいけません。

「いいえ。私の場合はこのカーディガンだから。だいじょうぶ」

 実はあけみはこのブローチに心惹かれていました。けれど、季節の精霊が身につけておかないものかと思ってあけみはなにも言いませんでした。あけみはブローチを受け取りました。

「でも、本当にいいの?」

 そう尋ねるあけみにハルはうなずきました。あけみはブローチを手に取りました。細かい花ひとつひとつが丁寧です。

「あ、これから私しばらくここにいるの。ときどき、ここにきてもいいかしら?」

 あけみはうなずきました。ハルはうれしそうに笑いました。そして窓の外を見て予想以上に暗くなっていたのか、どこかに帰って行きました。あけみはいつものように玄関まで見送りました。ハルはほかの誰よりも優雅にふわり、と浮き飛んで行きました。
 あけみは玄関の扉を閉めました。そして、テーブルの下にいるシューに話しかけました。

「シュー、お店番ごくろうさま。ありがとう」
「まあ、お客はそんなにこなかったし。お前のほうこそ大変だったな。あの冬の精霊のせいで」
「そういう言い方しないの」

 あけみはシューをたしなめました。

「でもきっと冬の精霊のフユもきっと、来年には力の使い方がうまくなっていると思うわ。一緒にいろんな話ができたらいいんだけれど」

 あけみは晩ごはんを食べる前に寝室に向かいました。お代としてもらった緑色の水晶とブローチを飾っておくためです。以前小物やアクセサリーを作っている女性からもらった、ネックレスのように毎日身につけても邪魔にならないのならいいのですが、ブローチは壊れてしまいそうでこわいので、おめかしのときにつけることにしたのです。
 あけみは緑色の水晶とブローチを本棚で本が入っていないところに置きました。
 緑色の水晶もブローチも初めからそこにあるように、あけみを見守っているようでした。