ほおずきのランプ亭

藤の花のネックレス

 朝の校庭は一日で一番にぎやかで活気があると、坂尾亮はいつも思う。校舎のかべに設置されている時計の針は七時五十分を指していた。教室がある四階への階段を上がっていると校庭へ遊びに下りていく下級生とたくさんすれちがった。みんな楽しそうな声を上げていた。
 六年二組の教室には半分以上の生徒がすでに登校していた。女子の多くはおしゃべりをしている。
「あ、亮。おはよー」
「はよー」
 亮に小さく手をふったのは友達の海斗(かいと)と英(ひで)だ。二人とも小学二年生のときからの付き合いで、なかなか三人そろって同じクラスになれなかったのだが、小学生最後の今年にようやくなれた。
「おはよう」
 亮は一度窓際の自分の席についた。教科書などを机の中に入れてランドセルを、教室の一番後ろにある個別に仕切られているロッカーにしまった。
「亮、きのうの『バトダイバー』観た?」
 バトダイバーというのは、水中に設置された会場で特殊なダイバースーツに身を包んで戦うアニメのことだ。水の中をハイスピードで泳ぐ個性的なキャラクターと、様々な種類のダイバースーツが人気で、小学生だけでなく大人にも人気がある。
「観たっ。かっこよかったよなあ、あのシュッと背後に回るところ!」
 海斗がそう言うと亮もうでを組んでにやつきながらうなずいた。
「兄ちゃんから聞いたんだけど『バトダイバー』ゲームになるんだって」
 そう言ったのは英だ。亮はえさを差し出された魚のように食いついた。
「まじで?」
 そんな風に『バトダイバー』について三人で熱く語っているとあっという間にチャイムが鳴った。
 担任の別所先生が出席をとって、連絡事項を伝えると一時間目の授業が始まる。今日は国語からだ。別所先生がこれから勉強する作品の作者の説明をしているあいだ、亮は教科書の片すみに落書きをした。教科書にはすでにたくさんの落書きが走り回っていた。
教室は四人で一つの班の席が窓側とろうか側にそれぞれ三つずつ、黒板の正面に五人の班の席が一組、さらにその後ろにも四人の班の席がある。それぞれ二人ずつ前後に机がならんでいる。五人の班の席だけ四人が向かい合って、USBメモリーの差す部分のように五人目の席がある。亮の席は窓側の一番後ろの班で、前の列だ。教室でもっとも後ろの席の一つだ。顔は黒板のほうを向いているが、先生の言葉は右から左へと抜けていった。
 一限目が終わるといすが動く音とクラスメイトたちの声ですぐに教室がにぎやかになった。
「おい英、亮。バスケやろうぜ」
 亮は海斗に声をかけられ、教科書を机の中にしまいながら「おうっ」と返事をした。ふと目に入ったのは一人の女子だった。髪は肩までの長さでいつも大きなの星のヘアピンをしている。その女子、織田ひめかは休み時間にも関わらずノートと教科書を広げた。いつものように。亮と席が近い英が背後から言葉をこぼした。
「織田のやつ、相変わらずのガリ勉っぷりだな」
 亮は今年初めてひめかと同じクラスになったのだが、半年経った今でもクラスの全員で遊ぶ、みんな遊びのとき以外遊んでいるのを見たことがない。
「な。おれは絶対あんなんしたくないよ」
「亮は勉強だいっきらいだもんなー」
 英はにやにやしながら亮をひじでつついた。亮は英を軽くにらみながら言い返した。
「なんだよ、英だってそうだろ」
「へへっ。まあな」
 英が舌を出しごまかすように笑った。そのときしびれを切らした海斗が二人の元にやってきた。
「おい、早く行こうぜ。ゴールの場所なくなっちまうよ」
 校庭のバスケットゴールは二か所しかない。濃い緑色のペンキが塗られたコンクリートの壁に横並びに設置されている。あっという間に遊びたいと思う生徒たちでうまってしまうのだ。体育用のものは四つほどあるが重くて高さもあってあぶないので、授業以外で動かしたり、使ってはいけないことになっているせいでもあるのだろう。
「ごめんごめん」
「なにかあったのか?」
 英がさっきまでの話を説明すると「なーんだ、そんなことかよ」と口をへの字に曲げて言った。
「おれ、去年もあいつと同じクラスだったけど、もうそんときにはあんなんだったぜ。それよりバスケしようぜ」
「そうだな。行こうぜ」
 英と海斗が先に教室から出た。亮もそれに続こうとして一瞬足を止めた。ちらりとひめかを見る。ひめかはにぎやかな教室の中で一人下を向いて鉛筆を動かしていた。なんとなく彼女の周りには見えないバリアのような、ドームのようなものがあるような気がした。

 学校が終わると一週間の内、三日ほど亮の気が重くなる日がある。それは塾がある火、木、金だ。亮の成績は中の中とよくも悪くもない。けれどお母さんが言うには「勉強嫌いなあんたが塾に行っているから、それくらいをたもっている」ということらしい。
「ちぇっ。母さんも言ってくれるよなあ。おれだってそりゃあ百点とかとってみたいけどさあ」
 駅へ向かう亮は道端の小石をけった。塾は電車で一駅のところにある。駅までは歩いて十五分だ。
「あれ、亮くん。今から塾?」
 そんな亮に声をかけてきたのは一歳年上の、みやび姉ちゃんだ。亮が小学三年生のころ、近所の公園で今連れている柴犬のコロとベンチで休んでいるときに出会った。亮がじっとコロを見ていると、みやび姉ちゃんは「なででみる? だいじょうぶ、かんだりしないよ」と言ってコロをなでさせてくれた。それがきっかけで学校の校庭やろうか、散歩中に出会うとちょっとおしゃべりをしたり、コロをなでさせてもらっている。この春でみやび姉ちゃんは中学生になったから会う回数は減ったけれど、散歩の時間と亮が塾に行く時間が同じであるためか、ちょくちょく顔を合わせていた。
「うん。あーあー……なあコロ。塾行くの変わってくれよお」
 亮はコロの顔を両手ではさみこむようになでた。コロは首をかしげて「じゅくってなあに?」と語りかけるように亮を見つめていた。亮は今度は頭をなでながら、ふとコロの首輪が新品になっていることに気がついた。それをみやび姉ちゃんに言うと「よくわかったね」と驚かれた。
「サイズを調節する金具がこわれちゃったんだ。前と同じ赤にしようとしたんだけど、この子の散髪がてらにペットショップに行ったとき、なんかいやがってこの色になったんだよねえ」
 コロが今つけている首輪はうすい紫色だった。元気にほえて返事をし、かけ回ったり遊んだりするコロには、なんとなく似合わないように思えた。
「赤のほうがよかったんじゃない?」
「あ、やっぱり?」
 そんな風に言う亮とみやび姉ちゃんに、コロはむっとしたのか「わんっ」と一度ほえた。
「あーあー、コロも塾変わってくれないし、行ってくるよ」
「あはは。気をつけてね」
「うん。じゃあなーコロ」
 コロは「わんっ」と鳴いた。亮はみやび姉ちゃんとコロと別れ、駅へと重い足で向かった。

 塾が終わるのは夜七時半。小腹が空いた亮はそばにあるフードコートで英とたこ焼きを半分こしてから帰る。ちなみに海斗は二人と同じ塾には通っておらず、家庭教師がきているらしい。
「なあ亮、おれ歯に青のりついてない?」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
 英はバスで塾まで来ている。おたがい時間が中途半端なので、なにかしら食べてから帰っている。ただしお互い親には内緒で。
「あ、バス来るや。じゃあな、また明日」
「おう、また明日」
 亮は駅までの十メートルほどの道を歩く。サラリーマンに部活や亮と同じように塾帰りの学生、ストリートミュージシャンがいる。そのとき、女子高生二人が「あ、犬だ。かわいー」と言ってなでていた。それはうすい紫色の首輪をしている柴犬だった。
「あれっ、コロじゃん」
 見渡したがみやび姉ちゃんらしき姿はない。よく見るとリードもつけていない。コロはすくっと立ち上がり、女子高生たちの前から去って行った。
「なんでこんなところにいるんだよっ」
 亮は方向を変え、コロのあとを追った。コロはいつもの散歩のときとはちがい走っていた。本人は小走りのつもりかもしれないが、亮はぜえぜえと息が切れてきた。
「おーいっ、コローっ」
 なんとかコロに自分の存在を気づかせようとして、亮は前を走るコロに大きな声で呼びかけた。コロは一瞬立ち止まったが、亮の顔を見るとまるでいたずらがばれたような顔をして逃げ続けた。今度は全速力だった。
「あ、あいつ! おいコロ。待てよっ。みやび姉ちゃん心配すんだろ!」
 亮も全力で走った。しかしどんどん距離が開いていきコロの体が小さくなる。コロは角を曲がった。
「やばいっ、見失っちまう」
 亮も角を曲がった。ある建物の中に入っていくコロのしっぽが見えた。その直後にパタンッとドアがしずかに閉まる音がした。亮はドアの前に立った。ドアを照らしているのはオレンジ色のランプの光だった。亮はランプを見つめた。
「なんだっけ、これ。なんかお盆とかによく見るんだけど……そうだ、ほおずきだ」
 壁の色は夜なのとランプの色ではっきりわからない。しかし濃い色ではなさそうだ。亮は三歩ほど下がって建物全体を見た。二階建てで、一階のほうが天井が高く広そうだ。ドアの上には横長の木の看板がかかっている。
「ええっと……ほおずきのランプ亭? なんの店だ?」
 亮は遠慮がちにドアをノックした。すると一人の男性が出てきた。黒い髪は長くて手入れが行き届いていた。コックさんやパティシエが着ているような白い服の一番上のボタンを外して着ている。切れ長だけれどおだやかな目、鼻筋の通った顔はさぞかし女性の注目を浴びるだろう。
「すみません、本日は営業を終えています。明日またお越しください」
 やわらかい低い声でその男性は言った。
「あの、さっきここに柴犬が入ってきませんでしたか? うすい紫色の首輪をしてるんですけど」
「いいえ、見ていませんね」
「そうですか……」
 男性は「それでは失礼します」と言ってドアを閉めた。亮はこの店よりも奥の道を進んでみた。ドアのようなものはない。
「やっぱりあそこに入ったんだ」
 一瞬このあいだテレビでやっていたニュースが亮の頭に浮かんだ。野良猫やはとなどが何者かに殺されていた、という痛ましい出来事があったそうだ。
「もしコロになにかあったら……」
 亮の顔が青ざめた。そして大粒の涙をこぼしているみやび姉ちゃんの顔が頭に浮かんだ。亮はぐっとにぎり拳をつくった。
「コロを助けられるのはおれしかいないっ」
亮はドアノブをにぎりゆっくり音がしないように回し、人差し指くらいの長さくらいまで音を立てずにドアを開けた。少しだけ店内の様子がわかった。外と同じようにやわらかい光に照れされいくつものテーブルがならんでいる。その上にはなにか置かれているようだが、亮のいる位置からではよくわからない。
(コロ、どこにいるんだ?)
さっきの男性のとなりには別の人が立っている。黄土色と白の服だ。髪は短く首にはうすい紫色のチョーカーをしている。
「なんとか間に合いましたね」
 さっきの男性がそう言った。するとうすい紫色のチョーカーの男性は彼に謝った。
「すみません。まさかリョウちゃんに見つかるとは」
(リョウちゃんってだれだ? それにあのチョーカー、なんかコロとすっごく似ているような……)
「それでは商品をおわたししますね」
 そう言ったのは落ち着いた女性の声だった。姿は見えない。亮はさらに室内をのぞきこもうとドアをさらに開けた。そのとき、キィイと蝶番のきしむ音がした。
「何者だっ」
 さっきの男性が鋭い目でこちらを向いた。そして亮がどうしようかと迷っていると、すでに目の前に立っていた。室内の光のせいでさっきの男性の表情は見えず、真っ黒な怪物のようだった。
「さっきの子ですか。本日の営業は終了していると申し上げましたが」
「こ、コロを返せ! ここに入ったのは見たんだぞ」
「ここに来ていないと言ったはずですが」
「うそつくな。お、お前たちコロをどうする気だっ。コロにひどいことなんてしてみろ、ただじゃおかないからなっ」
 男性と亮の会話を聞いていた、うすい紫色のチョーカーの男性が割って入ってきた。
「あ、あのリョウちゃんは悪くないんです、ぼくがここに来るのを見つかったせいなんです。だから、リョウちゃんに乱暴しないでくださいっ」
 ピリピリとした空気の中、女性がおだやかに口を開いた。
「とりあえず入ってもらいなさいな、リン」
 目の前の男性はリンというらしい。リンはドアを開け亮に中に入るように目でうながした。亮はおずおずと入った。入ると目の前にあるスペースは布がかけられている。右を見るとダークブラウンで統一されたテーブルや棚、ソファー。よく見るとそれらにはツタやぶどう、花などの彫刻がされていた。床も油を引いたあとのような、濃い茶色だった。動くごとに教室のようにギィと床が鳴った。室内を見回していると、さっきの声の主であろう女性が部屋の右奥のソファーに座っていた。ふわふわとした茶色の髪、口元にほくろがあるその女性は少しふっくらとしていて、やさしそうに見えた。そのとなりには亮の知った顔が座っていた。大きな星のピン止めをしている、あのクラスメイト。
「織田っ?」
「あ、坂尾くん」
 目を丸くしている亮とは反対にひめかは落ち着いていた。
「あら、ひめか。お友達?」
 女性がそう尋ねると「クラスメイトです」と返した。そんな亮のもとにうす紫色のチョーカーをした男性がかけよってきた。
「ごめんねリョウちゃんっ。だいじょうぶ、この人こわくないよ。いい人なんだよ」
 亮はうす紫色のチョーカーの男性を改めて見た。髪はわら色で目はくりっとしている。年齢は二十代後半から三十代前半くらいだろうか。
(なんかこの人の雰囲気、どこかで会ったことがあるような……)
 亮がそう考えていると、女性がうす紫色のチョーカーの男性に声をかけた。
「お客さま、今は本来のお姿ではないので……」
 そう言われるとうす紫色のチョーカーの男性は「ああっ、そうだった」とひたいをたたいた。
「リョウちゃん、ボクだよ。コロだよ」
 亮は目の前の人が言っていることを理解できなかった。コロは犬だ。でも目の前にいるのは人間だ。亮の表情から自分の言葉を信じてもらえていないとわかった、自称コロは自分の首を指さした。
「今日この首輪のこと、ミヤビちゃんと話してたでしょ? 赤のほうがいいなんて言っちゃってさあ。ボクはこの色、似合うと思ってるんだけど。大人のオスって感じでしょ?」
 自称コロはむねを張った。
(たしかに今日話したことだ。それにチョーカーもそれっぽい。でも犬が人間になるなんて……)
 頭がぐるぐると混乱している亮にきちんと説明をしたのは女性だった。
「今お客さま、コロさんは特製の魔法のキャンディーで犬から人の姿に変わっているの」
「魔法のキャンディー?」
 亮は次に女性へ疑いの眼差しを向けた。しかし女性は短い笑い声をあげながら「まあピンとこないわよねえ」と言った。女性の説明は続いた。
「ここは動物や妖精たち専用のアクセサリーと雑貨のお店、ほおずきのランプ亭。
 自己紹介が遅れてしまったわね。わたしはものをつくる魔女のきふじ。そこの彼はリン。妖精よ」
 亮はふり返ってリンを見た。自分よりずっと背の高い男性が妖精だとは信じがたかった。しかしよく見ていると耳はとがっていて、真っ青な目の瞳孔は猫のようにたてに割れている。服装もいつの間にかコック服から銀色のよろいに変わっていて、ひたいには輪のようなアクセサリーをつけていた。
「妖精ってもっとこう、ちっこいんじゃないの?」
「いろいろいる」
 リンはぶっきらぼうにそう返した。
「その、ものをつくる魔女って?」
 もう一つの疑問を亮はきふじに尋ねた。きふじはにっこり人好きのする笑顔を浮かべて説明してくれた。
「この世の魔女は大きく三つに分かれるの。
 薬草などを使って薬をつくり、人々の病を治すことができる薬の魔女。
 いろんな魔法が使えて、困っている人々を助けながら旅をしている旅の魔女。
 そしてわたしみたいに魔力をこめてものをつくり、特別なアイテムにする、ものをつくる魔女。
 ここにあるのは不思議な力が宿っているものばかりよ。オーダーメイドもできて、こちらのお客さまにはネックレスを依頼されて、それができたから今日確認に来ていただいたの」
「じ、じゃあなんで織田がここにいるんだよ?」
 亮はもう一つの疑問をひめか本人に尋ねた。するとひめかは座ったまま答えた。
「だってわたし、弟子だもん」
「は?」
 亮はひめかの言葉の意味がわからなかった。
「あ、聞こえなかった? わたし、ものをつくる魔女の弟子なの」
「……もうなにに驚いたらいい? おれ」
 頭がパンクしそうな亮はため息交じりにそう言った。この世界に魔女がいる、というのはだれもが知っていることだ。それでもいざ目の当たりにすると、亮はどうすればいいのかわからなくなった。人間姿のコロはのんきに小さく首をかしげていた。きふじはふふふっと小さく笑った。
「全部に驚いてもらっていいわ。さて、申し訳ないんだけれどえっと、坂尾くんっていったかしら。ちょっと仕事の続きをさせてもらうわね」
「あ、はい」
 所在なさげに立っている亮にひめかが手招きをし、ソファーの自分のとなりを軽く二、三度たたいた。亮はおずおずと近づいてひめかのとなりに座った。きふじはかたわらに置いていた真っ白な長方形の箱を人間姿のコロの前に差し出した。そしてふたを開けた。そこには紫色のネックレスが収められていた。しずくの形のビーズがぎっしりと連なっており、トップの部分にはしずく型のビーズがぶどうのように実っている。でも形は決してぶどうではなかった。
「わあっ! そっくりだあ。ありがとう、きっとミヤビちゃんもよろこんでくれると思う」
「なあ、コロ。これなんなんだ?」
 亮がそう尋ねると人間姿のコロは「首輪だよっ」と答えたが、きふじが「ネックレスよ、藤の花のね」とつけ足した。
「そうだ、ネックレスっていうんだよね、人間の場合」
「みやび姉ちゃんにあげるのか? ひまわりとか、もっとかわいい花のほうがよくね?」
「もーリョウちゃんはわかってないなあ」
 亮はむっとした。しかしコロはそんなことを気にせずうれしそうに話した。
「ミヤビちゃんね、この花がとっても大好きなんだ。毎年春になると散歩のとちゅうでこの花があるところに寄るんだ。いい香りだねって。でもぼくはにおいがきついんだよなあ」
 亮は理科の時間に犬は人間よりずっと鼻がいい、と習ったことを思い出した。
「でもミヤビちゃんがとってもとってもうれしそうな顔をするんだ。この花の真下にあるベンチに座ってね、うっとり見てるんだ。
 ミヤビちゃんね、明日誕生日なんだ。だからこれをわたすんだあ」
 ほくほくとした笑顔を浮かべているコロを見て亮はぴんときた。
「もしかして、その首輪を選んだのって、みやび姉ちゃんとおそろいにするためだったのか?」
「うん、そうだよー」
 そのへらっとしたその笑顔は、犬のときとまったく同じだった。
「それではプレゼント用にお包みしますね。ひめか、おねがいね」
「はい」
 返事をしたひめかは立ち上がりネックレスの入った箱を持って、亮の前を通り部屋の奥へと向かった。体を乗り出してひめかを見るとこちらに背中を向けている。がさごそと音がしているのでなにか作業をしているようだ。コロときふじの二人は二人で話を進めていた。
「お持ち帰りしやすいように袋を用意いたしますね。その中にすでにお代をいただいた旨を書いたお手紙も入れておきますね」
「わーい、ありがとー」
 亮はおそるおそる手を挙げてきふじに尋ねた。
「あの、お代って? やっぱりお金ですか?」
「お金よりも物々交換のほうが多いわねえ。きれいなガラスだとか石だとか。妖精たちだと特別なものを持ってきてくれたりするわ」
 そんなことを話していると、ひめかが茶色で右下のすみにほおずきのスタンプがおされている紙袋を持ってきた。
「お待たせしました」
 袋の口からきれいに包まれた箱が見えた。
「これ、織田がやったのか?」
「うん」
 亮が感心しているときふじが「それでは外までお送りいたしますわ」と言った。
「あ、おれも帰ります。途中でコロになにかあったらいけないし……」
「まあありがとうね」
 みんなでドアの前まで来た。リンがドアを開けた。
「ミヤビちゃんよろこんでくれるだろうなあ。ありがとう、魔女さん」
「いえいえ。気をつけてお帰りになってくださいね」
「はーい。それじゃあリョウちゃん、行こう」
「お、おう。え、えっとその、おじゃましました」
 亮は頭を下げてからコロといっしょに店の外に出た。するとコロはだんだん犬の姿にもどっていき、いつの間にか口に袋をくわえていた。
「コロ、歩きにくくないか? 持ってやるよ」
 そう言って亮が手を差し伸べるとぷいっと顔をそらし、てとてとと歩きはじめた。
「……あ、自分で持ちたいのか」
 亮はコロのとなりを歩いて、みやび姉ちゃんの家に寄った。亮がインターフォンを鳴らそうとするとコロは器用に玄関前の鉄の門を開け、庭の木のさくのすき間から小屋の前に横たわった。
「じゃあな、コロ」
 コロはほえる代わりににっこり笑った。それを見て亮はようやく自分の家に帰った。

 帰ってくるのがいつもより遅くて心配していたお母さんから怒られた、その次の日、この日は金曜日だった。塾に行く途中、みやび姉ちゃんとコロに会った。みやび姉ちゃんはさっそく藤の花のネックレスを身につけていた。
「みやび姉ちゃん、それ……」
「あ、これね。コロがわたしの誕生日プレゼントにくれたみたいなの。
 今朝コロが紙袋をわたしてきたの。一体いつの間に拾ってきたんだろうって思って中を見たらね、このネックレスと手紙が入ってたの」
「手紙?」
「ええ。えっとね……」
 みやび姉ちゃんはポケットから四つに折りたたまれた手紙を亮にわたした。

『この度、コロさまにご依頼をいただきお誕生日プレゼントとして藤の花のネックレスをおつくりしました。代金はコロさまから十分いただいておりますので、心配なさらないでください。コロさまの、あなたがやさしい人生を歩めるように、という願いをこめてつくらせていただきました。気に入って使ってくださると幸いです。

ほおずきのランプ亭店主 ものをつくる魔女 きふじ』

「まさかコロから誕生日プレゼントもらえるなんて思ってなかったよ。ありがとうねー、コロ」
 みやび姉ちゃんはかがみこんで、コロにほおずりした。コロもうれしそうだ。
「これをつけてるとね、なんだか心がおだやかになって幸せになれるんだ。藤棚でゆっくりしたときと同じ。あ、わたし藤の花が好きなんだけどね、毎年コロの散歩のときに寄るんだ。それにこのネックレス、コロとおそろい。ねー」
 みやび姉ちゃんの呼びかけにコロは「わんっ」と短くほえた。
「顔もお店のことも知らないけれど、きっと魔女さんも心をこめてつくってくれたんだってわかるんだ。わたし、このネックレス大切にする」
 みやび姉ちゃんはネックレスの先にある藤の花をにぎりしめて言った。落ち着ていてそれでもうれしさがにじみ出ている、おだやかなほほ笑みを浮かべていた。