ほおずきのランプ亭

シロツメクサのカチューシャとスズランのブローチ

 夏休み真っただ中の八月の初め。亮は昼のスノーチェリーにまで入りびたるようになっていた。店頭には出ず、二階できふじやひめかの作業をずっと見ていた。夕方に近づいてきた今は、ちょうどビーズでマーガレットのコサージュをつくる練習をしていた。
「あらあら、坂尾くんは魔女の世界に夢中ねえ」
 きふじはころころと笑った。きふじの言うとおりだった。イチゴのヘアゴムが目の前で完成したあの日以来、いやその前から亮はものをつくる魔女の世界に心を奪われつつあった。
「織田、よくそんな小さな穴にとおせるな」
 ひめかが小指のつめよりもずっと小さなビーズをあつかう姿を見て亮は感心した。
「ひもじゃなくてワイヤー。金属製なの」
「へーへー。
 そういえば織田あ、宿題どんくらい終わった?」
「夏休みに入る前にもう終わってる」
「はあっ?」
 予想外の答えに亮は声が裏返った。ひめかはビーズにワイヤーを通しながらつけ加えた。
「プリントとか配られた日からやり始めたし、読書感想文も同じくらいから本読んでた。ドリルはちょこちょこ予習してたし」
「まーじーかー」
 亮はがくりと肩を落とした。亮の夏休みの宿題は読書感想文、算数のドリル、自由課題である。自由課題はなにを研究してもいいし、つくってもいい。以前の亮なら植物や動物、昆虫の観察日記で終わらせていた。しかし今年はちがった。
「おれもなんかつくってみたいなあ」
 ぽつりとこぼれた亮の本音にいち早く反応したのはきふじだった。
「あら、じゃあこれいっしょにやってみる?」
 まぶしい笑顔に心を痛ませながら亮は「いや、いいっす……」と断った。
「細かい作業できる気しないし」
「あらあ、やってみなくちゃわかんないわよ?」
 そんな話をしているとあっという間に六時になり、スノーチェリーは閉店してほおずきのランプ亭が開店した。
 ほおずきのランプ亭がオープンして一時間経ったころ。三人はすでに一階に移動しており、きふじとひめかは昼間の続きをしていた。亮は仕方なく夏休みの宿題である算数のドリルに手をつけていた。そんなとき、ドアのほうからバアンッとかなり強くたたきつけるような音がした。カウンターの内側にいたリンは、素早く出てきてドアの前で構えた。目できふじに合図を送った。きふじは首をたてにふると亮やひめかの肩を抱いて「こっちに」と部屋の奥に移動させた。リンが険しい顔でドアを勢いよく開けると、そこには一人の少年がひっくり返っていた。
「この気配は……」
 リンが目をぱちくりさせていると少年は「あいたたた……」と後頭部をなでていた。よく見ると額も少し赤い。
「いやあもうしわけない。調子に乗ってたらぶつかっちゃって」
 少年は次に額をなでながら言った。
「あなたはもしや、季節の精霊では?」
 リンが少年に尋ねた。
「お、よくわかったね。……って君こそぼくらの隣人じゃないか」
「先生、ぼくらの隣人ってどういうことですか?」
 ひめかが小声できふじに尋ねた。きふじは二人の肩から手をはなし答えた。
「妖精っていう意味よ。本来妖精たちは自分のことを妖精って呼ばれるのをいやがるから。小さき人だとか小さな隣人とかっていうのよ」
 少年が亮たちのほうをむいた。すると「ほう」と声をもらした。
「魔女に魔女の弟子じゃないか。一人はちがうみたいだけど」
「よくおわかりになったわねえ」
「そりゃあ君たちが生まれるずっとずっと前からいるんだから、見ただけでわかるさあ。ああ、自己紹介が遅れたね。ボクは季節の精霊の中でも、夏の精霊のナツ。よろしくね」
「きふじです」
「織田ひめかです」
「えっと、坂尾亮です」
「リンと申します」
 それぞれ自己紹介を終えると、きふじが思い出したようにぱんと手をたたいた。
「大変、手当てしなくちゃ。ナツ、こちらへ。ひめか、救急箱を持ってきてちょうだい」
「はい」
 ひめかが二階に行っているあいだ、リンが「どうぞあちらへ」とナツを案内していた。亮は席を立って場所を開けた。きふじがテーブルの上のものをどかした。そうしている内にひめかがもどってきた。きふじがナツの向かいに座って手当てをはじめた。
「それにしてもどうしたんですか? そんな大けが……」
 ひめかが尋ねた。ひめかも亮と同じ気持ちだったらしい。傷口を消毒されながらナツは答えた。
「結構スピード上げて飛んでたらとまれなくなっちゃって。えへへ」
「結構すげえ音したけどだいじょうぶなのか?」
「骨とか折ってないですか?」
 亮とひめかがナツに尋ねた。するとナツはにっこり笑って「だいじょうぶだよ」と答えた。手当てが終わるとナツは室内をぐるりと見回した。
「もしかしてここってお店かい?」
「ええ、そうですよ。ごらんになります?」
 きふじは救急箱を片づけながら答えた。ナツは「いいのかい?」と食いついた。
「実は次に行くところに、昔からの友達がいてね。薬をつくる魔女なんだけれど、なにかいいものはあるかい?」
「それでしたら……」
 ナツの注文にきふじはさっと対応した。持ってきたのはカチューシャとブローチだった。カチューシャはシロツメクサを編んでつくったかのような見た目をしていた。銀色のブローチはスズランで花の部分が動くたびにシャラシャラと音を立てた。
「このシロツメクサのカチューシャは、太陽タンポポの綿毛でできています。そして持ち主に幸運をはこんでくれます。このスズランのブローチも同じです。それからブローチは持ち主が育てる植物を健康な状態にしてくれます」
「いいねっ、あの子にぴったりだ。その二つをくれないかい?」
「かしこまりました。お包みしますね」
 きふじがそう言うとひめかが商品をあずかって奥にむかった。
「もう少ししたらここに力を残して、次のところに行くんだ。だからもうちょっとするとすずしくなるよ。まあ暑いのには変わりないけど」
「力を残す?」
 ナツの言葉が気になった亮は首をかしげた。するとナツはいやな顔一つせず教えてくれた。
「ボクら季節の精霊は、季節の終わりに近づくと自分の力をそこに残してから、次の場所に移動するんだ。そうじゃないとずっと同じ温度が続いたり、季節がない状態になっちゃったりするからね。突然季節が変わると君たちも植物や動物もびっくりしちゃうだろ? だから力を残しておく。その力がなくなるころには次の季節の精霊がきていて、新しい季節がはじまるってわけさ」
「へえ。そんな風になってんだ」
 亮が感心していると、カチューシャとブローチを包み終わったひめかがもどってきた。
「こわれにくいように何重にも包んだけど、あんまり勢いよく飛ばないでね……? あぶないし」
「あはは、わかったよ」
 ナツは品物を受けとるときふじに尋ねた。
「えっと、お代だよね。そうだなあ……これで足りるかな?」
 そう言ってナツがきふじになにかを渡した。亮とひめかはきふじの手のひらをのぞきこんだ。そこにはしずく型でたてにしま模様が入っている水晶が十つぶんほどのっていた。
「まあ、水晶ひまわりの種」
「うん。これが育つ土は限られている。きみはものをつくる魔女なんでしょ? なら宝石代わりにでも使っておくれよ」
「こんな貴重なものを、いいのですか?」
 亮はこそっとひめかに尋ねた。
「なあ、そんなにすごいのか? あれ」
「わかんない。でも水晶のひまわりが咲く種ってことはすごいんじゃない? それにきれいだもん、すてきじゃない」
 ひめかは咲いた様子を想像しているのか、それともこれを使ってつくられたアクセサリーでもイメージしているのか、どこかうきうきしているようだった。
「それじゃあいろいろとありがとう。ボクはそろそろ行くよ」
 亮をふくめて全員が店の外までナツを見送った。
 ナツが去ってからひめかがきふじに尋ねた。
「あの、決まった土でしか花を咲かせないって言ってましたけど、どんな土なんですか?」
「うーん、土っていうか……マグマね」
「へ?」
「マグマ?」
 亮は目が点になった。それは声の調子から察するにひめかも同じようだった。きふじは説明を続けた。
「芽が出るまではマグマの中に入れて、そのあとは温かい……六十度以上の土に植え替えるのよ」
「六十度って温かいっていうより熱いですよね……」
「たしかに花を咲かせるよりビーズかなんかに使ったほうがよさそうだなあ」
「そうねえ。育ててみたいけれど、わたしじゃあきっと枯らしてしまうわねえ。きっと薬をつくる魔女なら育てられるんでしょうけれど。今度なんつぶか渡してみようかしら」
 きふじはそんな風に言った。ひめかは亮が思った疑問と同じことをきふじに尋ねた。
「薬をつくる魔女と知り合いなんですか?」
「ええ。魔女マーケットっていうものがあってね、いろんな魔女が集まってお店を出したり、買い物をしたりするところのことよ。今回はわたしも店を出すのよ」
「わたし、行ってみたいですっ」
「おれもっ」
 二人が食いつくもきふじは「だーめ」と言った。
「魔女のマーケットはあくまで魔女同士のやりとりや売り買いがメインなの。魔女じゃない人が行ってなにかされるわけじゃないけど、売り買いはできないわよ。魔女にしかあつかえないものや、魔女むけのものばかりだから」
「ちぇー」
「弟子でもだめなんですか?」
「ええ。ベテランの魔女でもあつかいに気をつけないといけないものが、たくさんあるから」
 ひめかは「わかりました」と返事しつつも不満そうだった。亮はまだあきらめきれなかった。
「ついてくだけでも?」
「だーめ」
「ちょっと坂尾くんしつこい」
「ちぇー」
 亮はくちびるをとがらせた。それを見てきふじは「ふふふ」と笑っていた。