悲しみは純白 04

第4話

「え、お昼ご飯食べてないんですかっ?」
 目的の買い物をすべて済ませた帰り道で、みさとは思わず大き目の声を挙げてしまった。通り過ぎる人たち数人がみさとと尾上のほうをふり返った。
「仕事のときだけですよ?作業をしているとそれ以外がどうにも億劫になってしまうんです」
「えっと、ちゃんと食べたほうがいいですよ」
「一食抜いたところでどうということはありませんよ」
 尾上はさらりと言った。みさとのなかですべてが納得できた。
「それで夕飯もおかわりする日が多いんですね。そりゃご飯四合も炊かなくちゃいけなくなるわ……」
 みさとは納得した。実はおかずの品や量を増やしたほうがいいのでは、と考えていたのだ。みさとは歩きながら腕を組んだ。
「どうなさったんですか、急に難しい顔になって」
「うーん、どうすればいいかなあ、と。……そうだ」
 みさとの目がきらりと光った。
「尾上さん、パンとかお好きですか?」
「へ?」
 尾上はみさとの突然の問いに少々間の抜けた声を上げてしまった。しかしみさとの表情は真剣だった。
「それともお嫌いですか?」
 みさとはぐいっと尾上に顔を近づけた。丸い目に尾上自身の顔が写った。
「あ、い、いえ、そんなことはありません」
 尾上はぱっと顔をそらした。みさとはなぜ尾上がそんな風にしたのかよくわからなかった。しかしみさとは知りたい情報が得られたためか、何度も「よし、よし」とひとり頷いていた。
「なんですか?一体」
「ふふっ、内緒です」
 そんな風にみさとは子どものように笑った。

 次の日、尾上が出勤の準備を終えて靴を履いていると、ぱたぱたとみさとがなにか包みを持って駆け寄った。
「お、尾上さん待ってください。あの、これ」
 尾上は首を傾げながら包みを受けとった。ふわふわとしていてオレンジと同じくらいの重さだ。みさとは尾上が伝える前に説明した。
「お昼ご飯です。作業しながら食べられるように、サンドウィッチにしたんです」
「え、わざわざ?ありがとうございます」
 尾上はどこかぎこちなくサンドウィッチを受けとった。真っ白なナフキンに包まれている。
「気を付けて行ってきてくださいね」
 みさとはにこりと笑って尾上を見送った。

「せめて好きな具くらいは聞いたほうがよかったかもしれない」
 みさとは掃除機をかけながら、サンドウィッチのことを考えていた。今日一日ずっと頭の中でぐるぐると回っている。
「いや、だって聞いたらわかるじゃん。こいつサンドウィッチ作る気満々じゃんってなるし、余計なお世話だって思われるの怖いし。……いやでもやっぱり三食きっちり食べたほうがいいって。まったくもって余計なお世話だけどさあ」
 みさとはずっと掃除をした。洗面台、風呂の排水溝、トイレなど。動きを止めると不安で押しつぶされそうだった。
 なんとなく暗いと思いつつも、電気をつけずに床を拭いていると玄関のドアが開いた。
「このうす暗い中、なにしてらっしゃるんですか……?」
「お、おかえりなさい。えっとお……掃除を少々?」
「なぜ疑問形なんですか……」
 みさとははっとして時計を見た。五時四十五分だった。
「あ、あわわわ忘れてた!ご、ご飯炊かなくちゃ!すぐ用意しますねっ」
 みさとは尾上が「あ、あの……」と腕を伸ばしたのも気づかずに台所に向かった。
 尾上が着替えを終え食卓に来る頃にはなんとか味噌汁と小鉢一品ができていた。
「すみません、もうすぐできます。簡単なものになってしまうんですけど……」
「いいですよ、慌てなくて。いつもより早めに帰ってきましたしね」
 ジュワッとフライパンに豚肉と玉ねぎが乗るいい音がした。両面に焼き色をつけ、火が通ったことを確認したみさとは、合わせていた調味料をかけた。生姜としょうゆが焦げる匂いが尾上の鼻孔をくすぐった。
「生姜焼きですかあ。いいですねえ」
「はい。昨日は魚だったんで」
 みさとは用意していた皿に豚の生姜焼きを盛りつけた。照りが輝いて見える。
「昨日のサバはとても脂がのっていておいしかったですね」
「そうですね。はいっ、できました」
 みさとは尾上の前に豚の生姜焼きを置いた。尾上は匂いを嗅ぐと表情がだらしなく緩んだ。しかしそれは一瞬で、すぐに元の凛々しい狼の顔に戻ってしまった。みさとはなんとか笑いを堪え、すべてを盛りつけ終わったおかずとご飯を並べた。
「お待たせしました」
「いえ。おいしそうですね。いただきます」
「いただきます」
 豚の生姜焼きに箸を伸ばしかけていた尾上の手が止まった。
「そうだ、夕飯を食べる前に」
 尾上は箸を置いた。
「な、なんでしょう?」
 みさとは身構えた。胸のあたりが気持ち悪くなってきた。しかし尾上の口から出たのは予想外のものだった。
「サンドウィッチ、ありがとうございました」
「へっ?」
「おいしかったです。卵サンドもハムキュウリサンドも。そのおかげかいつもより作業も進んだような気がします。わざわざ朝早く起きてくださってありがとうございました」
 みさとは一気に全身の力が抜け「はああ……」と、皿が並んでいない右斜めの空いたスペースに滑るように倒れた。
「ど、どうされました?」
「あ……い、いえ。てっきり出て行けって言われるかと。お口に合ったのなら幸いです。あーよかった」
 みさとはゆっくり体を起こした。尾上は大げさに溜息を吐いた。
「そんなこと言いませんよ。安心してください。……食べましょうか」
「はい」
 二人は改めて箸を持った。
 豚の生姜焼きが半分ほど減ったところで、尾上は席を立った。炊飯器まで移動して最初と同じくらいの量を茶碗に盛った。
「やっぱりおかわりするんですね」
「だ、だって豚の生姜焼きですし……」
 そんな風に言いながら尾上は結局三合炊いていたご飯のほとんどを平らげてしまった。まだしばらく炊く量はさほど変わらないようである。