壊し屋 03

第3話

 いつものようにトネスが事務所に来るとフライパンのじゅうじゅう、という音がしていた。空色のボブカットの少女がソーセージを焼いていた。
「おはようビオス」
「おはよう、トネス。ライトはまだ寝ているよ」
「あいつお前が来てからまったく起きなくなったな……」
 ビオスはくすくす、と笑った。この事務所に慣れてきたのかアイ・ミィいや、ビオスは笑顔を浮かべることが多くなった。それはきっとビオスにとっていいことなのだろう。最近では料理に夢中だ。
「でもそろそろ起きると思うよ。ねえトネス、朝ごはん食べてきた?オムレツ作ろうと思うんだけど……」
「じゃあ、オムレツだけいただこうかな」
 ビオスはもう一枚小さな皿を用意した。トネスは鞄をいつもの位置に置くとビオスの隣に立ち、見守った。ビオスは卵を割り、塩コショウで味を調え、牛乳を加える。かき混ぜ十分に熱しバターを敷いたフライパンに流す。固まる前にフライパンの上で数回かき混ぜ淵が固まるまで待つ。
「トネスも半熟でいい?」
「ああ」
 ビオスはフライ返しで形を整え始める。何度も練習したのだろうか、思っていたよりも手際がいい。薄く焦げ目がつきバターの香りが漂う。ビオスは小さな皿にオムレツを乗せた。もう一つオムレツを作り、先にソーセージと同じ皿に乗せた。トネスはナイフとフォークを二人分用意した。そのとき、部屋から珍しく着替えてライトが出てきた。心なしか表情が暗い。
「おはよう……」
「おはようライト。今日はね、オムレツ作ったの」
「おう。なんだ、元気ないじゃないか」
 ライトはソファーに腰を下ろした。ビオスは二人分のオムレツをガラステーブルの上に置くとライトの隣に座った。トネスもライトの向かいに座った。
「今日ペメと茶を飲まなくちゃいけないんだよ」
 ペメとはライトが召喚できる神の一柱で、噂の神だ。まだビオスがアイ・ミィとして稼働していたつい最近に、ペメの力を借りたのだ。そのときに必ずお茶会をしよう、と約束してしまったのだ。
「だから今日は臨時休業だ」
 ライトはオムレツを口に運ぶ。オムレツはとろとろで半熟だ。ライトはオムレツの出来を褒めた。ビオスは少し照れくさそうに笑った。
「それじゃあ俺はビオスのメンテナンスだけして帰るか」
「いや、いろ。お前も被害者になれ。道連れだ」
 ライトはオムレツを口に運びながらトネスに言った。それを見てトネスはあることに気がついた。
「あれ、お前ネックレスなんて持ってたっけ?」
 ライトの首には丸い桜色のガラスがついただけのシンプルなネックレスがきらり、と光っている。今までにライトがアクセサリーをつけているのをトネスは見たことがない。
「お前よく気がついたな……。このネックレスしないとペメが怒るんだよ。あいつがくれたやつなんだ。
 よし、ビオス。今日はパンケーキでも焼いてみるか」
「うん!」
 ビオスは嬉しそうに頷いた。この間まで暗殺用の人間型ロボットだったとは思えない。
「じゃあ、ライトが食い終わる前にメンテナンス済ませるか。行こう、ビオス」
 トネスは別の部屋にビオスを連れて行った。今後はその部屋がビオスのメンテナンス用の部屋になるだろう。
 トネスがメンテナンスを終え、ビオスと共に部屋から出てくるとライトは朝食のオムレツとソーセージを食べ終え朝刊を読んでいた。ビオスは小走りでライトの元に向かう。
「終わったよ、ライト」
「ん」
 ライトは朝刊を畳み、立ち上がった。ビオスと一緒にパンケーキを焼く準備を始めた。トネスは邪魔だから、と食器やガラステーブルを飾る準備を任された。ほどなくバターの香りが部屋を満たした。ああだ、こうだ、とライトはビオスにパンケーキの作り方を教えている。それはまるで初めて妹ができた少女のようだった。その穏やかな様子を見てトネスは自然と笑みをこぼしていた。ガラステーブルには真っ白な布を掛け、ナイフとフォーク、三人分のカップの用意を終えるとトネスはソファーに腰を下ろし、朝刊を読み始めた。特に大きなニュースはないようだ。朝刊を半分読み終えたころ、目の前にカタン、とパンケーキの乗った皿が置かれる音がした。満月のように真ん丸でふんわり、と焼き上がったパンケーキは三枚ずつ乗せられており、バターが融けている。小皿には苺ジャムが添えられている。それらを運んできたのはライトだった。
「お、うまそうじゃん」
「だろ。ビオスのやつ飲み込みが早いわ。やっぱしそういうところはロボットなんだな」
 ビオスはティーポットをトレイに乗せ、溢さないように注意しながら慎重にガラステーブルまで運んできた。
「さて、そろそろ喚ぶか」
 ライトはそう言うと一度深呼吸をし、目を閉じた。
『我の血に生きし神々よ。汝の聞きし言葉を我に伝えよ。噂の女神、ペメ!』
 ライトの腹部の痣が不死鳥のように光り、真っ白な霧が現れる。その霧は次第に人の形を成し、一人の女性が現れた。
『こんにちはライトちゃん。約束通り一緒にお茶してくれるんでしょ?』
 白くゆったりとしたシンプルなドレスに、バレッタでゆるくまとめた髪の二十代半ばの女性だ。噂の女神ペメだ。
「よう、ペメ。もちろんだ。どうぞ」
 ライトはバトラーのようにペメに席を勧めた。ペメは『ありがとう』と言って腰を下ろした。ライトはペメの隣に、トネスとビオスは向かいに腰を下ろした。その姿はまるで彫刻のように美しかった。トネスとビオスは見惚れていた。そんな二人に気がついたペメはにこり、と微笑んだ。
「ペメ、この女の子がビオス。んでこの眼鏡がトネス」
「なんで俺の紹介のときはいっつもいい加減なんだよ」
『まあこの子たちがライトちゃんの相棒さんなのね。素敵な二人だわ』
 ライトが紅茶を淹れようとするとビオスが淹れたがったため、注ぎ方を指導し注がせた。ビオスは体験することのすべてが楽しいようだ。
『ありがとう、ビオスちゃん。あなたは人間に創られた子なのね』
 ペメはにこり、とお礼を言って飲んだ。ビオスは首を縦に振った。トネスとライトもビオスが淹れた紅茶を飲む。
「このパンケーキもビオスが作ったんだ」
『あらそうなの?それじゃあ、いただこうかしら』
 ペメはナイフとフォークを手に取り、パンケーキを切った。苺ジャムをナイフで塗り、食べた。
『おいしいわ』
 その一言を聞いたビオスは嬉しそうに笑う。トネスはパンケーキを食べながらビオスの感情プログラムの豊かさに改めて驚いていた。
『ごめんねえ。なにかお茶菓子を持ってこようと思ったんだけれど、怒られちゃったの』
「いいよ。あんたらのものとか人間のオレたちが食っちゃいけないんだろ」
「そうなのか?」
 神や神話に詳しくないトネスはライトに訊ねた。ライトはパンケーキを切りながら説明を始めた。
「そりゃあな。神の食糧や飲料の中には不老不死になるものもあるから。神が独占したいから人間には渡しちゃいけないんだ。火だって元々そうだった。神だけのものだったのを、とある神が人間に渡しちまったから、そいつはお仕置きされた」
 実際はお仕置き、などという軽いものではないのだが面倒なのでライトはそう説明した。神は意外と独占欲が強い、とトネスは思ったが口にはしなかった。神を怒らせるとろくな目に合わないことくらい予想はつくからだ。
『そういえば、最近こんな噂があるのよ』
 ペメは言った。思ってみると、それは合図だった。ペメは次から次へと噂話を話した。さすがは噂の女神である、と思わざるを得ない。見知らぬ人間に関する噂、この町の都市伝説、外国の噂、神々の噂。彼女の口は止まることを知らなかった。ライトは慣れているのか適当に相槌を打っていたが、トネスは気疲れしていた。パンケーキはとうの昔に食べ終わり、紅茶もポットに四回もお代わりを淹れた。五回目のお代わりを淹れなければならないかもしれない、とビオスがポットの中身をさりげなく確認したそのとき、ペメが両手をぱん、と合わせた。
『そうだわ、思い出した。ライトちゃんにね、お願いがあるの』
 そう言ってペメは両手のひらを上に向けると、なにもなかったはずの手には一本の剣が現れた。いや、よく見ると矛のようだ。切っ先の幅が広く持ち手は剣と同じくらいの長さだ。赤い石が嵌めこまれている。
「なんだこれ?」
『ジャパンの神の……えっと、クサナギノツルギ?っていう武器のレプリカよ。剣って名前だけど銅製の矛なんですって』
「ジャパンの?」
 ライトはペメからクサナギノツルギを受け取った。赤い石がきらり、と光る。ずっしり、としたトネスとビオスも覗きこんだ。
「レプリカってどういうことなんだ?」
 トネスが訊ねるとペメは説明した。
『どうやらジャパンで神器のレプリカを作る計画が進められていたらしいの。それがそのクサナギノツルギ。人間に神の力を再現なんかされたら人間と神の力のバランスが崩れてしまう。データはもう消去されてこの世には存在していないそうなんだけれど、現物がこうして存在しているの。だから、ライトちゃんたちにそれを壊してほしいの。ちゃんと報酬は払うから、ね?』
「おいおい……オレたちが神器を壊せるはずがないだろ。データは消せたのに現物があるってことは、神であるあんたらにも壊せなかったんだろ?」
『そこをなんとか。おねがい!ね?』
 ペメはライトに頼みこんだ。ライトはクサナギノツルギを様々な角度から観察した。
「ただの銅なのに神が壊せないってどういうことなんだ?」
 赤い石がまたきらり、と光った。試しに軽く叩いてみるとカンカン、と金属の音がした。ライトはトネスにクサナギノツルギをトネスに渡した。予想していたよりも重い神器にトネスの腕はプルプル、と小刻みに震えている。
「外で壊すぞ。ここでやって床が抜けるなんてごめんだからな」
 ライトは自室から組み立てたトンファーを持って事務所を出た。クサナギノツルギの重さに耐えるだけで必死なトネスを見かねてビオスがクサナギノツルギを運び出した。人間型ロボットだが見た目が子供であるビオスに筋力で負けたことという事実に、トネスの心境は複雑だった。
 事務所の外に出たトネス、ライト、ビオス、ペメの四人はクサナギノツルギを地面に置き囲んでいた。ライトはトンファーを構える。大きく深呼吸をすると、トンファーをクサナギノツルギに振りおろした。カアアンッ、と町全体に響き渡りそうなほど大きな音がした。自分の力の反動のすべてが腕にきたライトはトンファーを握っていられなくなり、地面に落してしまった。ライトの腕はぷるぷる、と震えていた。当然のことだ。クサナギノツルギには傷一つついていない。
「ってえ……!」
「大丈夫?」
 ビオスがライトの元に駆け寄った。トネスはクサナギノツルギをまじまじと見た。まるで壊せるのならば壊してみろ、とでも言っているようだ。
「これ本当に普通の銅なのか?本当は銅じゃねえんじゃねえの?」
 赤い石がまたきらり、と光った。そういえばさきほども光っていたことにトネスは気がついた。まるでクサナギノツルギ自身が光らせているかのようだ。ふと、トネスはあることに気がついた。クサナギノツルギの素材が銅ではなく銀色の鋼となり木目状の模様が浮かんでいるのだ。
「こんな模様さっきまであったか?」
 ライトとビオス、ペメはクサナギノツルギを覗き込む。
「おい、これダマスカス鋼じゃねえか」
「ダマスカス鋼?」
 トネスが聞き返すとライトは首を縦に振りダスカス鋼について説明を始めた。
「古代遺跡の中でも後期の金属だ。木目状の模様が目印」
 古代遺跡と呼ばれる遺跡には三つの時代の区分として初期、中期、後期がある。初期は神々の力の全盛期であった神話時代の初期、神と人間の交流が盛んに行われた中期、文明が滅びゆく時代が後期である。
 トネスの頭の中でなにかがひっかかった。時折光る赤い石、始めはなかったはずの特徴的な模様、神でも壊せない武器。まず石がなぜ時折光るのか。光る法則はあるのだろうか。
「おかしい。これって銅だったはずなのに……」
 ライトがそう言うと赤い石がきらり、と光った。すると木目状の模様は見えなくなり、鋼から銅へと戻った。
「え?」
『あら』
「銅に戻った……」
 トネスの頭の中で一つの仮説が浮かび上がる。それを確信に変えるために試してみた。
「……これはきっと金で出来ている」  トネスの言葉に答えるように再び赤い石がきらり、と光る。するとクサナギノツルギは金色の矛へと変化した。
「やっぱり……」
 トネスの中で仮説が確信へと姿を変えた瞬間だった。ライトがトネスに説明を求めた。
「これはきっと側にいる人間が言った素材に変化するんだ。だから初めはペメが言った素材になったし、ライトがそれを否定したから別の金属になった」
「なるほどな。それなら納得できるな。ってことはこれを作ったジャパンのやつらは伝説の金属にでも作り変えて、なんかしようと企んでいたのかもな」
 するとペメが『あら、それなら……』と呟くとトネスは首を縦に振った。
「クサナギノツルギを壊しやすい素材にすればいい」
 ライトとビオスは「なるほど」と感心していた。トネスとライトはにやり、と口元に笑みを浮かべた。
「なあ、これって木製だよな?」
「ああ。なんの変哲もない木でできた矛だな。古そうだな」
 するとトネスとライトの言葉に反応し赤い石が光る。するとクサナギノツルギは銅から木へと変わった。木本来の茶色は長い年月を経たのか灰色に近い色となっていた。
「トネス、火、持ってこい」
「おう」
 トネスは事務所からライターと昨日の朝刊とほかに油を持ってきた。朝刊に火をつけてある程度火を大きくする。木製のクサナギノツルギに油を大量にかけ大きくなった炎の中に放り込んだ。パチパチ、と爆ぜる音がする中火事にならないよう見張る。しばらくするとクサナギノツルギはただの炭となっていた。ライトはクサナギノツルギだったものをおもいきり踏みつけた。先程の腕を痺れさせた振動が嘘のようにいとも簡単に砕けた。粉々に砕くとライトは真っ白なブーツの裏を見た。まるでクレヨンで塗りつぶしたように真っ黒だ。ライトは小さく舌打ちをした。
「ちくしょう。トネスにさせればよかった」
「はは。日ごろの行ないだよ」
 ライトが鋭く睨みつけた。トネスは恐ろしさから視線を逸らした。その様子を見たビオスとペメはくすくす、と小さく笑っていた。
『ありがとう。ライトちゃん、トネス君、ビオスちゃん。報酬は後日でも構わないかしら?』
「ああ。あんたら神は勝手に人間に物をやることをあまりいいとは思っていないもんな」
『ええ。ごめんね』
「いいよ」
 ペメは三人に礼を言って粉々になった炭を持って還った。完全に壊した、という証拠のためだ。三人は火が残らないよう水を掛け事務所に戻った。ライトはソファーに座ると早速ブーツの底を磨き始めた。トネスもビオスも腰を下ろす。トネスは大きく息を吐き、全体重をソファーに預けた。
「はああ……。つっかれた」
「あいつのマシンガントークすっげえだろ?」
「でも私、聞いていておもしろかったよ」
 ライトは「そうか」と笑みを浮かべた。疲れを知らない機械をトネスは少し羨ましく思いながら朝刊の続きを読み始めた。炭はブーツの滑り止めの隙間にまで入り込んでいるらしく、向かいに座っているライトはブーツを磨くのに苦戦していた。