壊し屋 04

第4話

 カーテンの隙間から朝日が差し込む。部屋には通販番組で買った腹筋マシーンと今にも崩れそうな雑誌の塔、小さな薄型のテレビがある。
「ん……」
 ベッドの中でライトはもぞもぞ、と寝がえりを打った。ドアの向こうからトントントン、と朝食を準備している音がする。少し前までは決して聞こえなかった音だ。布団のぬくもりから離れる決心をしたライトはそれでも未練がましくもぞもぞ、と布団の中にいたが、そろそろトネスが来る時間になったので寝ぼけ眼のまま自室を出た。
 依頼主をもてなす応接間にはすでに相棒であるトネスが朝刊を読んでいた。一緒に住んでいる人間型ロボットのビオスがライトの朝食を用意してくれていた。今日はトーストにスクランブルエッグ、ベーコンが入ったコンソメスープだ。最近ビオスは料理の楽しさに目覚めたのか自分で新しい料理のレシピを見つけては実際に作ってみている。
「おはよう、ライト」
「よう。お前……ものすごく眠そうだな」
「ん……」
 ライトはふらふら、としながらビオスから朝食を受け取りソファーに座った。朝食を食べ終えるころにはライトの目はぱっちり、と開いていた。朝食を食べ終え食器を洗っていたところにトネスのノートパソコンに一通のメールが届いた。トネスはコンピューターウイルスが入っていないかチェックをしてからメールを開いた。
「おい、ライト。なんか直接依頼したいからこの事務所の場所教えろってメール来たんだけど」
「それくらい自分で探せないやつの依頼なんか請けねえって返事しとけ。ここはオレの家でもあるんだ。メールなんかで簡単に教えるかってーの」
 ライトはビオスに「おかわり」とコンソメスープの入っていたカップを差し出した。ビオスは自分の作った料理が評価されたことに喜びコンソメスープを注ぐ。トネスはライトが言ったことを穏便にかつ遠回しな文章で返信した。クラッシャーは表社会のようにホームページを開設しているわけでもチラシを配っているわけでもない。もちろん宣伝をすれば依頼は更に増えることは間違いないだろう。だがライトは依頼が増えることをあまりよく思っていないようだ。曰く「ある程度暇なほうがいい」らしい。その線引きとして自力でこの事務所に来ることができた人間の依頼しか受けないことにしている。
 この日は依頼が入っており外に出た。事務所に帰ってきたのは夕日が部屋の中を美しいオレンジで染めたころだった。夕飯の用意をしていたビオスが二人を出迎えた。
「おかえり。ライト、トネス」
「ただいま」
「ただいま。はー……今回の依頼思ったよりも面倒だったな」
 ライトはソファーに身を投げ出すように座り言った。トネスもその向かいに座る。
「そうだな……。まあそれだけあの人形の中のデータが重要だったってことだろうけどな」
 トネスは立ち上がりインスタントコーヒーを淹れようとした、そのとき。コンコンッ、と事務所のドアがノックされる音が響いた。事務所のドアを開けたのは男の子だった。肌は汚れ着ている服の襟首は伸びきってしまっている。孤児であることは一目でわかる。その孤児はドアを開け、その位置から動かずに右手を差し出した。その右手には一本のUSBメモリーが握られている。トネスは孤児の男の子の元に歩み寄った。男の子に目の高さを合わせる。
「どうかしたのかい?」
「渡せって言われたから」
「これを?」
 男の子は黙って首を縦に振る。男の子にそう指示したのは誰か訊ねると眼鏡を掛けた身なりの言い男だと説明された。トネスは孤児に礼を言い、板チョコを一枚あげた。男の子の目は爛々と輝き、今にも踊りだしそうな軽い足取りで事務所を去った。トネスは湯が沸くまでの間にUSBメモリーの中身を確かめることにした。メモリーを様々な角度で見、触ってみる。特に変わったところはない。鞄の中からいつも使うものとは違うノートパソコンを取り出し、メモリーを挿した。もしコンピューターウイルスに侵されても捨てていいと思っているノートパソコンだ。USBメモリーのデータを読み込む。すると一つのデータが存在した。ダブルクリックをして開いてみるとメッセージが現れた。
『壊し屋様
 この度このような形で挨拶をする形になり申し訳ありません。事情がありそちらに伺うことができないのです。今回は壊していただきたい場所があるのです。その場所は暗殺用の人間型ロボットの製作工場です。詳細は直接お会いして説明させていただきたいので、申し訳ありませんが二日後に地図の印の場所までご足労願います』
 事務所に行くことができないからこちらが出向けということらしい。ずいぶんと自分勝手な依頼だ、と思いながらトネスはライトにパソコン画面を見せる。ライトも同じことを想ったらしい。
「けど、こいつはこの事務所を見つけたんだ。だったらこの依頼を断る理由は……胡散臭いこと以外にはねえな」
「依頼主は知らないけどあの孤児はこの場所を知っていたっていう可能性もあるぞ」
「それならそれでいい」
「……お前の基準がわからん。で、どうするんだ?」
 トネスは目の前にコーヒーが出されたことで湯を沸かしていたことを思い出した。コーヒーを淹れてくれたのはビオスだった。トネスは「ありがとう」と礼を言ってコーヒーを飲もうとしたが、それは叶わなかった。ライトが横取りしたからだ。
「行く。あまりにも胡散臭かったら依頼主ぶっ飛ばして迷惑料ふんだくって帰ってこようぜ」
 ズズズッ、と音を立てライトは満足そうにトネスのコーヒーを飲んだ。

 ライトは実に不満だった。自分の車であるにも関わらず助手席に座らされているからだ。ハンドルはトネスが握っている。
「これはオレの車だ」
 ライトは窓の外を見ながら言う。
「毎度同じことを言うけど、お前の運転は危険なんだよ、デンジャラスなんだよ。それよりちゃんと道案内しろよ」
 ライトは「わかってるっつーの」とプリントアウトした地図を見て現在位置を確認する。
「あ」
「なんだよ?」
「通り過ぎた」
「お前ちゃんと地図見とけよ!」
 トネスはUターンをした。間違えたのは自分にも関わらずライトはトネスを殴った。完全に八つ当たりだ。幸いそれほど通り過ぎてはおらず、すぐに目的地に着いた。二階建ての工場のようだがもう長い間従業員がいないようだ。窓ガラスは割れ埃や錆だらけだ。さほど広くない敷地内のアスファルトはヒビから雑草が生えている。
「趣味悪いやつなんだな」
 ライトはずばりと言った。ライトはトネスが敢えて黙っていることや言葉にすることを躊躇っていることをはっきりという。それは長所であり短所だ。二人は工場の外を見渡すが人の影は見つからない。
「ということはあの工場の中、か?」
 どうにも怪しい。なぜわざわざ埃だらけの廃工場の中で待ち合わせをするのか。落ち着いて話すならばどこか店のほうがいいだろう。ライトは一瞬悩んだが神を召喚することにした。
『我の血に生きし神々よ。その猛し姿を現せ。戦の神、マルス!』
 不死鳥のような痣が光を放ち真っ赤な霧がライトの前に現れた。その霧次第に人の形となっていく。真っ赤な髪は無造作で耳には黄金のイヤリングをしている。右の には がある。戦の神であるアレスだ。
『よお、ライト。久しぶりじゃねえか。プルートばっか喚んでないで俺も喚べよ』
「だから喚んだじゃねえか。今回はお前のほうが適任のような気がするんだ」
 アレスは『ふーん』と満足そうに笑みを浮かべた。ライトはトネスとマルスに「行くぞ」と声をかけ、工場の中に入った。
 工場の中は思っていたよりも荒れていた。コンベアなどの機械は壊れ厚く埃が被っている。いや、機械だけではない。壁も窓もすべて埃だらけだ。ライトは床を足で軽く蹴る。ぶわっ、と埃が舞う。埃はライトに直撃した。気管に埃が入ったライトは大きく咳き込んだ。その様子を見てトネスとマルスは呆れた。
「機械は多いがそこまで広くないからすぐに依頼人が見つかるかもしれないな」
 トネスが工場内を見渡しながら言った。ライトとマルスは頷いた。
「んじゃ二手に分かれて探すか。オレは二階を探してくる。トネス、お前とマルスはここを探せ」
『お前一人で大丈夫か?ライト』
 マルスはライトの身を案じた。マルスにとってライトは契約者というより妹に近い存在だ。ライトの側にいて彼女を守りたいのだろう。
「ああ。オレはともかく、へなちょこなトネスはなにかあっても自分の身すら守れないだろうしな」
 マルスはじっ、とトネスを観察した。男性としては細い腕、薄い体。マルスは納得した様子だった。それに対しトネスは不服そうに言った。
「うるせえよ。……その通りだけど」
 三人はそれぞれ依頼人を探し始めた。
 ライトは二階への階段を上る。錆びて古くなった階段を一段上るごとにギイ、と不愉快な悲鳴を上げる。二階は事務所だったらしく、一階のような機械は見当たらない。左には窓ガラス、右にはいくつか扉がある。ライトは一番近い扉を開け、中に入る。机が並んでいるため事務仕事をしていた部屋なのだろう。机のほかには掃除ロッカーと倒れた観葉植物くらいしかない。念のため調べてみたが人の姿はない。別の部屋へと移動する。
 次に入った部屋は更衣室だった。掃除ロッカー半分くらいの大きさのロッカーが二つずつ積み上げられており、三十人分ある。とても人が隠れられるとは思えない。ロッカーと鏡しかない更衣室をあとにしたライトは次の部屋に入った。
 次の部屋は仮眠室だった。簡易ベッドが三つ並んでいる。分厚く埃が被っているのでできれば触りたくない。部屋の中心にきたライトはそこから部屋全体を眺めようとしたとき、扉の影に人が潜んでいたことに気がついた。しかしそのときにはすでに間合いを詰められていた。
「くっ」
 反射的に相手の首を攻撃する。しかし相手はその攻撃を受け流しライトの背後に回り込む。ライトの腕をねじり背中に回す。ライトは拘束を解こうと試みるがうまくいかない。
「くそ野郎」
 ライトは下にいるトネスたちに今の状態を伝えようと暴れようとする。しかし部屋の中央にはベッドくらいしかないため、大きな音は出ない。動きも制限されている。ライトは右足を一回相手の足へ蹴った。ブーツの底に仕込んでいるナイフの刃を出し相手の足に刺さる。隙ができると踏んでいたライトは一歩踏み出した。だが、期待していた流れにはならなかった。拘束を解くことができなかったのだ。
「なにっ」
 ブーツの刃は確かに相手の足を刺した。意識を集中してみるとまだ相手に刃が刺さっていることがわかる。普通ならば痛みで一瞬でも隙ができることをライトは経験上知っている。そこから導き出される答えはライト自身信じられないことだった。
「ウソだろ、おい。痛覚っつうもんがねえのかよ」
「ふふふ、やはり人間の女性は力が弱いんですね」
 ライトを拘束している相手の声がした。男の声だ。
「この声、どこかで」
 ライトは記憶の糸を懸命に手繰り寄せる。しかしどうしても思い出せない。ライトは隠し刃を抜いた。思い出せないことと拘束を解くことができない苛立ちをすべて床にぶつける。するとコンクリートの床に小さなヒビが入った。おそらく下にもそれなりの振動が伝わっただろう。トネスたちが助けに来てくれるかもしれない。しかし、ライト本人はそんなことに気が付いておらず、なんとか声の主の顔を見ようと試みていた。種明かしのつもりなのだろうか、声の主がライトの視界に入った。
「お久しぶりですね」
「お前っ」
 そのとき、バンッ、という大きな音を立てて扉が開いた。トネスとマルスだ。
『ライトっ』
「お前、ディルマン!」
 声の主は以前トネスとライトに依頼をしてきたディルマンという男だった。ビオスいや、アイ・ミィの破壊を依頼した。驚くべきことはディルマンの存在ではなく、ライトが押さえられているという事実だ。狂戦士に匹敵するライトの動きを力で封じることは難しい。蟻が胡桃の実を取り出すくらい難しい。ディルマンはライトに顔を近づける。
「ああ、来てくださって本当に嬉しい。さあ、私とともに来てください。美しい姫君」
「美しいだってえっ」
『あのライトをかっ』
 トネスとマルスは驚きから裏返った声が出た。二人は互いに顔を見合わせる。そしてディルマンを見た。
「お前、趣味悪すぎるだろ。目見えているか、大丈夫か?」
『いや、確かに容姿だけ見ればそれなりだが、あの性格だぞ』
 好き放題に言うトネスとマルスにライトは青筋を立てた。
「お前ら、あとで絶対殴るからな。覚悟しとけよ」
「そんな乱暴な言葉遣いをしてはいけませんよ、ライト・ジュメジルさん」
 ライトの表情に動揺が浮かんだ。横目でディルマンを見る。反対にディルマンは微笑んでいる。その微笑みがライトは気味悪く映った。
「お前……なんでオレのファミリーネームを知ってやがる」
 ファミリーネーム。そういえばトネスはライトのファミリーネームを知らなかった。初めて出会った時も相棒はライト、としか名乗らなかった。この世にはファミリーネームを持たない者もいるので、トネスは特に気にしていなかったのだ。
 ディルマンは「簡単ですよ」と言葉を続けた。
「あなたとは依頼のときより以前に一度お会いしたことがあるんですよ。お父様のお誕生日パーティーで。あの時のあなたは六歳ほどでしたが」
 ライトは自分の記憶の引き出しから必死にディルマンの存在を探した。そして存在を見つけ出した。
「思い出した……」
 ライトが六歳のときに父親の何度目かの誕生日に盛大なパーティーが開かれた。幼いライトにとって父親が何歳になったかはわからない。父親の元には何人もが祝いの言葉を述べにやってきた。ディルマンもその一人だった。穏やかな笑みを浮かべており、ライトに飴をくれた。そしておかしいことに気がつく。
「なんで、十四年前と姿が変わってないんだ?」
 十年以上も経てば皺も増え、体型も変わるだろう。ディルマンは混乱しているライトの首元に頬をすり寄せた。
「ああ、あの時のあなたは決して忘れられない。きっと美しい女性になることは一目でわかりました。大きな瞳、艶やかな髪、小さな唇。あなたのことを忘れたことなどない。
 アイ・ミィの破壊を依頼しようと事務所に入ったとき、すぐにわかりました。あなたがライト・ジュメジル嬢だと。予想より遥かに美しくなっていた。依頼ならばきっと来てくださると思っていましたよ」
 恍惚と言葉を紡ぐディルマンの姿をトネスとマルスは気味悪く感じた。それはライトも同じ、いやそれ以上だろう。睨みながら「気色わりい!」と言葉を吐いた。
『おい』
 マルスは小声でトネスを呼び掛けた。トネスは視線を動かさずに耳を傾ける。
『俺が一瞬隙を作る。お前はライトを助け出せ』
 ライトならば隙さえあれば自力で逃げ出せるような気もするが、トネスは頷いた。
 マルスは手のひらに自身の力を集中させる。右の手のひらは炎のように熱くなる。力は熱の塊となり、テニスボールほどの大きさとなった。まるで小さな太陽となった力を、マルスは手首だけで投げる。小さな太陽はライトの耳を掠りディルマンの左目に直撃した。
「ぐわっ」
 痛みより衝撃に驚いたディルマンに一瞬の隙が生まれる。トネスはダッシュする。一方ライトは隙を見逃さず拘束を解いた。そして仕返しにディルマンの鳩尾に蹴りを入れる。ディルマンは離れるライトの足首を掴もうと手を伸ばした。トネスはライトの腕を掴み、力いっぱい引いた。さすがのライトもバランスを崩し、トネスとともに尻もちをつく。
「く、そっ」
 舌打ちをするディルマン。そのディルマンの姿に三人は息を呑んだ。ディルマンの顔の四分の一は吹き飛んでいるが、見えているのは血液や筋肉ではなかった。パチパチ、と音を立てる電流、破損したコードや基盤。
「お前、人間型ロボットだったのか」
「……なるほど、十年以上経っても見た目が変わんねえわけだ」
 納得した様子でライトは呟いた。ライトとトネスは腰を上げディルマンと距離をとる。マルスはライトを守るように前に立った。ディルマンはライトの向かって腕を伸ばす。その動きはぎこちない。どうやらマルスの攻撃は人間型ロボットとして重要な部品を損傷したらしい。
「ら、ライ、と。わたシの、ら、イト」
 ディルマンの砂嵐が混じる視界がぐらり、と傾いた。ディルマンは自分がもう動けないことに気が付いていない様子だった。
「ラ、い……」
 残った左の瞼が閉じられた。瞼を閉じることは人間型ロボットの電源が切れたことを意味する。ディルマンは最期まで、ライトを求めていた。

『あんたの言うとおりだったわよ、ライト。ディルマンは人間じゃない。いえ、正確に言うと現在のディルマンは、ね。元々ディルマンは人間だった。けれど死期が近づくと自分と同じ外見、考え方をする人間型ロボットを開発させたみたい。理由は本人にしかわからないわ。二十年くらい前から稼働していたみたい』
「ありがとう、ブルー」
 ライトは携帯電話の通話ボタンを押し、通話を終えた。ライトはソファーに腰を下ろしコーヒーを口にした。ビオスが淹れてくれたもので、彼女は今ライトの隣で絵本を読んでいる。
 ディルマンに依頼と偽られ呼び出されたあの日から三日経った。ライトはあれからディルマンのことが気になり、ブルーに調べてもらったのだ。ブルーにしては珍しく時間がかかった。ブルーは開口一番に「あんた面倒な仕事押し付けてくれたわね」とライトに文句を言った。一般人のスケジュールと家の間取りを一時間以内に調べ上げるブルーが、たった一人の人物を調べ上げるのに五日もかかった。それほどディルマンの情報は厳しく管理されていたのだろう。ライトはブルーから聞いた情報をトネスに伝える。
「ふーん。つまり、お前と出会ったときにはすでに稼働していたってことか」
「なんだよ、興味あんのか?」
 腕を組んで言葉をこぼしたトネスの顔はロボット工学者のものだった。
「まあな」
 トネスは多くを語らなかった。それは自分自身にもうロボット工学者ではない、と言い聞かせているようでもあった。トネスは話題を変える。
「それにしてもお前、ファミリーネームあったんだな。初めて会った時名乗ってなかったからないのかと思っていた」
 ライトはコーヒーから口を離した。
「名乗らなかったのは大した理由じゃねえよ。家が嫌で出たからファミリーネームもいらねえと思ってな」
 絵本を読むことをやめ、ビオスは訊ねた。ビオスはライトを見上げている。
「なんで家が嫌になったの?」
「そうだな……まずオレの家の説明をしたほうがいいな。
 オレの家は皆、どこかの国の神を召喚することができる。そして神を初めて召喚するときに儀式をするんだ。オレももちろん儀式をさせられた。そして召喚したのが、プルートだった。プルートは死を司る神。オレの家では死に関係する神は嫌われていた。父親はそれでめっちゃキレたわけよ。
 そのときに家に対する不満が爆発してな。こんなとこにいたくねえって思ったんだ。んでプルートに連れ出してもらって、この町に来たんだよ」
 ライトはもう一口、コーヒーをすすった。ビオスはライトの家から逃れたい、という気持ちがよくわかる。自分もアイ・ミィとして稼働していたときそうだったからだ。しかしそれを言葉にすことができないビオスは、精一杯それを伝えようとライトに抱きついた。抱きつかれたライトは目を丸くした。コーヒーを溢さぬよう腕のバランスだけは安定させた。ビオスの思いが伝わったのか、ライトは優しい笑顔を浮かべビオスの頭を撫でた。それは決してトネスには向けられないであろう笑みだった。
「あ、そうだ。思い出した」
 そう言うとライトはビオスを引き離し、トネスの背後へと回った。トネスは首をひねり相棒の行動を見守る。右手が上げられたかと思うと思いきりトネスの頭に振りおろされた。よりによってグー、だ。あまりの痛みにトネスは声も出ずうずくまった。
「お前、あのときオレが美しいって言われてディルマンに目見えてんのかって言っていたよなあ。なんだ、オレがブスだとでも言いてえみてえだなあ、おい」
 ライトはポキッ、と指を鳴らした。トネスは冷や汗が流れるのがわかった。こんなときにするべきことは一つ。
「あ」
 トネスはガスコンロを指さした。ライトは釣られて指さしたほうを見た。その隙にトネスは立ち上がり事務所のドアへと走った。
「逃げろ!」
「あ、待ちやがれ!」
 ライトは逃げたトネスを追いかけた。置いていかれたビオスはぽかん、と口を開いたまま開きっぱなしにされたドアを見た。そしてすぐに戻ってこないことを知るとドアを閉め、ソファーに座ると再び絵本を読み始めた。
 ビオスにはトネスがライトに殴られ戻ってくることがわかっていた。それは彼女がロボットであるからというわけではないだろう。