壊し屋 05

第5話

 人通りの少ない道に一つの足音が響く。足音の主は男だ。黒のスーツ、肩よりも少し長い艶のある黒髪。前髪はその顔を隠すように伸ばされていた。腰には服装とは不釣り合いな日本刀が帯刀されている。男が向かっているのは同業者の事務所だ。彼の相棒は先に目的地に向かった。そのときの相棒はいたずらを思いついた子供そのものだった。
「あいつ、変なことをしていないだろうな」
 ぽつり、と男は言葉を溢した。言葉にしてみると返って不安になるものだ。男は足を速め同業者の元へと向かった。

 その日、ビオスは事務所で一人留守番をしていた。ここの家主であるライトは相棒のトネスとともに依頼されたものを破壊しに行った。
 壊し屋。依頼されたものを壊す裏社会の職業だ。
 元々ビオスも壊される予定だったが、今はライトの自宅でもある事務所で一緒に住んでいる。ボディは別のものに変わっている。初めは鈍くなった感覚が気持ち悪かったが、今ではずいぶんと慣れた。確かに普通の人間型ロボットとして稼働していくならば、半径百メートルの気配を察知する機能はいらない。窓の拭き掃除をするのに遠くのビルの人影を認識する必要はない。
 事務所内の掃除を終えたビオスは自分の部屋に戻った。ビオスの部屋はメンテナンス用の道具のほかに本などが置かれている。本棚から読みかけの本を手に取り、客間に戻ろるためにドアノブを回した。そのときだった。
 バリィンッ、と窓ガラスが割れる派手な音がした。ガラスの破片が飛び散る。
 ビオスは振り向いた。ガラスの破片の中に立っていたのは男だった。髪は灰色で向かって左目に眼帯をしている。ノースリーブ姿だがガラスによる怪我はしていない。ビオスは本を捨て、構えをとる。戦闘向きではないボディでどこまでできるか不安だが、ライトたちがいない以上やるしかない。そんなビオスとは反対に男は室内をきょろきょろ、と見渡し首を傾げている。ビオスは男と目があった。男はのんきにビオスに訊ねた。
「ここってクラッシャーの事務所やんな?」
 語尾がうまく聞き取ることができなかったが、訊ねている内容はなんとなくわかったので頷いた。しかし男はなにやらまだ引っかかることがあるのか、首をもう一度傾げる。
「せやけどここって空き部屋やったはずよなあ。なんで自分がおるん?」
 自分、と言っているが文脈から察するにビオスのことを指しているようだ。ビオスは確認に自分を指さした。男は頷く。
「今ここでお世話になっているの」
「まじでかー。あ、自己紹介が遅れたな。俺はグレイ。ライトやトネスと一緒で壊し屋や。自分は?」
「ビオス。ライトとトネスは今いないよ」
 グレイは「うあー、まじかー」と頭を掻いた。困った表情をしている。ビオスは経験上、なにげないやりとりをして心を開きかけたときに、敵が襲ってくることを知っている。警戒を解かずにドアノブ握ろうとしたときだった。
「ただいまー、ビオスー」
 ドアが勝手に開いて、ビオスはバランスを崩し後ろ向きに倒れた。ドアが開いたのはライトがドアノブを回したからだ。
「大丈夫か」
 トネスがビオスを起こす。思っていたよりもビオスの今のボディは以前のものより感覚が鈍いらしい。トネスとライトの後ろにはもう一人見知らぬ人間が立っていた。真っ黒なスーツで、長い前髪のせいで顔がわからない。しかし骨格や背丈で男あということはわかった。
「なんやねん、ブラック。お前のほうが先に会うたんかいな」
「お前のほうはどうやら余計なことをしたみたいだな」
 ライトは窓ガラスを見た。
「あっ、てめえ」
 ライトはブーツの隠しナイフの刃を出し、グレイに蹴りかかった。グレイは落ち着いた様子で攻撃をかわす。
「その窓ガラスいくらしたと思ってんだ!防弾かつ退魔効果のある窓ガラスだったんだぞ、弁償しやがれ!」
「防弾ガラスの割にえらい簡単に割れたやんけ。パチモンやったんやって」
「うっせえ!」
 トネスとブラックと呼ばれた男はほぼ同時にため息をついた。いつものことだ。
「すまないな、トネス。あとでちゃんと弁償させる」
「頼む。そうじゃないと俺が八つ当たりされて死ぬわ。
 ビオス、ブラックとグレイにコーヒーを淹れてやってくれ」
 警戒する必要がなくなったビオスは「うん」と返事をして湯を沸かしに向かった。トネスとブラックも客間のほうへ向かう。しばらくライトの怒声が響いていた。
 事務所に帰ってきて十五分ほど経ち、ようやくライトは落ち着いたようだ。グレイとともに客間に現れた。ライトは目に見えて不機嫌だ。テーブルには四つのコーヒーと砂糖がそれぞれ用意されている。ビオスは部屋の窓ガラスが割れているので、仕方なく客間にいた。トネスの隣に座っている。
「ったく、どうやって割りやがったんだか」
「ターザンやって、ターザン。アーアアーって」
 グレイはわざとライトが腹を立てるようにおどけて言った。そこに悪気はない。ただ、年下にじゃれているだけだ。しかしそれが不快であるライトはグレイを殴りかかろうとする。トネスは自分の少ない全体力を使ってそれを阻止する。ブラックは「いい加減にしろ」とグレイの頭を強く拳骨で叩いた。きりがないことを悟ったブラックは用件を話し始めた。
「今日はお前たちのところに来たのはほかでもない。仕事のことだ」
 ぴたり、と暴れていたライトの動きが止まる。足を組みソファーにもたれブラックを見た。壊し屋としての顔に変わる。
「仕事か。お前らだけじゃなくって、オレらのところに来るってことは」
「そうだ。協力依頼の要請にきた」
「協力依頼ってなに?」
 ビオスはトネスに訊ねた。
「同業者やほかのやつらと一緒に一つの依頼をこなすことだ。自分たちだけじゃ骨が折れそうな依頼のときによくするんだ」
 ビオスは「ふーん」と理解すると再び口を閉じた。協力依頼の話は進む。
「今回はある企業がターゲットだ。その企業を物理的かつ社会的に破壊する」
「つまりは企業の建物ごとぶっ壊して倒産もさせるってことか。その企業の名前は?」
「カショウという。近年急成長した企業だ。表向きはパワーストーンなどヒーリンググッズを販売しているが、麻薬や捕獲を禁止された動物の密売をしている」
 ライトは「どこもかしこも資金源は似たようなもんだな」と少し呆れ気味に言った。実際違法ドラッグは手堅く売ることができる。しかし、その分互いの密売ルートやテリトリーには厳しい。少しでもほかの密売ルートやテリトリーを侵せば想像を絶する報復が待っている。
「依頼主の会社も同じくドラッグを扱っている。しかし、密売テリトリーでカショウが断りもなく商売を始めたらしい。その報復として企業を物理的かつ社会的に壊してほしい、と依頼された。さすがに両方は俺たちだけでは難しい」
 ブラックは懐から折りたたんだ二枚の紙を差し出した。ライトはそれを受け取り広げた。そこには「契約書」と書かれている。協力依頼をするときは報酬の分け前などを書面に残すことが暗黙の了解となっている。不要なトラブルを防ぐためだ。紙の下の余白にはブラックとグレイのサインがされている。交渉開始のゴングが今、鳴った。
「こっちが四割もらおうか」
 ライトが先制する。
「いくらなんでもそれは取り過ぎやろ。二割でええやんけ」
 グレイがライトの要求する分け前を却下し、提案する。しかしライトは折れない。グレイとライトの二人で報酬の分け前の交渉が続く。
「四割」
「二割」
「四割」
「せやから取り過ぎや言うねん。あほか」
「お前が窓ガラスを割ったことを忘れるな。本当は報酬と別にもらいたいところだけど、我慢してんだぜ。グレイさんよお」
 グレイは一度口を閉ざしてしまった。少しライトを驚かせようとしたばかりにこんなことになってしまった。グレイは少し後悔した。隣ではブラックがお前のせいだ、と言うように睨んでいる。グレイはちっ、と舌打ちをした。
「三割。これ以上はよー出さん」
「ちぇ。しゃーねーな」
 そう言いながらもライトの機嫌は上々だった。トネスにはわかっていた。初めからライトは報酬の四割ももらえるとは思っていないということを。そして本当の狙いの分け前は三割だったのだ。
「さて、それじゃあ詳しく打ち合わせをしようじゃねえか」
 ライトがそう言うと壊し屋四人は詳しい作戦を立て始めた。仕事の話が本格的になってきたのでビオスは自分の部屋へと戻った。
 今回の協力依頼は二手に分かれることになった。まずは社会的に破壊し、その後会社そのものを破壊する。
「社会的破壊を俺とトネス、会社の破壊をグレイとライトにしてもらう」
 ブラックを除く三人が頷いた。ブラックは言葉を続ける。
「まずはカショウの信頼を落とす。それからやつらの密売ルートを潰すぞ。いいか、今回はカショウのルートを潰すことが目的であって、ドラッグを売っている組織の壊滅が目的じゃない。間違えるなよ」
「具体的な案はあるのか?」
 トネスの質問にブラックが答えた。
「ブルーに偽情報を流してもらう。まあ……すごく嫌がるだろうが」
 当然だ。情報屋が偽の情報を広める、という行為はこれまで積み上げてきた信頼を棒に振るということだ。しかし、裏社会は噂話の浸透が速い。一番有効な手段なのだ。そのとき、ライトが小さく手を挙げた。
「それだったら多分ブルーの手を借りなくても大丈夫だ。ペメに頼めばいい。ペメは噂を司る神だ。ブルーよりもうまく噂を流してくれるだろうよ」
 ブラックはその案に賛成した。彼にとっても情報屋に面倒な交渉をしなくて済んだ。話を続ける。
「麻薬の密売ルートは俺、動物ルートをトネスが同時進行で潰す。会社そのものを潰すのはそれが済んでからだ。
 表向きの商売道具も含めて全部壊せ。あと隠し部屋がないかもよく探せよ」
 ライトとグレイは頷いた。
「ビルそのものも破壊するんか?」
「ああ、構わない。ビルは最近カショウのやつらが建てたところだ。おもいきり壊してやれ」
 ブラックの返事を聞くとグレイとライトは互いに顔を合わせ、にやり、と笑った。それはいたずらを企んでいる子供の顔そのものだった。そんなライトの表情を見てトネスは苦笑する。壊し屋の仕事をするときの相方は実に楽しそうで、子供に戻っている。わんぱくな少女だったに違いない。しかし以前スカートしか穿いていなかったという発言を思い出す。スカート姿で木登りをするライトの子供時代は容易に想像できた。  そんな仕事に関係ないことを考えているうちにグレイとライトへの具体的な指示がされる。
「いいか、ビルを破壊したからって終わりじゃない。カショウの幹部のやつらがルートのバックアップや商品をどこかに別に隠しているとも限らない。それも全部壊すこと。隠し場所についてはブルーに頼んでいる。もうそろそろ連絡がくると思う」
「つまり、手加減するなってことだろ。任せろよ。オレらはいつでも仕事に全力だぜ」
「せやせや」
 ライトの言葉にグレイが同意した。ブラックは「それは頼もしいことだ」と言葉を投げる。長い前髪のせいで表情はわからない。次にブラックはカショウの幹部の写真を取り出した。トネスとライトから見て右から順に写真を三枚並べる。写っている人物はいずれも若い男だ。右は根元が黒の金髪にピアスをしている。真ん中はメガネをかけた一見地味な優等生のような風貌だ。左は真っ赤な髪で唇にピアスを二つしており、細いチェーンで繋がっている。
「右から芥ジロウ、蔵川惣一、古見ジョージ。全員日本人で二十歳だ。
 リーダーは蔵川惣一で大学生、父親は日本有数の大手企業の社長。大人しく成績優秀と通っているが、実際は異なる。繁華街に行ってはドラッグを購入し、それを倍の値段で売りさばいていた。カショウは十八歳のときに立ち上げ、順調に店舗数を拡大。それに伴い密売ルートも拡大した」
 トネスはブラックの情報をいつの間にか持ってきていたノートパソコンに打ち込んでいた。ブラックの言葉とキーボードを軽快に叩く音が混じる。
「芥ジロウと古見ジョージは高校のときの同級生でよくつるんでいたそうだ。芥と古見は見た目通りのチンピラ上がりだ。蔵川にいいように転がされている」
「ジャパニーズか。大人しく国にいればよかったものを」
 トネスがキーボートを叩きながら呟いた。
「まあ、最近の日本人あほやからなあ」
「お前、他人事のように言うけど自分の国だろう」
 グレイとブラックは日本人だ。この辺りで日本人は彼らを含め四人しかいない。残りの二人はブルーとバイオレットだ。
「自分の国でもあほなやつはあほや。俺らにはそいつらがどないなろうと関係あらへんわ」
 グレイのどこか冷めた発言に国への未練がないことを物語っていた。それはブラックも同じようだった。
「故郷の話より今の依頼に集中しろ。悪いんだがライト。噂を流すようにペメに頼んでくれ」
 ライトは頷く。腹の不死鳥の痣が燃えるように光る。いつものように呪文を唱えるとペメが現れた。ライトはペメにカショウの評判を落とす噂を流すよう交渉した。ペメは快くそれを引き受けた。
『その代わり、またお茶してね』
 交換条件を出してペメは去った。ライトはあのおしゃべりに付き合うことになるかと思うと気が重くなった。そのとき、ブラックの携帯電話が鳴った。
「もしもし。お前か。どうだ、わかったか?」
 ブラックは時折頷きながら手近にあった紙にメモをとる。その紙は幹部の写真の裏だった。
「わかった、ありがとう。報酬はまた持っていく。……わかった、あの店のケーキも持っていく。ああ、じゃあな」
 ブラックは通話を終える。
「ブルーからだ。カショウが商品を隠している場所を掴んだそうだ」
 隠し場所は全部で五か所あった。どこもカショウの会社からはそう離れていない。やはり目の届くところに置いておきたいのだろうか。トネスはそんなことを思った。
「ライト、グレイ。どれくらいですべて破壊できる?」
「一日」
 ブラックが訊ねると、グレイとライトが声をそろえ答えた。しかし一日で五か所の隠し場所と会社を破壊することは困難ではないか。
「おい、本当にできるのかよ」
 トネスは隣にいるパートナーを肘でつつく。そう思ったのはブラックも同じらしくグレイにどのように壊していくのか計画を訊ねた。グレイはそれに答える。
「んなもん、爆弾使たら一発やん。ビルそのものも壊せるし、もし中に必要なもんがあっても、一緒に吹っ飛んどるわ」
 確かにそれが一番手っ取り早いだろう。爆弾はグレイが入手することになった。グレイを除く三人の中で言い出した人間が用意するのは当然だ、という意見で一致したのだ。ただ。爆弾を使う前にしなければならないことがいくつかある。
 一つはカショウのビル内にいる人間を巻き込まないように、退避させること。壊し屋は依頼された物を壊す仕事であって、人殺しではないからだ。
 二つ目はビルの地下だ。もしも地下に隠し部屋のようなものがあるのならば、そこもビルとは別に破壊する必要がある。芽はすべて潰さなければならない。
「ルートのほうはどうする?」
 ライトが訊ねた。ブラックは一考してから答える。
「それは俺とトネスが担当する。俺たちがルートを破壊している間に、ライトとグレイは隠し場所の破壊とビルにいる人間を退避させろ」
「わかった」
「へいへい」
 ライトとグレイは二人で、手順を相談し始めた。トネスとブラックも同じように相談を始める。結果、トネスが隠し場所の、ブラックはカショウの商売相手のルートを壊すことになった。どうやらライトたちも相談を終えたようだ。
「当日は無線で通信する。それじゃあ、気を抜くなよ」
 ブラックを除く三人は首を縦に振った。

 ライトはグレイと一緒に隠し場所の隣のビルに潜んでいた。潜んでいる、といっても屋上で伏せているだけだ。苔が生え、コンクリートが緑色になっている。ライトは本音を言えば車の中で様子を見たかったのだが、グレイがどうしても、と言ってこの場所になった。
「よし。ほんなら俺は上から行くから、お前は正面から行けや」
「それはいいけど、お前どうやって行く気だよ。こっから幅跳びでもする気か?」
 隠し場所のビルと、二人がいる間は八メートルほど離れている。グレイはにやり、と笑う。そして、ワイヤーを取り出した。見とけ、とでもいう顔でワイヤーを投げる。ワイヤーはビルの屋上の立っているアンテナに巻きついた。二、三度引っ張り、耐久度を確かめる。そして、弾みをつけ飛び降りた。振り子となり、グレイは最上階の窓ガラスを割って侵入した。
「うわあ、ないわあ」
 ライトはハチャメチャなグレイに呆れた。侵入、いや突入した部屋から煙が出ている。グレイがなにか行動を起こしたようだ。ライトも遅れをとらないために、隠し場所の正面出入り口に向かった。
 中に入ると早速、人に見つかった。しかし、相手が言い終わる前にライトは相手の顔面を蹴った。白目をむいて気絶する。
「とりあえず、めんどくせえし全員黙らせるか」  ぽきぽき、と首を鳴らす。腰に提げていた棒を組み立て、トンファーとなる。ライトは一階の五つの部屋すべてに奇襲をかけた。ライトが階段を上って上の階に行こうとした、そのときだった。何者かの気配がある。ライトは壁際に姿を隠す。相手が近づいてくる。騒ぎを聞きつけて上の階から増援が来たのだろうか。それにしては足音が少なすぎる。一人分しか聞こえてこない。ライトはトンファーを構えた。ぴたり、と足音がとまる。それと同時にライトは一歩踏み込み、トンファーを振るった。しかし、その先はぴたり、と相手の鼻先で止まった。ワイヤーが巻きついている。
「なんだ、グレイか」
「なんやねん、ライトかいや。お前まだここの階やったんか。こっから上はもう終わったで」
「は?なに言ってんだよ」
 グレイの言葉が信じられず、ライトは階段を上がった。すると目に飛び込んできたのは、倒れ込んだ男たちだった。皆すうすう、と寝息を立てている。
「な、言うたやろ」
 ライトのあとを追ってきたグレイが背後から声をかけた。ライトは悔しそうにグレイを睨む。
「どうやって、かって?しゃーないな教えたるわ」
 そう言ってグレイは、ズボンのポケットから一つの玉を取り出した。火薬を丸めたようなものだ。かすかに金木犀のような甘い香りがする。
「これは衝撃に反応する眠り薬や。地面に叩きつけたら、中から眠り薬が煙になって出てくる。それを嗅いだら一発でおねんねや。俺の一族秘伝やぞ」
 訊ねてもいないのにグレイは説明した。ライトは悔しさと興味を誤魔化すためにグレイの足を蹴った。二人は眠った人々を外へ運んだ。ライトの車に積んでいた爆弾を慎重に運び出し設置した。二人は車に乗り込み、逃げた。そして遠隔操作ができる限界まで遠ざかると、起爆スイッチを押した。
 背後でドオンッ、と爆発音がした。離れていても鼓膜が破れそうだ。ライトはハンドルを握りながら振り向いた。ビルが崩れていく。まるで赤ん坊がジオラマを叩きつぶしたかのようだ。思っていた以上の爆弾の威力に、ライトは感嘆の声を上げた。
「すっげえじゃねえか」
「あほ、ライト!前見ろ前!」
 グレイに注意されたライトは不満げに前を向いた。助手席に座っているグレイからすれば危ないことこの上ない。キキッ、とブレーキをかけ止まってから改めてビルがどうなったか確認する。そこにビルはなく、あるのは瓦礫の山だった。二人は満足そうに笑い、次の隠し場所に向かった。

「ブラック、隠し場所全部壊したでー」
 グレイが無線でブラックに知らせた。ブラックからカショウのビルに向かうように指示が入る。トネスもカショウのビルに向かうらしい。どうやらルート破壊のほうは大方済んだらしく、ブラック一人でなんとかなるようだ。ライトはそれを聞いて「別に来なくていいぜ。貧弱真っ白トネスなんて」と言い放った。だがトネスは機械に関しては四人の中で一番の知識と経験がある。戦闘ではあてにならないが、ハッキングや解析には役に立つ。それを十分わかっているライトは嫌そうな顔をしながらも、トネスと合流した。
 トネスはバイクで来た。先日買ったばかりの中古品だ。この町では新品のものは盗まれそのままの状態で、もしくは解体され売り飛ばされる。中古品くらいでちょうどいいのだ。真っ黒で丸みを帯びた車体の中型だ。グレイにバイクのことを訊ねられたトネスは嬉しさを抑えながら語った。この依頼を終えればグレイは、トネスに購入したバイクについて嫌というほど語られるだろう。トネスはバイクを隠すように駐輪した。隠し場所と同じようにグレイは上から、ライトとトネスは下から順番に侵入することにした。グレイはワイヤーを天井のフェンスにひっかけ、猿のように身軽に登った。トネスはノートパソコンを入れた鞄を背負い、ライトはトンファーを組み立て中へ入った。
 カショウのビル内部は驚くほど静かだった。罠に違いない。二人が慎重に進んでいると無線が入った。ブラックからだ。ルートの破壊が終わったので、こちらに合流するらしい。その通信にグレイが割って入ってきた。
『おい、こっち誰もおらへんぞ。このまま壊してええんとちゃうんか』
『いや、よく見ろ。人間のこともそうだが、なにか持ち出されていないかどうかも、な』
 前方はライトに任せ、トネスは周りに変わったところがないか注意深く観察しながら進んだ。部屋も一つ一つ調べたがそれらしい様子はない。それはグレイも同じだった。なにもないだろう、と思っていたそのときだった。ライトの歩みが止まる。トネスはそれに気が付かずぶつかってしまった。
「って。おい、ライトお前……」
 トネスは言葉を最後まで続けられなかった。後ろから微かに見えるライトが驚きと懐かしさが入り混じった、見たことのない表情をしていたからだ。十メートルほど先に立っていたのはライトよりも十歳ほど年上であろう女性だった。丈の長いメイド服に身を包んでおり、右目に泣き黒子がある。灰色の瞳に金髪のボブカットで、前髪はヘアピンで一か所を留めている。背筋をぴん、と伸ばしている女性の顔にもライトと似たような表情が浮かぶ。
「リュエル」
「ライトお嬢様……」
「お嬢様あ?」
 トネスは驚きのあまり声が裏返ってしまった。二人の関係よりも、目の前の荒っぽい相棒がお嬢様、などと正反対のイメージで呼ばれたことが気になった。ライトはトネスのことなど気にせずに女性、リュエルと言葉を交わした。
「なんでお前、こんなところにいるんだ。ここはあんたみたいなメイドが来ていい場所じゃないんだぜ」
「ライトお嬢様、あなたにどうしてもお伝えしなければならないことがあります。あの日、姿を消したあなたに。そのために様々な伝手を頼ってここまでたどり着いたのです」
 一呼吸置き、リュエルは続けた。
「ジュメジル家は滅びました。当主様も奥方様も命を落としました。真偽はわかりませんが、使用人の間では神の怒りに触れたためだ、という噂もあります」
「そうか」
 ライトはただ一言、そう言った。そこにはなんの感情も込められていなかった。ありのままの事実を受け止める。ライトは真っすぐリュエルを見つめたまま、訊ねた。
「兄貴は、ルーも死んだのか」
「あ、いえ、その、行方がわからないのです」
 トネスはなにか引っかかるものを感じた。リュエルの視線はあちこちせわしなく動き、少し口ごもった。まるで、なにか知っていることを隠しているような様子だ。その違和感にライトが気が付いているかどうかわからないが、静かに「そうか」と返事をした。
「ライトお嬢様っ」
 ぎゅっ、と自身の手を力強く握り締めながらリュエルは言葉をひねり出した。
「けれど、まだジュメジル家は滅びきっていません
」 「そう、だな。
 さあ、リュエル。ここを離れろ。なにか持っているものがあればすべて置いてから、な。そして、普通の家に仕えるんだ」
 ライトはリュエルに近づき、肩を優しく抱いた。リュエルは前掛けのポケットからUSBメモリーを三本ライトに差し出した。
「私はこの会社の人間に仕えていたわけではありません。ただ、ライトお嬢様に会うために、ここにいたのです。ですから、これを」
 ライトは苦笑して、USBメモリーを受け取った。
「まったく、無茶するぜ。
 トネス、オレはリュエルを外まで案内する。だからお前はグレイかブラックと動いてくれ」
 トネスは頷いた。ブラックが来るまで一歩も動かないことにした。そろそろこちらに着くころだろう。トネスはライトとリュエルを見送った。
 トネスは壁にもたれ、ブラックを待った。すぐに動けるように立ったままだ。
「そういえば、ライトの過去ってよく知らないなあ」
 ぽつり、とトネスは呟いた。ライトの性格や好きなもの、嫌いなもの。扱い方、考え方は十分知っている。しかし彼女の過去、家族構成、家庭環境など巣城に関することは知らない。壊し屋のライトではなく、ライト・ジュメジルとして知っていることはほとんどないのだ。ライトのことだから訊けば答えるだろうか。そんなことを考えていると、ブラックが到着した。一歩後ろにはライトもいる。リュエルを無事見送ってきたようだ。
「それじゃあ、行くか」
 そう言ってブラックが先頭を、ライトは最後尾を歩いた。トネスは二人の間に挟まれ歩く。トネスは不審なところがないか注意深く辺りを見渡す。すると、壁に額縁に嵌められた絵画が掛っている。真っ赤な結晶の塊の絵だ。底には岩の一部らしきものが残っている。まるで山脈のように結晶が連なっている。ルビーのように深みのある赤ではなく、鮮やかすぎる人工的な、絵の具の赤だ。額縁のすぐ下には『仮晶』と題名らしきプレートが貼られている。
「なんでこんなところに一枚だけ絵が掛ってんだ。絵なんてどこにも掛ってなかったのに」
 ブラックとライトが立ち止り、絵を見た。平面的であまり腕がいいとは言えない。
「知るかよ。開いちまった穴でも隠してんじゃねえの」
 ライトは額縁を浮かせ、壁と額縁の裏を見た。特に変わったところはない。穴が開いているわけでも、へそくりを隠しているわけでもなかった。つまらなそうにライトは額縁を戻した。
「あからさますぎやしないか。こんなところに絵があるなんて」
「罠という可能性が高いな。それを逆手にとって、ということも考えられるが」
「パワーストーンかなんか扱っているからじゃねえの。さっさと行こうぜ」
 ライトは考え込む二人を急かした。蔵川たちにドラッグなどを持って逃げられてしまえば、このビルを破壊しても意味はない。そんなライトを無視してじっ、と絵を眺めながらトネスはブラックに訊ねた。
「なあ、これってなんて読むんだ?か、かり……」
「おそらくカショウだろう」
「カショウってなにか意味があるのか?」
「ああ。確か鉱物の結晶がその形のまま別の結晶になる現象のことだ。漢字で仮晶、仮の結晶と書く。本来はあり得ないことらしい」
 形を保ったまま別のものになる。まるでカショウそのものだ。そんなことを思いながらトネスはふと、プレートを見た。プレートの一部にかすれた、赤い指紋がついている。絵画とはまた別の、血の色だ。トネスはかすれた指紋の流れをなぞった。すると、プレートにわずかだが窪みがある。窪みを親指で押さえ、引いてみる。すると、プレートの中から一枚のカードが出てきた。裏を向けると読み込み用の黒く太いラインが走っている。
「まさか」
 トネスは額縁を指先でなぞった。トネスの行動にブラックとライトは首を傾げた。指先が絵画と額縁の上辺の境目をなぞったとき、わずかに隙間があった。トネスの考えは確信に変わった。その隙間にカードを差し込み、左から右へと引き読み込ませた。するとピピッ、と小さな電子音が鳴った、次の瞬間だった。絵画の掛っていた壁が五センチほど窪み、自動で右にスライドし、もう一つの部屋が現れた。そこには天井まで積み上げられ部屋を埋め尽くすドラッグと、拘束された蔵川を含む幹部三人が殴られ気を失っていた。白目を向いている。
「わあお」
「まじかよ」
「トネス、お手柄だな」
 ブラックはトネスの肩を叩くと無線でグレイを呼びだした。ライトとトネスは三人に近づいた。
「まあ、手間は省けたけどさ。でも一体誰がこんなことを」
「リュエルだろうな」
 答えを期待していなかったトネスの問いかけに、ライトが答えた。トネスが目を丸くする。大の男三人を気絶させられるほど強そうには見えなかった。
「あいつ、魔方陣を描いた紙を使って、三分だけどんな国の神の道具でも借りることができるんだ。多分それを使ったんだろう」
「なんのために?」
「オレのために。オレに会うために」
 ライトは蔵川と芥の襟を掴み引きずりながら運び出した。隠し部屋を出ると同時にグレイが到着する。ブラックはグレイに爆弾を設置させ、残った古見を運び出した。トネスはグレイの手伝いをさせられた。

 四人はビルから遠く離れた位置に腰を下ろしていた。蔵川たちはまだ気を失っている。グレイが立ち上がり、両腕を広げた。その右手には爆弾のスイッチが握られている。
「おっしゃー、ほないくでー。さーん、にー、いーち、ゼロッ」
 ゼロと同時にグレイはスイッチを押した。内部から爆弾が爆発し、ビルは簡単に崩れ、燃えている。
「たーまやー!」
 グレイが思い切り叫んだ。それにブラックが突っ込みを入れる。
「それ違うだろ」
「なあ、タマヤってなんだ?」
 聞いたことのない言葉にライトは訊ねた。ブラックが答える。
「日本で打ち上げ花火のときの掛け声だ。今ではあまり言わないがな」
「ふーん。で、この三人どうすんだ」
 興味をなくしたライトは蔵川たちを指さした。ブラックとグレイが同時に「放っておけ」と言った。依頼はカショウの物理的、社会的に破壊することであり、三人を連れていくことではないからだ。四人は立ち上がった。
「おい、トネス。お前のバイク乗らせろや」
「ええー。お前運転荒らそうだから嫌だよ」
「ライトよりか安全運転やわ。安心しい。俺かて買うやばっかしのバイク壊すほど鬼ちゃうわ」
 トネスはその言葉を信じ、買ったばかりのバイクのキーを貸した。トネスはライトの車に、ブラックは自分のバイクに乗ることになった。グレイはキーを差した。「おおー」と感激しながらエンジンをふかしている。運転しようとするライトを制止し、トネスがハンドルを握る。先頭にブラックとグレイが並走する。窓を閉めていてもグレイのはしゃぎ声が聞こえる。バイクが壊されないかトネスははらはらした。トネスはちらり、と横目でライトを見る。ライトはぼー、と窓の外を眺めている。
「それにしてもメイドがいるとかお前の実家、金持ちなんだな」
 トネスは明るい調子で話しかけた。ライトは窓の外を眺めたまま「まあな」と答えた。いつもの調子と変わらない。ライトは言葉を続けた。
「けどろくな家じゃなかったぜ。メイドや執事は否応なく召喚術を叩きこまれる。使えないやつは口封じに殺される。それに政治家やらいろんな奴が来て金積んで帰っていたから、あいつらの頼みを聞いて金、巻き上げていたんだろうさ。神の力を自分の力と勘違いしてやがった」
 がたん、と車体が揺れる。ライトはぽつり、と小さく呟いた。
「本当、ろくな家じゃねえ」
「お前って兄弟いたんだな」
 トネスは話題を変えた。少しライトの表情が和らいだ。
「ああ。二人だ。下の兄貴は病気で、オレが六歳のときに死んじまった。まあ上の兄貴、ルー兄貴がその分可愛がってくれたぜ。親父やお袋の分も、な。家を出て以来一度も会ってないけど」
「お前、我儘で横暴だから一人っ子か、下の兄弟がいるかと思った」
「なんだと、てめえ」
 ライトはギロリ、とトネスを睨んだ。トネスは視線が合わないように真正面を見た。グレイが乗っている、トネスの買ったばかりのバイクはまだ無事だ。安心していると、今度はライトがトネスに訊ねてきた。
「そういうお前は兄弟いるのかよ」
「めちゃくちゃ気の強い姉が一人」
「やっぱり」
 ライトが笑う。もう窓の外を眺めることはやめ、真正面を見ていた。ライトはじっ、とトネスのバイクを見て、口を開いた。
「なあ、トネス。オレにもバイク……」
「絶対乗せねえ!」
 ライトには絶対に乗らせないと決めている。買ったばかりのバイクは廃車となってトネスの元に戻ってくるだろう。
 事務所に戻るまでライトは諦めずにねだり続けた。それはまるで、日常を確認しているようでもあった。