異国の地にて出会う

 依頼も終え、トネスとライトは一段落していた。ライトはソファーに寝っ転がってゴシップ誌を読んでいる。トネスはノートパソコンに向かってキーボードを叩いているが、なにをしているのかは、ライトからはよく見えない。ビオスは遊びに行っているため、今はいない。かつては暗殺用の人間型ロボットだったビオスも、今のボディにずいぶん馴染み、日常生活を楽しめるようになってきた。それはライトだけでなく、トネスにとっても喜ばしいことだった。元ロボット工学者としてではなく、保護者の一人として。
「ふう……」
 トネスはため息を一つついた。長時間パソコン画面とにらめっこしていたためか、目が疲れてしまった。メガネを外してソファーの背もたれに体を預け、天井を仰いだ。一般人は汗水流し、理不尽を無理矢理飲みこんでいるというのに。贅沢な午後の時間だ。そのとき、ライトの携帯が鳴った。ブルーからだ。
「おう」
『やっほー。ねえ、あんた一緒にイギリスに行く予定とかない?』
「はあ?」
 間の抜けた声に、トネスはライトを見た。そんなことは気にせずライトは通話を続けた。
『いや、ね。実は親しい同業者にお呼ばれしちゃって。バイオレットは用心のために、こっちに残らなくちゃいけないし、かと言って一人っていうのもつまらないじゃない。どう、一緒に行かない?あんたは自由に行動してもらっていいし。なんなら、トネスやビオスも一緒でもいいわよ』
「ついて行ってオレにメリットはあんのかよ?」
『あんたが好きそうな武器屋とか、古代遺跡の産物が流れていそうな市場とかピックアップしたんだけどなあ』
 通話しながら、その場所の住所が書かれたメモをヒラヒラ、とちらつかせているブルーの姿が容易に想像できた。ライトは一言二言喋ってから、通話を終えた。そして、トネスに言った。
「おい。イギリスに行くぞ」
「は?」
 事態を把握していないトネスの間抜けな声が、事務所に響いた。

 偽造パスポートというものは、高額である。値段は偽造防止の技術が高くなるのに比例する。そんな高額なパスポートを持って、トネス、ライト、ビオス、ブルーは空港にいた。ビオスは人間型ロボット専用のゲートでチェックを受けた。その様子を、先にゲートのチェックをクリアした三人が見ていた。ちらり、と見るとトネスが難しそうな顔をしている。ライトは声をかけた。
「どうしたんだよ?」
「あのチェックしているやつら、馬鹿だ。あんな雑なやり方で、ひっかかるようなボディ作るやつなんかいるかって。ったく、もっと丁寧に扱えよ、ど素人め。壊れたらどうするつもりだよ」
 滅多に見ることのない、トネスの怒りの表情。それは間違いなく、ロボット工学者としての視点だった。口の悪さはライトからうつったのかもしれない。チェックを終えたビオスが、駆け足でこちらに向かってきた。
「ごめん、お待たせ」
「大丈夫か、ビオス。向こうに着いたら、まずメンテナンスをしよう。さっきのチェックのせいで、どっか悪くなっているかもしれない」
 トネスは真剣な顔で言った。ビオスは反応に困っていた。
「だったら、空港のお偉いさまに言ってやりゃあいいんだよ。お前らは、専門知識もないやつらにチェックをさせて、ロボットぶっ壊す気か、お前らにその金全額払えるのか、ってよ。お前の専門知識をおいしいジュースみたいにミックスして」
「ライト、お前最高」
 ライトはちょっとした冗談のつもりで言ったのだが、トネスは真に受けてしまったようだ。後日、技術開発の大変さ、専門用語とその解説を見事に盛りこんだ苦情を空港に電話しているトネスの姿を、ライトは見た。
「ほら、行くわよ」
 キャリーカーを持ったブルーを先頭に、四人は飛行機に乗った。ライトはスポーツバッグと少ない。トネスはビオスのメンテナンス用具も持ってきているので、大きなキャリアカーと普段使っている鞄と、三人に比べて少々多めである。ビオスは小さな白いポシェットだけだ。どういうわけか、ビオスの着替えはブルーが用意していた。
「オレ、飛行機乗るとか久しぶりだわ」
「俺も長い間乗ってなかったなあ。前は出張とか講演会とか乗っていたけど」
 トネスはビオスが静かなことに気がついた。暗殺を命じられていたのだから、アイ・ミィのころは数え切れないほど飛行機に乗っただろう。そのことを思い出しているのかもしれない。いや思い出す、という表現は適切ではない。過去のデータと照合し、上書き、データとして蓄積している最中、というのが正確だろう。トネスはなんとなく、ビオスから稼働音が聞こえるような気がした。四人は前後二手に分かれて座席に座った。トネスとライトが前、ブルーとビオスが後ろに座った。トネスとライトが言い争いを始めると、それを止めるためにブルーが二人の座席を蹴った。その様子を見て、ビオスは何度もくすくす、と小さく笑った。

 イギリスの空港は、ビオスを丁寧に扱ってくれた。トネスは満足そうに、頷いて作業を見ていた。それがどれだけ素晴らしいことか熱心に語ったが、あいにくそこには、同意してくれるロボット工学者もいなければ、相手にしてくれる親切な友人もいなかった。四人は一度荷物を置きに、ホテルにチェックインしに行った。さほど広くはなさそうだが、調度品などは上品だ。部屋は男女で分かれていた。その後、ブルーは同業者である情報屋に会いに、ライトたちは武器屋に向かうことになった。トネスは観光をしたい、と強く主張したが、却下された。嫌がるトネスを引きずり、ライトはまず市場に向かった。ビオスも一緒である。
「いいか、お前の用事がすんだら絶対に観光するからなっ」
「へーへー。なんだよお前は。女子か」
 子供のような言い争いをしている二人を見て、ビオスは笑った。
 その市場はビックベンからそう遠くない位置にあるらしい。縫うように裏路地に入る。ときどきゴロツキの視線を感じた。トネスがびくびくしていると、ライトに注意された。これではカモにしてくれ、と言っているようなものだ。しかし、すでに手遅れだったらしい。目の前に、体格のいい男が三人現れ道を塞いだ。
「なんだよ、退け」
 ライトは男たちを睨みつけた。男たちの下卑た笑い方が、一層小物臭を引き立たせている。そんなことに気がつかず男たちは、少し屈み、ライトに視線の高さを合わせて言った。
「なんだよー、ねえちゃん。こんなところに来ちゃだめだろー?おれらみたいなのに、捕まっちゃうよー?」
「そうだな。めんどくさくて、うっかり殴っちまいそうだ。もう一回言うぞ、退け」
「嫌だって言ったら?」
 げらげら、と言う笑い声が、途切れた。ライトが中央にいる男の腹を思い切り蹴飛ばしたからだ。蹴飛ばされた男は白目をむき、気を失っている。残った男たちの額に青筋が浮かんだ。
「おっと、悪いな。足のほうが出しやすかったわ」
 トネスはさあ、と血の気がひいていくのが、わかった。空気が張り詰める。後ろにいたビオスがトネスに声をかけた。
「なにしやがるっ。下手に出たらいい気になりやがって」
「はっ。舐められたもんだな、おい。おら、こいよ」
 ライトはくいくい、と手のひらを上に向け、四本の指を曲げ、男たちをあおった、そのときだった。
「その辺にしておいたらどうですか」
 青年の声が聞こえた。男たちは振り向いた。黒い髪と瞳、それを際立たせる白いシャツを着ている。歳は十七くらいだろうか。物腰は丁寧だが、年齢に不釣り合いな威圧感がある。その隣には、髪、瞳、顔すべて同じ男が立っていた。シャツは髪と同じように黒い。年齢も同じくらいだ。どうやら双子らしい。
「なんだあ、お前ら。ガキは帰ってお昼寝でもしてな」
 そのとき、黒いシャツの青年が銃口を男たちに突き付けた。
「ガキなら、銃なんて持ってないと思うよ」
 注意が青年たちの銃に逸れた隙に、ライトは右の男の腹に蹴りを入れ、もう一人の男の顔をおもいっきり殴った。頬の骨が折れる感触は久しぶりだ。そして、二人が地面に倒れる前に頭を掴み、左右の壁にキスさせる。ただし、顔面が真っ赤なのは照れなどではなく、血液である。二人の男は最初にライトに蹴られた男同様、白目をむいていた。ライトは手を離した。倒れこむ二人は何本か歯がなくなっている。
「ふんっ」
 見たか、とどこか誇らしげな様子で、ライトは手を叩いた。青年たちはぽかん、と口が開いたままになっていた。トネスは慌ててライトの背中を小突いた。小声で話かけるが、青年たちにも聞こえている。
「おい、行くぞ。これ以上騒ぎを大きくするなっ」
「なんでだよ。外国でも裏社会の人間に会えるなんて、ちょっと楽しいじゃねえか。なあ」
「え、裏社会って、あの子たちが?」
 双子はにやり、と笑みを浮かべた。黒いシャツの青年は銃を収めた。
「おれはリタ。こっちはユーユ」
 リタは右手を差し出した。隣のユーユはじっ、とライトとトネスを観察していた。どこかで見覚えがあるのだ。それも、比較的最近だ。あと少しで思い出せそうなのに、思い出せないことが気持ち悪かった。そんなユーユことなど気にせずに、ライトはリタと握手をした。
「オレはライト。このへなちょこメガネがトネスで、そっちがビオス」
「お前はなにか悪口を付け加えないと、俺のことは紹介できないのかっ」
 トネスが怒りをあらわにした。ライトとトネス。名前を聞いて、ユーユは思い出した。先日、パブで情報屋のヨックがご機嫌に教えてくれた二人だ。
「あの、もしかしてライトさんって、本名はライト・ジュメジルさんですか?」
 ぴくり、とライトの動きが止まる。一瞬にして空気が張り詰めた。
「なんでオレのファミリーネームを知ってやがる?」
「あ、違うんです。誤解しないでください。ぼくら、先日知り合いの情報屋から、あなたたちのことを教えてもらったんです。お前たちの同業者だろう、って。だから、あなたたちに危害を加えるつもりなんてありません」
 ユーユがそう説明したが、ライトは信じられなかった。トネスは少し長く息を吐き、ユーユに言った。
「えっと、嘘はやめといたほうがいい。『ライトの強烈な蹴りが来る』だろうから」
 そのとき、トネスの手首が光ったような気がした。しかし一瞬、消えそうな電気よりも弱い光だった。そこにはミサンガが身につけられていた。空色の糸でできていて、銀の時計のチャームが揺れている。そのチャームを挟むように深緑色の珠が四つずつついている。ミサンガというより、ブレスレットに近いデザインだ。
「嘘なんて吐いてないよ。な」
「はい」
 トネスは二人の様子を観察した。あまり気持ちのいいものではない。二人とも不快だったが、顔には出さないように心掛けた。そして、にこり、とトネスは笑った。
「ライト。この子たちは嘘なんて吐いてないさ」
「なんでわかるんだよ」
 トネスはライトを自分と向かい合うように指示した。
「ライト、俺に嘘を吐きながら握手してくれ。そうすれば『ライトに静電気が走る』だろうから」
 トネスは右手を差し出した。再び、トネスの手首が光った。いや、正確にはミサンガについている珠が弱い光を放っていた。
「そうだなあ。トネスはちょー頭がよくて、イケメンだよなあ、尊敬しちゃうぜー」
 ライトは思っていることと正反対のことを言って、トネスと握手をした。すると、握手をした右手に一瞬、強い痛みが走った。冬にドアノブを触ったときと同じだ。
「いっでえ」
「な、あの子たちは嘘を吐いていないだろ」
 痛がるライトに、トネスは言った。ライトの吐いた嘘に、傷ついたことを隠しながら。ライトはトネスのミサンガを見て、納得した。
「なるほどな。言霊か」
「そういうことだ」
 言霊。それはトネスが以前請けた依頼で報酬とはまた別にもらった、力だった。念じながら言ったことが本当になるのだ。他人を不幸にするためなど、間違ったことに使うと珠がひび割れ、災いが降りかかる。トネスはユーユとリタが嘘を吐いていれば、ライトに蹴られるように、言霊を仕掛けたのだ。しかし、それを知らないユーユとリタは不思議そうに顔を合わせていた。
「悪い、お前らの言うこと信じるわ」
 そう言いながら、ライトはトネスの頭を殴った。静電気の仕返しだ。今の話の流れでなぜ信じてもらえるようになったのかわからないが、ユーユとリタは少し戸惑いながらも頷いた。ビオスがトネスの服の裾を引っ張った。
「トネス。早くしないと、観光できなくなっちゃうよ」
 ビオスは心ひそかに観光を楽しみにしていた。今まで暗殺でしか外国を訪れたことがないからだ。観光などしたことがない。今回は、世間一般でいう観光旅行をしてみたいのだ。
「げ。それは嫌だ。もう別行動にしようぜ、ライト」
「腕立て十回もできない、お前でも使えるような武器もついでに探すんだ。だから来い」
 ライトはトネスの服の襟を掴み、引きずった。
「ってわけで、オレら行くところあるから。じゃあな。ユーユとリタ。お前らとはまた会う気がするぜ」
 首が絞まって苦しむトネスを無視し、ライトはその場を去った。ビオスは二人にお辞儀をして「さようなら」と別れの挨拶を済ますと、ライトたちについて行った。あまりの展開の早さに、ユーユとリタは挨拶をするタイミングを逃してしまった。ぽかん、と口が開いたままその場に残された。
「なんていうか」
「嵐みたいな人たちだったね」
「いや、それもなんだけどさ。あのトネスって人、本当に腕立て伏せできないんだな」
「あ、そっち?思ったけれどさ」
 今日の出来事をヨックに話したら、どんな顔をするだろうか。それを想像して、二人は今夜パブに行くことにした。夜が楽しみだ。