冬祭りの付喪神様

 休み時間を告げるチャイムが鳴った。外へ飛び出す男子たちやおしゃべりをする女子たちで、すぐににぎやかになった。そんな教室で林広司はぼうっとしていた。そのとき、ふと床に目が入った。油がひかれたばかりの、木の床。勢いをつけると滑ってしまうその床に、一枚の紙が落ちていた。
(だれかのプリントかな?)
 席を立ち前方に落ちている紙を拾い上げた。それはプリントではなかった。封筒で表にはただ一言『招待状』とだけ書かれていた。
「なんの招待状だろう?」
 なんとなく捨てるのもいけないような気がした広司は、招待状を拾って席にもどった。裏を見てみるとすでに開かれていた。
「さすがに中は見ちゃいけないよな」
 好奇心と理性の天秤がぐらぐら揺れているときだった。隣の席の女子、待田つゆりが机の中のものをすべて出しはじめた。そして「うそ、ない」「ない。……ない」とぶつぶつつぶやきながら、なにか探しているようだった。それを見ていた広司はつゆりと目が合った。
「ねえ林君、これくらいの大きさの封筒見なかった?」
 つゆりは空中で横向きの長方形を描いた。それは先程拾った封筒と同じくらいだった。
「もしかしてそれって、招待状って書いてある?」
 つゆりは激しく頭を上下に振った。広司は封筒を差し出した。
「これ?」
「そうっ、これ!」
 つゆりが封筒を受け取った。
「あの、中は見てないから安心して」
「ありがとう、林君。はー、よかったあ。じいちゃんに怒られるところだった」
 つゆりはほっと胸を撫で下ろしていた。その直後、つゆりがなにか思いついたような顔をした。
「ねえ、これ拾ってくれたお礼っていったらなんだけど、いっしょに行かない?」
 つゆりは封筒を見せるように持って広司に尋ねた。
「招待状ってあるけど、一体なにがあるの?」
「お祭り」
「お祭り?」
 今は一月だ。この時期に祭りがあるとは聞いたことがない。
「そんなの聞いたことないよ」
「だって招待状がないと会場に入れないんだもん。ちょっと気をつけなくちゃいけないこともあるけど、出店もいっぱいあるんだよ。どんぐりあめとかクレープとかサメ釣りとか」
 祭り、と聞いて以前から密かに疑問に思っていたことをつゆりに尋ねた。
「どんぐりあめってなんでどんぐりあめなの? どんぐりの形なんてどこにもないじゃないか。それともどんぐりを使ってるの?」
「さあ? どんぐりみたいに大きいからじゃない? ……っていうか林君、どんぐりあめ食べたことないの?」
 広司は頷いた。広司の家では駄菓子や出来合いのものが出されることは滅多にない。おやつもごはんもすべて母親の手製だ。そのため広司は同級生のようにねじれた形のゼリーや、お金の形のチョコレート、イカを使ったおかしを食べたことがない。それだけではない。祭りに行った時も射的やくじ引きは許されるが、食べ物は決して買ってくれなかった。
 そのことを話すとつゆりは「じゃあなおさら行こうよ」と誘ってきた。
「ちょっと変わったお祭りだし、私の用事も済まさなくちゃいけないけど。いろんなお店があるんだ。すっごく楽しいよ」
 すっごく楽しい、という言葉は広司の心に、波紋のように響いた。そして気がつくと首を縦に振っていた。
「決まりっ。ねえ、四時までに学校の裏の神社前に来れる?」
 広司はうなずいた。
「じゃあそのとき、一部分でもいいから顔を隠せるものを持ってきて。どんなものでもいい」
「顔を隠さなくちゃいけないの?」
「うん。そのお祭りでは絶対。約束してくれないと私もいっしょに行けない」
「わかった」
 広司は不思議に思いながらも約束した。

 授業が終わると広司は真っ直ぐ家に帰り、自身の部屋のクローゼットから段ボール箱を引っぱりだした。そこから幼稚園くらいに買ったヒーローのお面を掘り返した。試しにかぶってみると右目の部分が少し欠けていたが、顔は隠せた。お面と貯めていたお小遣いを持って広司は待ち合わせ場所である、学校の裏にある神社に向かった。
 神社に着くとすでにつゆりが来ていた。空色のランドセルを背負っている。
「え、帰ってないの?」
 広司が思わず尋ねるとつゆりはうなずいた。
「私の家、遠いから行って帰って来ると四時過ぎちゃうんだ」
 つゆりはランドセルからお面をとり出した。顔の上半分だけを隠すタイプのもので、黒い猫の顔に模様が描かれている。どう見ても高そうなお面に、安っぽいお面を持ってきてしまった広司は急に恥ずかしくなった。そんな広司の気持ちなど知らずにつゆりは説明し始めた。
「あのね、今から行くお祭りではしちゃいけないことがあるの。一つ、お面をとって顔を見せること。二つ、名前を呼び合ったり名乗ること。オッケー?」
「わかった。でもなんで?」
 つゆりはにこっと笑って答えた。
「それは会場に着いたら説明してあげる。
 四時になるからお面付けてこっち来て」
 つゆりの言うとおりにして、ほこらの前に立った。つゆりは太い綱を握って五回大きな鈴を鳴らした。ガランゴロンッと低い音が響く。
 するとゆっくりと幕が下りるように景色が変わった。石で整えられた道は土になり辺りは暗くなった。そしてカッと光るオレンジ色の電球が周りを照らしていた。
「わあ……」
 広司は感嘆の声を挙げた。どこまでも出店が並んでいた。ジュウジュウと焼ける音にソースの匂い。行き交う顔を隠した人々。「らっしゃい、らっしゃいっ」という客引きの声がにぎやかだ。そのとき広司の頭の上に影が差した。見上げてみるとそこには節分の豆についているような、紙でできた鬼のお面をつけた男の人が立っていた。
「招待状を」
 そう言われてつゆりはランドセルの中から封筒を出して渡した。鬼のお面の人は中身を出した。紙が二枚入っていた。鬼のお面の人はその紙とつゆりを交互に見ていた。そして封筒と紙を懐に入れた。
「どうぞいってらっしゃいませ」
「ありがとうございます」
 つゆりはそう言って進んだ。広司もなんとなく頭を下げた。
 鬼の仮面の人を通り過ぎるとつゆりはぴたり、と立ち止まった。
「ここは付喪神様たちとの面会場なの。付喪神っていうのは長い年月が経って物に宿った神様のこと。私のじいちゃんね、古物商って古いものを扱うお店をしてるんだ。それで付喪神様がいたいって思う人に出会えるまで、休憩場としてお店に来てもらうんだ。それが本当の古物商の仕事なんだって」
「それで、なんで名前と顔を出したらいけないんだ?」
 広司は尋ねた。つゆりは説明してくれた。
「顔と名前がわかるとね、付喪神様は私たちの運命を握ることができるんだ。力のある付喪神様はどっちかだけでもわかるんだって。でも顔はすべて見えてなかったら大丈夫らしい。そうじゃないと付喪神様も私たちのことはわからないんだって。名前がバレるのが一番ヤバいってじいちゃんが言ってた」
「どうヤバいの?」
「その気になったら、私らの命なんて指先で消せるって言ってた」
「うっへえ」
「だからここでは、顔もだけど名前厳禁! オッケー?」
 広司は何度も首を縦に振った。まだ死んでいいと思えるほど生きていない。二人は歩き出した。
「まずは付喪神様屋さんに行くね。出店はそれが終わってからになるけど、いい?」
「付喪神様屋さん?」
 広司が首を傾げるとつゆりはうなずいた。
「古物商が付喪神様のお宿だとすると、私らの元にご案内するのが付喪神様屋さん。まあ普通のお店で言えば仕入れみたいなもんかな」
「なるほど」
 パンッという射的の音や肉の焼けるにおいを抜けて、店名が書かれていない出店の前でつゆりは立ち止まった。そこには壺や掛け軸、アクセサリー、人形などが置かれていた。
「こんばんは」
「お、その面は菫屋の嬢ちゃんじゃねえか」
「菫屋って?」
 広司が小声で尋ねるとつゆりは「じいちゃんの店の名前」と答えてくれた。
「おや、旦那はどうしたんだい?」
「じいちゃん、ぎっくり腰になっちゃって。だから私が来ました。この子は店とは関係ありません」
 広司は店主の男性に頭を下げた。もちろん店主もお面をつけているので、年齢はわからない。声は若そうだ。
「そうかそうか。まあ嬢ちゃんならしっかりしてるし、何回も来てるから大丈夫だろ」
 つゆりは広司に「ちょっと静かにしててね」と言った。広司は素直にうなずいた。つゆりの目つきが真剣なものに変わった。
「当店、菫屋と申し上げます。商店街の一角にございます。付喪神様とご縁を結ぶには人の出入りは十分ございます。当店でご縁をお待ちになりたい付喪神様はいらっしゃいますでしょうか」
 つりゆがそう言い終わると、出店に置かれている品物からぬうっと人影が出てきた。女性、男性、大人、子ども。みんな姿が違っていた。そしてじいっとつゆりを見つめていた。つゆりは視線をそらさなかった。やがて人影たちはぬるりと品物の中に戻った。
「今回はいらっしゃらなかったみたいだな」
 店主がつゆりに言った。
「ありがとうございました。またよろしくお願いします」
「おうよ。旦那にはお大事にって言っておいてくれ」
 つゆりに「行こう」と言われて広司は、はっとしてあとに続いた。
「次の付喪神様屋に行くね」
「さっきいろんな物から出てきたのが付喪神様?」
「うん、そう。自分の店について簡単に説明すると付喪神様は私たちを通して、店がどんなものかを読み取るんだって。どうやってるのかは知らないけど。それでお宿として気に入ってもらえれば店に来てもらう形になるし、そうじゃなかったらさっきみたいになにもない」
 そんな風に説明してくれている間に、次の付喪神様屋に着いた。同じように付喪神様にあいさつをすると、花が描かれている古そうなコンパクトと小さなおかし入れの付喪神様が品物に戻らず、そのままいた。
「ご縁があってなにより。それじゃあ明日お運びさせてもらうよ」
 この付喪神様屋の店主である、老婆らしき女性が言った。そして付喪神様になにやら話しかけると、付喪神様たちはこくりとうなずき、品物の中に戻った。
「それではよろしくお願いします」
「はいよ」
 つゆりはおじぎをして立ち去った。次に行く付喪神様屋が最後らしい。
 三回目のあいさつをしたあとのことだった。品物についている付喪神様たちはぬうっと戻っていた。しかしある木箱の付喪神様がもう一度顔を出した。美しい女性の付喪神様で、真っ赤で豪華なドレスを着ている。木箱の付喪神様は広司のほうを見ていた。
「おやおや」
「あー、なるほど」
 軽く驚いている店主の男性とつゆりたちと違って、広司はなぜ付喪神様が自分を見つめているのかわからなかった。
「ぼっちゃん、あんたその付喪神様に気に入られたみたいだねえ」
「えっ」
 広司はその木箱をよく見た。深い茶色で剣に似た模様が大きく一つ彫られている。シンプルだがかっこいいように広司は思えた。
「どうする? ご縁をつなぐならつなぐって言えばいいし、つながないならごめんなさいって断らなくちゃいけないよ」
 広司は付喪神様を見た。付喪神様はにこりと微笑んだ。
「でも顔を名前も知られちゃいけないんだよね?」
「ご縁をつないだあとは大丈夫だよ。大事に扱えばいい神様さ」
 そう言ったのは店主の男性だった。
「で、でもそんなお金持ってなくて……」
「付喪神様がお選びになったんだ。お代はいらないよ」
 広司は木箱と付喪神様を交互に見た。
「こんな素敵なもの、持ってていいのかな」
「もっと簡単に考えなよ。あの木箱に宝物を入れたいか、そうじゃないか」
 広司は宝物を思い浮かべた。公園で見つけたきれいな石、レアなカード、おもちゃのメダルなど。きらきらした宝物はもっときらきらするような気がした。
「入れたい。あの木箱に、宝物入れたいな」
 店主は「決まりだね」と言って付喪神様になにか言って戻ってもらっていた。
「ぼっちゃんの家はどこだい? それとも菫屋さんに届ければいいかな?」
「あ、あの。いっしょに帰っていいですか?」
 なんとなく、一刻も早く木箱に宝物を入れたくなったのだ。店主は「いいよ」と言って木箱を渡してくれた。木箱の付喪神様は出てきていなかったけれど、笑いかけてくれているような気がした。

「よし、これで付喪神様屋さん回りは終了! 出店回ろうっ」
 つゆりはわくわくを抑えきれない様子で言った。二人は一番近い出店に走った。そこはどんぐりあめ屋だった。
「これがどんぐりあめだよ」
 あめ玉一粒が大きく、様々な色と味があった。
「わあ、きれいっ」
「私買うけど、どうする?」
「買うよ」
 広司はグレープとソーダ、みかん、チョコなどを買った。そして早速チョコ味を食べてみた。どんぐりあめで口の中がいっぱいになった。
「おいしいね」
「でしょ。ほかのお店も行こう」
 広司とつゆりは出店を見て回った。広司は心の中で木箱にどんぐりあめをしばらく入れておこうと決めた。