もう一度作ろう

 ユリの甘い香りが風に乗ってくる。この町はユリの栽培が盛んだ。ユリ畑の側に小川が流れている。そのほとりに、こずえは座っていた。ここはこずえが一番好きな場所だ。
 こずえはビーズや木でなにか作ることが好きな女の子だった。しかし手作りの小物入れをからかわれ、壊されてしまった。またばかにされるかもしれないという気持ちが根付いてしまった。そのため作ることが怖くなった。からかったのはクラスメイトの、りきという男の子だ。
 流れる水面を見つめていると、あのときの悲しみと辛さを思い出してしまい、心が痛む。
「こんにちは」
 突然声をかけられこずえは驚き、ふり返った。そこには一人の女の子が立っていた。十中学生くらいで、左右の手にほうきと革製のトランクを持ち、肩にはイタチが乗っている。
「あの、この町の人ですか」
 女の子が尋ねた。こずえは少し警戒しながら首を縦にふった。女の子は続けて尋ねる。
「この辺りに空き家ってありませんか。あたし、ここでお店をやりたいの」
「それなら、町長のところに行ったらいいと思います」
 少し間を開けこずえは答えた。女の子は遠慮がちに、こずえに頼んだ。
「あの、よかったら案内してもらえませんか」
 仕方がないので、こずえは町長のところに女の子を案内することにした。町長のところに向かいながら自己紹介をした。
「こずえ。十四歳」
「あ、同い年なんだ。あたし、魔女のすみか。このイタチは使い魔のチュチュ。よろしくね」
 すみかは右手を差し出し握手を求めた。しかし、こずえは握手をしなかった。そんな気分になれなかった。もしかすると、すみかもなにかをきっかけに、こずえをからかうようになるかもしれない、と思ったからだ。握手してもらえないとわかったすみかは、手をひっこめた。
「あたし、師匠に一人前だって認めてもらえたの。だから自分の力で魔女として生きていくの。そのためにお店を開きたくって、この町に来たんだ」
 尋ねてもいないのに、すみかは語り始めた。こずえは「そう」と少し面倒くさそうに返事をした。
「あそこの、緑色の屋根の家。あれが町長の家だから」
 そう言ってこずえは指をさした。すみかはお礼を言うと、ほうきにまたがった。ふわり、とほうきが宙に浮き、町長の家まで飛んで行った。
「本当に飛ぶんだ」
 ぽつり、とこずえは呟いた。もうすぐ晩ごはんの時間なので、このまま帰ることにする。家に帰るこずえの心から痛みは少し消え、すみかのことが残った。

 すみかに出会ってから一週間後、こずえの家に一枚のチラシが入った。すみかが開いた店のものだ。近所の家にも入っているらしい。チラシには店の紹介が書かれていて、地図がのっている。こずえの家から歩いて十分ほどのところだ。どうやらすみかの店はアクセサリーの店らしい。  初め、こずえは特に店のことを気にしていなかった。しかし日が経つごとにクラスで、すみかのお店のヘアアクセサリーを身につけている女子が増えた。銀ねん土で作られたものもあれば、押し花を使ったものもある。銀ねん土の小さな花はかわいらしく、大きな花は咲いたまま切りとったかのようだ。押し花は色あせておらず、一番きれいなときに時間が止まったかのようだ。先生の中にもすみかの店のヘアゴムを使っている人が出てきた。
 その立体的で本物のような美しさをどのようにすれば作ることができるのか、こずえは気になり始めた。そして勇気を出してすみかのお店に行ってみた。こずえはあまりのかわいらしさから、バーベナの押し花のヘアピンをおこづかいで買った。台座に白のバーベナの押し花が閉じ込められている。台座の隣には小さなラインストーンが一つついている。そして美しくもかわいらしい商品がどのように作られているのか、すみかは気になった。それはこずえもビーズや木材でなにか作ることが好きだったからかもしれない。けれど作りたい、という気持ちにはならなかった。それだけ、りきに作ったものをからかわれたことが、こずえの心に傷として深く残っているからだ。
 それからこずえは毎日すみかの店に通った。中へは入らず、外からのぞいていた。店の奥にすみかの作業場がある。そこの窓からちょうどすみかが作業している様子を見ることができるのだ。
 すみかの作業には魔法が使われていた。商品であるアクセサリーを作っているとき、すみかの指先から光が生まれている。柔らかく、温かそうな光だ。その光は虹のように七色に変化しながらアクセサリーへと吸い込まれる。時折パチッパチッ、と小さくはぜるような音がする。指先から出る光が魔法だと、こずえはすぐにわかった。そのしんぴ的な様子をこずえは夢中になって見ていた。そんなときのこずえの目はらんらんとしていた。
 ある日、いつものようにすみかの作業を窓の外からながめていると、作業を終えたすみかが窓のほうへ近づいてきた。こずえは反射的に隠れた。悪いことをしているつもりはないのだが、なんとなく気まずかったからだ。頭の上で窓が開く音がした。
「こんなところで見ていないで、中に入りなよ。いっしょにお茶を飲もうよ。悪いけどお店の中から回ってきてね」
 そう言ってすみかは窓を静かに閉めた。こずえは怒られるかもしれない、とびくびくしながら店のほうに回った。
 店は入ってすぐに両手を広げたくらいの大きさのテーブルが置かれている。そこには商品が並べられている。右にはレジとカウンターがあり、カウンターの出入り口には商品を並べる棚が二つ置かれている。カウンターの内側ではチュチュが待っていた。
「こんにちは。すみかから話は聞いているから。こっちよ」
 こずえはチュチュがメスであることに少し驚きながらカウンターのウエスタン扉を押した。カウンターの内側には作業用の小さなテーブルといすが置かれている。入ってすぐにある作業場へのドアが開いていた。こずえはチュチュに続いて、おそるおそる作業場へと入った。
「おじゃまします」
 作業場はまるで魔法の力が満ちているようだった。花の写真や絵が壁に飾られ、小さな本棚には本がすき間なく収められている。作業台の上には一輪のバラが活けられており、完成したばかりのバラのチョーカーが置かれている。銀ねん土で作られたものだ。一枚一枚の花びらが生きているようだ。
 すみかは部屋の片隅に置いていた小さなテーブルといすを出した。そして別の部屋からポットとティーセット、クッキーを持ってきた。クッキーは丸や四角などいろんな形で、バニラ味とココア味の二種類ある。すみかとこずえはテーブルをはさんで向かい合って座った。チュチュはテーブルに上る。
「どうぞ」
 すみかは紅茶を注いだカップをこずえの前に差し出した。砂糖とミルクがテーブルの真ん中に置かれる。
「いただきます」
 こずえは紅茶を飲んだ。ふんわり、と香りが鼻を抜ける。
「あなた、小川で会った子よね。なんで窓の外から見ていたの」
 紅茶を飲みながら、すみかは尋ねた。やはりばれていた。そう思ったことが顔に出ていたのか、すみかは言った。
「そりゃ当然だよ。毎日来ていたんだから」
 こずえは気まずそうに視線をそらした。しかしすみかは気にしていないようだ。
「魔女には大きく分けて三種類あるんだ。薬を作る魔女、旅をする魔女、物を作る魔女。あたしはその中でも物を作る魔女なの。物を作る魔女は作っているときに力を注ぐんだよ」
「きれいだった」
 そうこずえがほめると、すみかは「ありがとう」と少し照れくさそうにクッキーを口に運んだ。このクッキーはチュチュが作ったものだ。すみかはこずえにクッキーをすすめた。クッキーはほろほろ、と口の中でほぐれ、バニラ味が広がる。
「あなたはなにか作ったりするの?」
 こずえはクッキーに伸ばしかけていた手を引っこめ、下を向いた。そしてぽつりぽつり、と話し始めた。作ったものをからかわれたこと、それがとても辛かったこと。作ってもまたばかにされるかもしれない、という恐怖。そのせいで作りたい、という気持ちがなくなってしまったこと。
 話している途中でこずえの目からはぽろぽろ、と涙がこぼれ落ちた。言葉が続かない。すみかは静かに立ち上がり、そっ、とこずえの両手を握った。
「ねえ、よかったらあたしのお店の手伝いをしてくれないかな」
 こずえは顔を上げた。すみかは言葉を続けた。
「お客さんが増えてきたのはいいんだけれど、チュチュだけじゃ大変なの。ね、チュチュ」
 すみかはチュチュのほうを見た。それは目だけで、なにか伝えているようだった。それを察したチュチュはクッキーをかじりながらうなずいた。すみかはこずえのほうを向く。
「おねがいできないかな」
 なぜ今そんなことを言うのか、こずえにはわからなかった。けれど、なぜか首をたてにふっていた。涙が少し乾いたような気がした。

 こずえはすみかの店を手伝うことになった。土曜日と日曜日以外、毎日中学校の授業が終わってから手伝いに行き、商品を並べたり、値札つけりした。お客さんがいないときや仕事を終えると宿題をするときもある。
 すみかの作るものには魔法が宿っている。一日に一回幸せな気分になるネックレス、探し物が見つかる指輪、告白がうまくいくヘアピンなど。自分の作ったものや持ち主になる人への愛情。それがすみかの魔法の源だ。すみかの商品が人気なのは、その思いが伝わってくるからだ。こずえは手伝いを始めてそのことがわかった。
 こずえが手伝いを始めて一カ月経ったある日。値札をつけ終わり、お客さんもいない。こずえは宿題をしていた。チュチュは隣で寝ている。作業場のドアが開き、すみかが出てきた。
「こずえ、ちょっといい」
 こずえは手を止め座ったまま、すみかのほうを向いた。
「どうしたの」
「最近お客さんがふえてきたから、商品の在庫がなくなってきたの。このままだと商品が並べられなくなっちゃう」
 それは値札をつけながら、こずえも感じていた。
「だから、こずえにあたしの作業を手伝ってほしいの」
 こずえはおどろいた。すみかは言葉を続ける。
「使う道具や押し花を用意したり、簡単なことでいいんだけれど。だめかな。もちろん返事は今すぐじゃなくていいし、いやだったらいいんだけど」
 こずえの心はゆれていた。まだからかわれたときの悲しさが、どこかで残っている。けれど、すみかが作業をしている姿を見たときの感動が忘れられなかった。作り終えたときの満足感と喜びに満たされていた。
 こずえはこくり、と笑顔で頷いた。
 商品作りの手伝いは次の日から始まった。もちろん値札つけもする。
 加工をするのはすみかだが、道具やパーツを用意するのはこずえだ。こずえは間近で、すみかが魔法の力をこめる様子を見た。窓の外からながめるよりも迫力があり、不思議な光景だった。まるで絵本の一ページのようだ。心がおどる。こずえはときどき、すみかが席を立っている間に自分なりにパーツを組み合わせたり、頭の中でパーツに合いそうなビーズを考えることが多くなった。

 すみかが町にやってきてから、半年が経った。吹く風も涼しくなってきた。クーリエという真っ白なユリが出荷されていく。
 こずえはその日、カウンターの内側で値札つけをしていた。チュチュはキッチンでクッキーを作っている。
 そのとき、お客さんが入ってきた。パン屋のおばさんだった。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは。すみかちゃん、いるかい」
 こずえは作業場にいるすみかを呼んだ。しかし、すみかは集中しているため、こずえの声が聞こえていないようだ。作業台には、こずえが用意したパーツがまだ数種類残っている。
「すみか、今いそがしいみたい」
「あら、そうなのかい。それじゃあ、これを渡しておくれ」
 こずえが受け取ったのは一枚のチラシだった。
「そっか、もうすぐオクトーバーフェスタだっけ」
 十月の中旬になると町でオクトーバーフェスタという祭りが開かれる。豊作に感謝し、来年も実り豊かな年になるように、と願う祭りだ。一週間開かれる。その間は学校も休みだ。
「そうなんだよ。今年はすみかちゃんにも参加してもらおうかと思ってね。すみかちゃんのアクセサリーは人気があるし。もし参加してもらえるんなら、わたしの店に来てほしいって伝えてほしいんだよ」
「わかりました。伝えておきます」
 用件を伝えたパン屋のおばさんは、店を後にした。チラシの束を抱えていたので、ほかの店も回るのだろう。
 チュチュが焼けたクッキーを持ってきた。作業場の様子を見てみると、ちょうどすみかが商品を一つ作り上げたところだ。三人はお茶にした。作業場のドアを少し開けておき、お客さんが来てもわかるようにする。今日のクッキーはチョコチップクッキーだ。クッキーを食べながら、こずえはすみかにオクトーバーフェスタのことを話した。渡されたチラシを見ながら、すみかは考える。
「参加したいけど、お店の商品も作りながらになると、あたし一人では無理かなあ」
 すみかはちらり、とこずえを見た。そして言葉を続ける。
「でも、二人でなら参加できるよ。あたしと、こずえの二人ならきっとできるよ」
「でも」
 こずえがためらうと、チュチュが口を開いた。
「あなた、すみかがいないときに自分でパーツを組み合わせているじゃない」
 ばれていた。こずえは急に恥ずかしくなった。
「あのときのあなた、とても楽しそうだったわ。あなたの心は、まだ作る楽しさをわすれていない」
「そうだよ。それにあたし、こずえが作ったもの見てみたいもん」
 すみかはほほえんだ。そのほほえみはこずえの心を包みこむようだった。
 きっと、すみかなら作ったものを、ばかになんてしないだろう。作ったものを見てもらうだけでもいいかもしれない。オクトーバーフェスタに出店するかどうかは、それから決めよう。こずえはそう思った。
「わかった。でもお店を出すのは、もうちょっと考えてからにさせて」
 すみかは「いいよ」と返事をした。こずえの心にぽっ、と小さな火がともった。
 こずえはしばらく、すみかの店の手伝いを休んだ。放課後に美術室で小物入れを作っているからだ。美術の先生に頼んで、放課後の美術室で作業をしている。糸のこぎりで木材を切る。くぎは使わず、切った木に作ったみぞに組み立てる。長方形でふたと箱が離れるタイプの小物入れだ。ふたに大きなユリの花、その両どなりに小さなユリの花を一輪ずつ彫刻する。おしべだけでなく、葉や花びらの繊維まで再現する。ふたのふちにもツタをイメージした模様を彫刻した。最初は不安だったが、それは次第に消えていった。ふたに彫刻をするときには心はからっぽになり、集中していた。彫刻を終えると、次は外と中にニスをぬる。透明なニスではなく、茶色のニスだ。ぬり重ねをすればするほど、つやが出て濃い茶色になる。こずえは、ニスをぬっては乾かす作業をくり返す。メープル色の小物入れが、濃い茶色になった。いや何度もぬったせいか茶色というより、黒色に近い。つやつや、としていて光を反射するのではないか、というほどだ。
「よし」
 作品の出来に満足したこずえの顔には満面の笑みが浮かんでいた。
 ニスを乾かし、次の日。こずえはひさしぶりに、すみかの店に向かった。小物入れは布に包み、小さな手提げかばんに入れている。店のドアを開けると、チュチュが出迎えてくれた。
「ひさしぶりね、こずえ」
「うん。すみか、今作業中かな」
 するとちょうど作業場から、すみかが出てきた。
「あ。こんにちは、こずえ」
「こんにちは。あの、作ってきたんだけど」
 なにを、とは言わなかったが、すみかはすぐにわかった。作業場にこずえを通す。
 作業場に入り、こずえはすみかに小物入れを見せた。すみかは小物入れに目を奪われた。ユリの花の彫刻は見事だ。ニスの色の濃さで、何十回もぬったことがわかる。重みのある茶色だが、どこかあたたかさも感じられる。すみかはふたをあけた。中には仕切りが一つあるシンプルなものだ。こずえのうで前はすみかの想像以上だ。すみかに負けないくらいだ。
「すごい、すごいよこずえっ。これをからかうなんて、ふつうはできないよ。ねえ、いっしょにオクトーバーフェスタに出店しようよ」
 目をきらきら、と輝かせて、すみかはこずえの手をとった。こずえはそんなすみかの力強さに圧倒されこくん、と頷いてしまった。
「よしっ。オクトーバーフェスタ、がんばろうね」
 すみかの背後ではメラメラ、とやる気の炎が燃えているのが見えた。

 オクトーバーフェスタには、合作をすることになった。すみかのアクセサリーに、こずえの作ったビーズのかざりを足す。こずえが木で作ったものに、すみかの花のパーツをつける。二人はたがいに作ったものを交かんし、付け加える。オクトーバーフェスタに近づくにつれ、商品がふえていった。こずえは、次第に自分の心の傷が治っていくのがわかった。今では作ることに不安や抵抗はない。ただ、楽しさだけがある。それはとても幸せなことだった。
 そして、オクトーバーフェスタの当日。二人とチュチュは朝早くから自分たちの出店の準備をした。テントは前日に大人が、はってくれた。運動会にあるようなもので、青色だ。商品を並べる長机に、布をかける。その上に商品を並べた。二人はわくわくしている。それは店を出す人みんなが同じだった。
 ポンポンッ、とオクトーバーフェスタ開始の合図の花火が打ち上げられる。
 この秋に収穫した野菜を売る店、パンを売る店、チーズなどの乳製品や肉を売る店。靴の修理の出張サービスや、占い、吟遊詩人。普段町では見られないものも多くある。行き交う人はみんな笑顔だ。
 こずえとすみかの店もお客さんがたくさん来た。なじみのお客もいれば、知らないお客もいる。こずえのクラスメイトもきた。次々と商品が売れていく。みんな口ぐちに「かわいいー」や「すごい」と二人の商品をほめてくれた。
 人が少し落ち着き、お昼ごはんを出店で買ってこようとしたときだった。一人の男の子が来た。それはこずえのクラスメイトの、りきだった。
「いらっしゃいませ」
 すみかがあいさつをした。しかし、となりにいるこずえの声は聞こえなかった。見るとこずえは下を向いていた。小さく震えている。
「これ、こずえが作ったんだろ」
 こずえはりきの問いには答えない。りきは商品を一つ手にとった。オルゴールだ。ふたには五線譜と音符を彫刻している。手前の側面には、銀ねん土で作ったパンジーがついている。底にねじがあるタイプのオルゴールだ。それを見て、りきはまゆ根を寄せ口をへの字に曲げた。
「お前が作った変なもの見ていると、はらが立つんだよっ」
 りきはオルゴールを地面にたたきつけようと、オルゴールを持った手を挙げた。その瞬間、すみかが動いた。両手を置き、長机に足を乗せ向こう側へ移る。すみかはりきに体当りをした。その拍子に、りきの手からオルゴールが離れる。すみかはオルゴールをキャッチして地面にすべるように倒れこんだ。
「すみかっ」
 すみかは「いてて」と言いながらも立ち上がり長机にオルゴールを置き、尻もちをついたりきの前に仁王立ちした。
「なに考えているのっ」
 すみかは、りきにどなった。町中に響くのではないか、というほどだ。周りにいた人が次々とふり向いた。
「あなた、あのオルゴールにこずえがどれだけ力を注いで作ったかわかっているの。デザインを考えて、彫刻をして。あの色だって、元々の木の色じゃない。ニスを何十回も乾かしてはぬる作業をして、初めてあんなにも濃くて深い色が出るのっ。
 真剣に作ったものをあざ笑ったり、ばかにしていい人なんてこの世には、だれ一人としていないんだ。作ったものをばかにするなんて、あたしが絶対にゆるさないっ」
 すみかは怒りをあらわにした。こんなすみかを、こずえは今までに見たことがない。すみかは周りにいた大人たちとチュチュに「まあ落ち着いて」となだめられている。それでもすみかはまだ、りきをにらんでいた。りきは腰を上げ、ばつが悪そうにその場を去った。歩みを止め遠巻きに見ていた人たちが、再び動き始めた。ようやく落ち着いたすみかはテントの中へと戻る。
「すみか、オルゴール大丈夫だった?」
 すみかは口を開いて最初にオルゴールが壊れていないか尋ねた。こずえは「大丈夫」と首をたてにふる。
「ごめんね、いやな思いさせて」
「どうしてすみかが謝るの」
 すみかは少し視線を落とし、悲しそうな表情でこずえに言った。
「あたし、こずえに思い出してほしかったんだ。作ることの楽しさを。それを見た人の笑顔を。だから、あたしの手伝いをしてもらったし、オクトーバーフェスタにも参加したんだ」
 それはこずえも、途中から気づいていた。すみかは言葉を続ける。
「あたしもね、自分が作ったアクセサリーをばかにされたことがあるんだ。アドバス、とかじゃなくて、本当にばかにされたの。だからわかるんだ、こずえの悲しい気持ち。
 そんなあたしをなぐさめてくれたのは師匠だったんだ。ゆっくり、時間をかけて作ることの喜びを思い出させてくれた」
 こずえはほほえみを浮かべ、すみかの両手を包むようににぎった。
「ありがとう、すみか。もう痛くないよ。ありがとう」
 そう。もうこずえの心の傷は治ったのだ。作ることも、作ったものを見せることもこわくない。
「さ、気分転換にお昼ごはん食べに行きましょうよ。おなかすいちゃったわ」
 チュチュがそう言うと、二人のおなかが同時にぐう、と鳴った。二人は顔を見合わせ、ぷっ、と小さくふき出し、声を出して笑った。
「そうしよっか」
「うん」
 チュチュはその返事を聞くと、すみかの肩に乗り「早く早く」と急かした。二人は「ただいま休憩中」と画用紙で作った小さな看板を残し、その場を離れた。

 オクトーバーフェスタが終わり、二日経った。いつものように、放課後こずえはすみかの店にやってきた。チュチュはお客さんの相手をしている。こずえは作業場のドアを開けた。えんりょがちにのぞきこみ、声をかけた。
「すみか、今大丈夫かな」
「うん。ちょうど終わったところだから」
 すみかはふう、と満足そうにため息をついた。
「あのね、りきくんが今日謝ったの」
「え、本当に」
 給食の前に手を洗っているときだった。隣の水道を使っていた、りきが謝ってきた。あれから、すみかが言ったことがずっとひっかかっていたらしい。
「りきくん、本当は作ったりするの好きなんだって。けど、どうにもうまくできなくて、くやしかったんだって。
 だから、今度りきくんに彫刻とか木箱の作り方を教えてあげることになったんだ」
 ふふふ、とこずえはうれしそうに笑った。そして、すみかを真正面から見つめる。
「ねえ、すみか。あたしにも、アクセサリー作りを教えて。どうやったら、あんな風に作ることができるか、ずっと気になっていたの」
 すみかはうなずいた。「と、いってもあたしもまだまだだけどね」と付け足すことを、わすれなかった。
 すみかの作業場に、こずえの道具が持ち込まれたのは、それほど遠い日ではなかった。作業場が少し、にぎやかになった。