願いを届ける天馬

 ほうほう、とフクロウが不気味な鳴き声を上げるような時間に、それはやってきた。
 初めは虫かなにかがぶつかっているのかとローリーは思っていた。しかし何度もコンッ、コンコンッとノックにも似た音がするので、ローリーはドアを開けた。するとそこには馬が立っていた。それもただの馬ではない。光を発しそうなほど真っ白な体には、同じ色の一対の翼が背中から生えていた。両目は夜空の色に月のように丸く黄色い瞳孔。
「ああ、よかった。ようやく気がついてもらえました」
「……お前、まさかペガサスか?」
 滅多に人前に姿を現さない、幻の馬。
「はい」
 ペガサスはにっこり笑った。
「あなたの願いを引き取りに来ました」
「……は?」
 思わず間の抜けた声を上げてしまったローリーに対し、ペガサスはぐいぐいと家の中に入って来ようとした。ドアがミシミシと音を立ててもなおペガサスは進むことをやめなかった。
「おい、やめろ。家を壊す気か」
 ローリーは体の三分の一ほど侵入してきているペガサスを押し出そうとした。しかしペガサスは「さあさあ、願いをボクに言って下さい」と聞く耳を持たなかった。ドアの木の枠がたわんだ。
「おい、ペガサス聞け! 俺の望みは今すぐ、お前が外に出ていくことだ。この家を壊すな」
 ペガサスの耳にようやくローリーの訴えが聞こえたようで「ああ、申し訳ありませんっ」と謝りながら後退した。
「ええっと、ボクはみなさんが心の底から願っていることを、星空にいる神様に届けるのが仕事なんです。だからお話を聞かせてもらいたくて」
「願いを言えばいいだけなのに、なぜわざわざ話をしなくちゃいけないんだ」 「自覚がない場合もあります。もしくは自分で自分を誤魔化している。だからあなたと話したいんです」  ペガサスは夜空色の瞳でローリーを見つめた。意外にも力のある眼差しに気圧されたローリーはため息をつきながら、いすを一脚用意して窓辺に座った。 「あんた、体でかすぎて入れないから。ここでいいなら話をしてやる」
 その言葉を聞いたペガサスは太陽のようにまぶしい笑顔を浮かべて「ええ、ええ、いいですよいいですよ」と外壁にぴたりと体の側面をくっつけて腰を下ろした。ようやくローリーと目の高さが合った。
「ふふふ、ようやくお話出来ます」
 ペガサスは嬉しそうに言った。しかしローリーは不満を隠すことなく、窓台にひじをついた。
「独りでお住まいなんですか? 見たところお若いようですけれど。十代くらいですか?」
「……十八」
 ペガサスが目を丸くした。ローリーは肩まで伸びゴワゴワとした髪に手櫛をかけた。からまったところがひっかかる。
「親御さんはどうされたんですか?」
「さあ。物心つく頃には孤児院にいたから。名前だけはこれに彫られてた」
 ローリーは首にかけていた銀のタグを見せた。ペガサスは顔だけのぞきこみ、じいっと銀のタグを眺めた。
「ご両親に会ってみたいと思います?」
「いや。俺にとってはいてもいなくても困らない存在だ。それよりも強さが欲しい。独りで耐えられる強さを」
 ペガサスは首を小さく傾げた。ペガサスは目だけで家の中を見た。骨や木、毛皮などで作られた食器や衣類が適当に置かれていた。壁には狩りに使う大振りの刃物が掛けられていた。天井から肉が吊るされて乾かされている。
「……十分お強いんじゃないんですかね? 拝見する限り」
「そういうのじゃない。真っ暗で静かな夜にも、家が寒いくらいに感じるときにも耐えられるようになりたいんだ」
「それって……さみしいってことですか?」
 ペガサスの問いにローリーは答えなかった。ペガサスはほほ笑みを浮かべて柔らかい声で言った。
「人は、いえこの世のものは自分だけで生きていくことはできません。もちろん人間なら働いたり、あなたのように山で狩りをしたりして暮らしてはいけるかもしれません。でも心が岩のようにがちがちに固まって、手を差し伸べることもできなくなり、人の幸せを憎むようになってしまいます。そうなってしまえば、もうめったなことでは戻れません。ローリーさん、あなたの本当の願いはさみしくない日々、ではないのですか?」
 ローリーは表情を曇らせ、いすの上で膝を山のように折り体を丸めた。うつむいてしまったローリーにペガサスは自身の顔を優しくこすりつけた。
「ねえローリーさん、ボクが遊びに来ますよ。そして一緒にいろんなところに行きましょう。星空にいる神様にそのように伝えますから」
 ローリーは顔を上げてペガサスを見つめた。夜空と満月の瞳。ローリーは目を閉じて自身の頬をペガサスの顔にすりつけた。自分以外の温もりを感じながらローリーは静かにうなずいた。