「いってきまーすっ」
 木元将太は家の玄関から飛び出した。背負っている黒いランドセルが跳ねる。角を二つ曲がると将太と同じようにランドセルを背負っている子供たちが学校に向かっていた。
「おーい、愛里」
 将太は同じクラスで幼馴染の広川愛里のランドセルを叩いた。驚いた愛里は将太に怒った。
「将太、後ろから叩かないでよ。びっくりするじゃない」
 将太は愛里の反応に満足し笑った。二人は肩を並べ学校に向かう。そんな二人を見て、クラスメイトは「お似合いカップルだ」などとからかう。しかし将太は気にしていないし、愛里も気にしないようにしている。
「なあ愛里さーん、お願いがあるんだけど」
「宿題のプリントなら見せない」
「えー、いいじゃんかよ。ケチ」
 将太は唇をとがらせた。いつものやりとりをしているうちに、学校に着いた。
 四時限目の終わりを告げるチャイムが鳴った。机を動かす大きな音が教室中に響く。四人ひと組で机を向かい合わせて給食を食べる。クラス全員で「いただきます」と挨拶をして給食を食べ始めた。
「おい、知っているか」
「なにを」
 将太の横に座っている男子が話しかけてきた。将太はマカロニのかりんとうを食べながら話を聞く。かりかりの食感と黒蜜の甘さが口に広がる。
「こことあやめ池の中間に、おんぼろ屋敷があるだろ」
 あやめ池は学校から自転車で北に三十分ほど行ったところにある。あやめの花が咲くころにはたくさんの写真家が来るほどだ。
「そのおんぼろ屋敷にお化けが出るんだってよ。そのお化けが勝負を仕掛けてくるんだ。その勝負に勝ったらお宝がもらえるんだって。でも、負けたらのろわれるんだってよ」
「まじかよ」
 将太の目がきらきら、と輝いた。どんなお宝か想像しただけで将太はわくわくした。そんな二人の会話を聞いていた女子が牛乳を飲みながら言う。
「ばかばかしい。本当に男子って子供ねー」
「なんだよ、お前だって子供じゃんか」
 男子と女子が言い合いをしている中、将太は愛里とおんぼろ屋敷に行こう、と決めた。
 放課後、将太は愛里と一緒に下校した。将太は給食のときに聞いた噂のことを愛里に話した。
「それで、おんぼろ屋敷に行こうってことね」
「おう。愛理は木曜だと塾休みだろ」
 愛里は考えた。好奇心旺盛で自由奔放な将太のことだ。もしも愛里が断っても一人で行くだろう。
「しょうがないから一緒に行ってあげる。あんたって危なっかしいし。それにしてもいいわね。塾に行ってないから毎日遊び放題で」
「へへへ。よし、じゃあ木曜の放課後な」
 二人は手を振って別れた。将太だけでなく愛里も木曜日が楽しみになっていた。

 それから二日後の木曜日。将太と愛里は家にランドセルを置いてから再び学校で待ち合わせた。愛里が自転車で到着したころには将太がすでに来ていた。チリンチリン、と愛里が自転車のベルを鳴らす。将太もそれに答えるようにチリンチリン、と鳴らした。
「お待たせ」
「よし、行こうぜ」
 二人はおんぼろ屋敷に向かった。自動車学校前の曲がりくねった細い車道を通り、北に向かう。
「なあ思うんだけどさ」
 将太は並行して走っている愛里に話しかけた。愛里が返事をする。
「なに?」
「なんで五年とか六年になった途端に一緒にいたらからかわれるんだろうな。今までと変わらないだけなのに」
 愛里は少し間をあけて「さあね」と答えた。愛里は多くの女子が男子を意識し始めていることを感じ取っていた。けれど愛里自身はそんな風に思っていない。性別など関係なく将太は親友なのだ。それはきっとこれから先も変わらない。
 昔から建っている家と新しい家が混ざっている。そんな中でおんぼろ屋敷は異色のオーラを放っていた。両隣は距離を置くように空き地になっている。二階建てだ。玄関までは五十歩ほど先だ。長い間放置されているためか雑草は自由気ままに伸び、名前のわからない蔦があちこちに巻きついている。壁はレンガのため残っているが屋根はぼろぼろで穴が開いているのが外から見てもわかる。玄関先を明るく照らしていただろうランプや窓は割れてしまっている。
「まじでこの中に入る気?」
「当たり前だろ。お宝があるんだぜ」
 将太は鉄製の門を押した。しかし錆びついているためびくともしない。仕方がなく愛里も門を押すのを手伝う。何度か押すとようやく扉が開いた。ギイイ、と不快な音を立てる。どうにか一人が通れるくらいの幅まで開き、二人は敷地内に入った。腰くらいの高さまで育った雑草が邪魔をする。玄関に着くころにはズボンに植物の種がたくさんくっついた。二人とも種をとる。一呼吸置き、二人は互いに顔を見合わせた。
「入るぞ」
「うん」
 将太は玄関のドアを押した。ギギイ、と今にも壊れそうな音がする。将太に続いて愛里もおんぼろ屋敷の中に入った。
 張り巡らされたクモの巣。壁に飾られている絵画は傾き、埃のせいで汚れている。明りのない室内は不気味である。玄関から入ってすぐ右に階段がある。愛理はふと、足元を見た。
「ねえ将太」
「なんだよ?」
「壁や二階への階段の手すりには埃が被っているけれど、床にはさほど埃が積もってない。きっと噂を聞いたほかの人たちが先に入ったんだよ」
 愛里が床を指さして言った。確かに一部は壁や手すりに比べて埃が被っていない。腕を組み、あごに手を添え考えるポーズをとった。まるでアニメの探偵が推理するときのようだ。
「そんなこといいじゃんか。早く行こうぜ」
 将太は愛里を急かした。将太にとって大切なのは噂がなぜ流れたかではなく、お宝がどんなものか、だ。将太は階段を駆け上がろうとした。そのときだった。
 カーン、カーン、と鐘の音が室内に響き渡った。
「な、なんだ?」
 将太と愛里は屋敷の中を見渡した。鐘の音とともに、威厳のある低い声が木霊した。
「ようこそ人間の子供たち。宝がほしいのならばゲームをクリアしたまえ」
 男の声を合図に室内の景色がぐにゃり、と歪んだ。将太は歪んでいく様子がコーヒーにフレッシュを入れたときと似ている、と頭の片隅で思った。実際にはあり得ない光景を将太はどこか冷静に見ていた。だがそんな感想はすぐにどこかに消えてしまう。床が柔らかくなり突然体が沈み始めた。
「うわっ」
「きゃっ」
 なぜ、どうしてなど考える余裕などない。将太と愛里はただただ、安全なところに逃げようと必死にもがいた。しかしもがけばもがくほど体は沈む。
「助けて、将太」
 愛里が叫んだ。もう首まで沈んでいる。将太は愛里の元に向かいながら手を伸ばす。床だったものがまるでジェルのようにまとわりつき体が重い。しかし将太の手は届かず愛里は完全に沈んでしまった。最後に沈んだのは将太に伸ばしていた手だった。沈んでいく中将太は自分を責めた。自分がこのおんぼろ屋敷に愛里を誘わなければこんなことにはならなかったのに、と。
 とぷん、と小さな音を立て将太の体は沈みきった。

 小さな声が聞こえる。どこから聞こえているのだろうか。将太のことを呼んでいるような気がする。
「将太」
 この声には覚えがある。ずっとずっと聞いてきた声だ。よく考えると愛里の声に似ている。
「いい加減起きなさいよ、バカ将太」
 将太はぱちり、と目を開けた。そして上半身を起こす。声の主は愛里だった。
「あ、愛里っ。え、ここってまさか天国か」
 将太は愛里に詰め寄った。愛里は将太の頭を軽く叩いた。
「うるさい、将太。私もそう思ったけれど違うみたい。心臓が動いているみたいだし」
 将太は自分の左胸に手を当てた。とくんとくん、と鼓動が鳴っている。
「本当だ」
「でしょ。それに足もあるしね」
 将太は気が抜けて大きなため息をついた。愛里は首を傾げた。なぜ将太がため息をついたかわからないのだ。
「よかったあ。愛里もおれも死んでなくて」
 愛里は「うん」と頷いた。将太は改めて辺りを見渡した。二人の身長と同じくらいの高さのブロックがあちらこちらに積まれているのだ。ブロックは正方形で真っ白だ。どうやら将太と愛里が今いるのはブロックの上のようだ。ひんやり、としているが石よりもプラスチックに近い。ブロックがないところはクレヨンで塗りつぶしたように真っ黒だ。ここには白色と黒色しか見つけられない。もちろん将太と愛里自身の色を除いて。
「それにしてもどこだよ、ここ。おれたちおんぼろ屋敷に行って、それから」
 これまでの流れを整理していると、鐘の音が響いた。カーン、カーンと聞き覚えのある音だ。
「ようこそ、幼き挑戦者たち」
「だれだっ」
 将太と愛里は声の主を探そうと辺りを見渡した。しかしどこにも人の姿は見えない。
「君たちも宝がほしくて屋敷にきたのだろう」
「そうだ」
 将太は叫んで答えた。愛里は将太の叫び声で耳が痛くなり、指で耳栓をしながら少し離れた。
「宝がほしいのならば、私とゲームをして勝てばいい」
「ゲームってどういうことよ」
 今度は愛里が見えない相手に訊ねた。カーン、と鐘が鳴る。
「これからゲームを始めよう。ゲームをクリアできれば、宝をあげよう。幼き挑戦者たち」
「いいぜ、絶対全部クリアしてやる」
 意気込む将太と反対に愛里は不安そうな表情を浮かべている。
「ちょっとどんなゲームかもわかんないのにやめときなよ」
「大丈夫だって」
 カーン、と鐘がひとつ鳴った。まるでそれを合図とするように主がわからない声が説明を始めた。
「この空間に鐘を隠している。その鐘を見つけて鳴らせばクリアだ。制限時間はないが、ギブアップをするのなら大きな声で叫べばいい」
「だれがギブアップなんてするかよ」
 将太がそう言うと「それは頼もしい」と低い声が響いた。
「それではゲームの始まりだ」
 カーン、カーン、と鐘が二つ鳴る。開始の合図だ。将太は腕を組み考える仕草をするが、すぐにやめた。一段上のブロックに登ろうと手と足をかけた。
「闇雲に歩き回っても鐘が見つかるわけないじゃない」
 愛里が言った。ブロックを登り終えた将太は愛里を見下ろしながら答えた。
「立ち止ったままじゃ鐘は見つからないだろ。早く来いよ」
 将太はひたすらブロックを登って行った。一人が不安な愛里は渋々将太のあとを追ってブロックを登った。将太はとにかく高いところを目指した。この場所がどうなっているのか把握するには、高いところから眺めることが一番いいと思ったのだ。ときどき立ち止まって愛里がついてきているか確かめる。見渡すと真っ白なブロックがどこまでも積まれていた。まるで角砂糖のようだ。
 ふと、足元を見た。まるでホタルのように柔らかくブロックが青く光っている。
「なあ、愛里。見てみろよ。このブロック青く光るぜ」
 将太は足元を指さして言った。将太に追いついた愛里も足元を見る。
「本当だ。ほかのところも光ったっけ?」
 愛里は自分の記憶を手繰った。けれど将太に追いつこうと必死だったため、足元など見てなかった。将太は別のブロックに上った。しかし地面は光らない。
「なんで光るブロックと普通の真っ白なブロックがあるんだろう」
「こっちはどうだろう」
 将太は先ほどのブロックとは別のところに下りてみた。すると、今度は赤く光った。
「おい、こっちは赤く光ったぞ」
 将太は愛里を呼んだ。愛里はそのブロックへは下りずに、将太のいるブロックを見た。確かに赤く淡く光っている。
「うーん、なにか特別な意味があるのかしら」
 愛里が腕を組んで考え始めたとき、重そうな音が将太の耳に入ってきた。ガシャンガシャン、と金属同士がぶつかる音のようだ。辺りを見渡しても音の正体は見当たらない。しかし、音は止まない。耳に神経を集中してみる。将太は天を仰いだ。塗りつぶしたような黒に白い板がいくつもらせん状に現れた。それは将太と愛理がいるところの真上である。まるでピアノの鍵盤で作られた階段のようだ。その階段でなにかが下りてきている。将太は目を凝らした。金色の鎧集団だ。じっ、と見ていると先頭の鎧がぴたり、と止まった。将太と目が合う。鎧は西洋のものでゲームなどでよく見る中世時代のものだ。隙間は目のところ以外には存在しておらず完全防備だ。鈍く光る剣を持っている。そのとき鎧の目の隙間が赤く光った。まるで将太と愛里の存在に気が付き、標的にしたかのように。鎧たちは歩みの速度を上げた。ガシャガシャ、という音が将太の中で恐怖に変わる。
「おい、逃げるぞ」
 将太は愛里に言った。愛里はなんのことがわからず首をかしげた。将太はらせん階段を指さした。金の鎧たちを見た愛里は将太とともに走り出す。金鎧たちはまっすぐ二人を追ってきた。二人ともブロックからブロックへと飛び移る。金鎧たちのと距離はつかず離れずだ。金鎧たちにとってブロックの段差など関係ないのだろう。ただただまっすぐ二人に向かっている。しかし鎧の重みでそれほど速くは追ってこれないようだ。青く光るブロックと時折鳴る鐘。二人はブロックを飛び降りた。逃げる方向を決めようと辺りを見渡したとき、愛里は背後に一か所ブロックが積まれておらずスペースができているところを見つけた。二人くらいなら簡単に入れそうだ。
「将太、ここ」
 愛里はスペースを指さした。
「よし、とにかくそこに隠れよう」
 将太と愛里は窪んでいるところに身をひそめた。ガシャンガシャン、という音が次第に大きくなる。二人は息を殺した。金鎧たちの足音がとまる。姿が見えなくなった二人を探しているのだ。どくんどくん、と心臓が高鳴る。再び鎧の動く音がする。恐ろしい音は次第に遠ざかり聞こえなくなった。金鎧の気配が完全に消えると将太と愛里は同時に安堵のため息をついた。緊張が解けブロックにもたれる。
「なあ、あいつらが持っていた剣って本物だったよな」
「た、多分。これがパフォーマンスとかだったらクオリティ高すぎるわ」
 二人は気分を落ち着けた。そしてこれまでのことを一度整理してみることにした。
 二人は宝の噂を聞いておんぼろ屋敷に来たこと。おんぼろ屋敷に入ってから、このブロックだらけの空間に来たこと。光るブロックのこと。金色の鎧集団のこと。愛里は腕を組んで考えた。真剣に考えるときの愛里のくせだ。
「なぜここに来たっていうことはこの際置いておいて、やっぱりブロックのことが気になる」
 将太も頷いた。光るブロックとそうでないブロックには必ずなにか違いがあるはずだ。
「それから赤く光ったブロックはきっと、あの金鎧たちを呼ぶスイッチだと思う」
 将太があのブロックに着地してから鎧集団が現れたからだ。それは愛里も同じ考えだった。それならば青く光るブロックは一体なにのスイッチなのだろうか。将太は逃げているときのことをなるべく詳しく思い出し始めた。金色の鎧のほかになにか変ったことはなかっただろうか。
「あ。そういえば鐘が鳴ってなかったか。ゲームで見つけなくちゃいけない鐘」
「そういえばそうだった」
 将太はさらに手がかりがないか記憶をたどる。なにかありそうな気がするがあと少し、というところで出てこない。将太はもやもやして頭をかきむしった。
「あ」
 愛里が突然声をあげた。将太は驚き肩が小さく跳ねた。
「なんだよ」
「鐘が鳴ったとき、ブロックが青く光っていたような気がする」
「でも最初に光ったときには鐘なんて鳴らなかったじゃんか」
 将太は言った。愛里は考える。
「きっとなにか法則があるのよ。とにかく青く光るブロックを探すわよ」
 将太がまず金鎧がいないことを確かめ愛里も続いて窪んでいるところから出てきた。まるでスパイ映画のようだ。
 二人は青く光るブロックを探した。もちろん金の鎧集団に気をつけながらだ。青く光るブロックは意外と早く見つかった。将太が二か所見つけ、愛里も一か所見つけた。するとカーンカーン、と鐘が鳴った。鐘の音が将太の右側から聞こえた。
「愛里、こっちから鐘の音がしたぜ」
「それじゃあ、そっちに行ってみよう」
 二人は鐘の音がしたほうへ向かった。青く光るブロックを三つ見つけると、また鐘が鳴った。二人は鐘の音のほうへと走る。
「ねえ将太。思ったんだけど、青く光るブロックを三か所見つければ鐘が鳴るんじゃないかな」
 愛里は言った。将太は愛里のほうを振り向き足をとめた。
「なるほど。それで鐘を音がするほうに行けばきっと鐘が見つかるな。でも金の鎧たちに見つからないようにしないと」
 鐘が何度も鳴ることによって将太と愛里が動いているとわかってしまうだろう。そこで愛里は青く光るブロックを探し、将太は金の鎧たちが近付いてきていないか見張ることにした。愛里は順調に青く光るブロックを見つける。愛里の考え通り青く光るブロックを三か所見つけると鐘が鳴った。何度か鐘を鳴らし、少しずつ聞こえてくる鐘の音が大きくなってきた、そのときだった。
 将太の耳に聞き覚えのある音が聞こえた。ガシャンガシャン、と鎧が歩いているときの音だ。金の鎧たちが将太たちに近づいているのだ。まだ見つかっていないが、時間の問題だろう。
「おい、愛里。金鎧たちだ」
 二人は辺りを見渡した。隠れることができそうな場所は見当たらない。仕方なく将太は愛里を先に走らせた。将太のほうが足が速いからだ。その動きを金の鎧集団は見逃さなかった。足音が聞こえる間隔が短くなる。将太は金の鎧集団に居場所がばれてしまったことがすぐにわかった。剣がぎらり、と光ったような気がした。将太も走る。五十メートルほど後ろに金の鎧集団が迫る。走っている愛里と将太の足元が青く光を放つ。カーンカーン、と鐘の音が響いた。愛里は突然走る方向を変えた。将太は少し行き過ぎたが、すぐに愛里のあとを追う。愛里が踏んだブロックが連続で三回青く光った。また鐘が鳴る。鐘の音は今までとは比べようもないくらい大きな音がした。鼓膜が破れそうだ。鐘の音は右隣からする。愛里と将太は右隣のブロックの前で立ち止まった。ほかのブロックと変わったところはないようだが、二人はここに鐘があると確信した。
「なんかないのか。ドアノブとか、取っ手とか」
 二人はブロックを触って調べた。金の鎧たちが大きな足音を立てて近づいてくる。
「将太、もうすぐそこまで来ているよ」
 愛里は将太の服を引っ張って言った。将太は焦りながらブロックを調べる。すると、腰の位置くらいに小さな窪みを見つけた。人差し指がかろうじて引っかかるくらいの大きさだ。将太はそこに指をひっかけ、押した。しかしびくともせず今度は引いたが同じ結果だった。
「将太っ」
 愛里の緊迫した声が聞こえる。金の鎧集団との距離はあと十歩ほどだ。追いつめられてしまった。将太はやけくそで窪みにひっかけた指でブロックを左にスライドさせた。するとブロックの一面が開いた。中には金色に輝く鐘が入っていた。
「見つけたっ」
 将太がそう叫ぶと金の鎧たちの動きが鈍くなり、次第に止まった。先頭の金の鎧は握っている剣を振り上げようとしている途中だった。
 カーン、カーン、と目の前の鐘が鳴った。二人は耳を押さえた。
「おめでとう、幼き挑戦者たち」
 声が聞こえた。将太と愛里をここに連れてきた男の声だ。その直後、将太と愛里以外のものすべてがここに来た時と同じように歪んだ。愛里はこのあとどうなるのか不安で無意識に将太の服を強く握った。将太はどんなことが起こってもいいように心構えをした。

 ブロックだらけの部屋から一転し、将太たちがいるのはおんぼろ屋敷の中だった。
「戻ってきた、のか」
 将太と愛里は警戒しながら周りを見渡した。室内にも関わらずつむじ風が起こり、二人の目の前に丸メガネをかけた若い男が姿を現した。黒い燕尾服を着ている金髪の外国人だ。瞳は光るブロックのように青い。年齢は二十代前半くらいだろうか。
「おめでとう二人とも。このゲームをクリアしたのは君たちが初めてだ」
 ぱちぱち、と男は敬意を表して拍手をした。声の主はこの男だということは二人ともすぐにわかった。
「約束だ。宝をあげよう。ついてきなさい」
 男は歩きだしたが、すぐに止まり振り返った。将太と愛里がついて来ないからだ。
「そんなこと言って、またさっきみたいなところにおれたちを放り込むつもりだろう」
 将太がそう思うのも当然だ。男は優しく微笑み、言った。
「安心してくれ。もうゲームは終わった。さあ、おいで」
 将太と愛里は互いに顔を見合わせる。言葉にせずどうするか相談した。将太が首を縦に振る。将太が先頭になり二人は男について行くことにした。
 男と一緒に階段を上り、一番奥の部屋へと向かう。男は扉を開け、二人を部屋の中に招いた。
「うわあ」
 二人は同時に感嘆の声をあげた。部屋には金貨や宝石などの宝物でいっぱいだったのだ。光がないのにも関わらず眩しい。二人は部屋に足を踏み入れた。部屋の中の宝物を見て回った。その中には将太と愛里を追ってきた金色の鎧が一体あった。愛里は足早にその前を通り過ぎ、将太は憎しみをこめ胴体を叩いた。元々は最初の住人のコレクションだった、とおんぼろ屋敷の精霊は説明した。
「本当にこの中のものをもらっていいの」
 愛里は男に尋ねた。男は静かに頷いた。
「ただし、ひとつだけだよ」
 二人は喜び持って帰る宝物を選び始めた。しかしいざ持って帰るとなるとなにを選んでいいかわからない。あまり大きなものは持って帰られないし、豪華すぎるものだと親に見つかってしまったときになんと説明すればいいかわからない。大人たちはきっと二人が体験したことを信じてくれないだろう。
「おれはこれにする」
「これにするわ」
 結局将太は手のひらに収まる大きさの水晶玉を、愛里は銀でできたバラのバレッタを選んだ。
「それでいいんだね」
 男が確認すると二人は頷いた。将太は男に尋ねた。
「なあ、なんであんなゲームしたのさ。あんたって何者なんだ」
 男は少しさみしそうに説明し始めた。
「私はこの屋敷の精霊だ。イギリス人がこの屋敷を建てた。ずっと長い間ここに住む人たちを見てきた。けれど、みんな自分のことにしか頭になく、この屋敷の主の座を狙っていた。そのためには友だけでなく家族をも卑劣な罠にかける。だから、私は人間がいやになったんだ。
 ここの最後の住人が亡くなってからはだれも住むことなく、おんぼろ屋敷と呼ばれるようになった。長い時間が経ち、私は思った。人間は手をとり助けあうことができるというが、それは本当なのだろうか、と。だからそれを試すためにこのゲームをしようと思ったんだ」
「そんなの、できるに決まってんじゃん」
 将太ははっきり言った。愛里もうなずく。おんぼろ屋敷の精霊は目を丸くした。
「おれ一人じゃ、ブロックのことに気がつけなかった」
「あたしだけだと、逃げ切れなかった。二人だから、鐘を見つけて戻ってこられたの」
 それを聞いておんぼろ屋敷の精霊はにこり、と笑みを浮かべた。
「今までの人間はみんな、あの金の鎧が現れ襲おうとすると我先に逃げようとした。もしも、君たちどちらかが相手を見捨てて逃げてしまっていたら、ゲームは強制的に終了していた。
 ありがとう子供たち。私に人間のいいところも教えてくれて。さあ、もうお帰り。ご両親が心配するから」
 再びつむじ風が吹いた。二人は目にゴミが入らないように反射的に目を閉じた。
 目をあけると将太も愛里も、おんぼろ屋敷の門の前に立っていた。夕日は沈みかけていた。
「え」
 二人はきょろきょろ、と辺りを見渡した。おんぼろ屋敷の精霊の姿はない。
「夢なのか」
 将太は呟いた。手の中にあるものをみる。将太は水晶玉を握っていた。愛里も同じく銀製のバラのバレッタを握っている。互いに確認するように宝物を見せた。
「やっぱり」
「夢じゃなかったのね」
 二人は帰ってきたことと宝物を手に入れた嬉しさから手を取り合って喜んだ。
「やったあ」
「おれたちゲームをクリアしたんだ。宝物をゲットしたんだ」
 喜んだ二人はふと、時間が気になった。携帯電話を見るともう六時を回っていた。門限の時間だ。
「やっべえ。急いで帰ろうぜ。母さんに怒られる」
 将太は自転車に乗ろうとした。愛里は将太を呼びとめる。
「ねえ、将太。このこと、二人だけの秘密にしよう。クラスの子にもお母さんたちにも内緒」
「ああ、そうだな。そうしようぜ」
 将太は賛成した。二人は指きりげんまんをした。愛里も自転車に乗り、漕ぎ出した。二人は自転車の漕ぐスピードを上げ、家路を急いだ。  おんぼろ屋敷は将太と愛里を優しく見送っていた。
              終わり