初めてのクリスマス

 クリスマスが近づき、町の中はどこか浮ついていた。通りにはイルミネーションや大きなリースが飾られている。けれどこの浮ついた空気がさらは好きだった。
 そんな道を通って一軒の店の前で立ち止まる。ガラス細工店『フィーユ』はさらが一番好きな場所だった。小さなガラス細工が飾られている店内はまるで絵本の中のようだ。
 ドアを開けるとチリリンっとドアベルのやわらかい音がした。奥では店主である英二が作業をしている。その長い指からガラス細工が生み出される様子を見ることもさらは好きだ。熱しているガラスの棒をくるくると回しながら離すと、英二はこちらを見た。
「こんにちは、さらちゃん」
「こ、こんにちは……え、えい、じ、さ……ん」
 さらの顔がゆでだこのように真っ赤になる。彼のことを以前は店長と呼んでいたが、恋仲になってからは名前で呼ぶことになった。それは英二からの要望だった。さらはまるで少女漫画のワンシーンのようだ、とひそかに思っている。英二のほうは初々しい反応のさらがかわいく、自分の中の荒ぶる獣を押さえこむことに必死である。できることなら今すぐ手を出してしまいたいほどだ。両思いになる前に年齢差などで悩んでいたのが嘘のようである。しかしそんなことは表に出さず英二は自分のとなりにさらを手招きした。さら専用のいすを作業台の下から引き出す。
「はい」
「ありがとう」
「もうちょっとしたら作業終わるから、ちょっと待ってね」
「だいじょうぶ。え、英二さんがガラス細工つくっているところ見るの好きだから」
 さらはにっこりと笑った。そのかわいさに耐えきれず、英二はさらの頭をなでた。さらは少しくすぐったそうに、それでもうれしさを隠さず「えへへ」と顔をゆるめた。できることなら口づけのひとつでもしたいが、今は昼間で店内である上にさらはまだそういった行為に慣れていない。すぐに顔を真っ赤にして気絶してしまうので、タイミングを考えなければいけない。けれどそんなところもかわいい、と思うくらいには英二もさらに夢中である。
 英二が作業を終えて片付けているととさらが話しかけてきた。
「そういえばね、昨日おかあさんといっしょにクリスマスツリー出したの」
「へえ。もうすぐクリスマスだもんね」
 さらは入口のそばに飾られているクリスマスツリーを見て口を開いた。ツリーにはスーパーで買ったオーナメント以外にも商品としてつくったものも飾っている。天辺にはもちろん星をのせている。
「英二さんはもうツリー出した?」
「んー、家にはツリーないんだよね。実家にはあるけれど」
「ええっ」
 さらは信じられないといった声をあげた。英二は苦笑いした。一人暮らしの身であまり無駄なものを置きたくないのだ。驚いた顔もかわいい。
「大人にはサンタさんもこないんでしょう?」
「そうだね。でも子どものときは来たよ。さらちゃんはサンタさんにほしいものあるの?」
「うん!『くるりんシュシュ』がほしいの!布とゴムを入れてハンドルを回すとシュシュができるんだよ」
 さらはハンドルをくるくると回すジェスチャーをしながら説明した。今は英二の子どものころにはなかった、おしゃれなおもちゃがたくさんある。
「サンタさんがくれたら英二さんにもつくってあげるね」
「ありがとう。楽しみにしておくよ。
 そうだ、なにか飲む?」
 片付けを終えた英二はさらに訊ねた。
「ココアがいい」
「わかった。ちょっと待ってね」
 英二は店の奥へと消えた。さらは店内を見渡す。壁には緑色のモールが波のように飾られ、窓ガラスにはサンタやトナカイのやわらかいタイプのシールが貼られている。商品もクリスマスやお正月、雪だるまなど冬に関係あるものに入れ替わっている。
 さらは二匹のりすがこたつに入っているガラス細工がとても気になっている。ほしいけれど千八百円もするので、今おこづかいを貯めている途中だ。もうひとつ気になっているものがある。それは雪の精霊の女の子と王子様のペアだった。どちらも水色の洋服を着ている。女の子は金髪のポニーテールで、王子様はこげ茶色の頭の上に王冠をかぶっている。こたつに入ったりすと、女の子と王子様のペアのガラス細工と両方ほしいが、おこづかいが足りないのでどちらか諦めなくてはいけない。何度も見比べて悩んだが、りすのガラス細工はまだ持っていないのでそちらを買うことにした。けれど女の子と王子様のペアのガラス細工も、見るたびにほしくなってしまうので困っている。
「やっぱりどっちもかわいいなあ……」
「なにがかわいいの?」
 さらがぽつりと呟いた直後、英二がココアの入ったマグコップをふたつ運んできた。「ありがとう」とココアを受けとりながらさらは答えた。
「こたつのりすと、女の子と王子様のやつ。どっちもかわいいなあって。だからやっぱりどっちを買うか悩んじゃうの」
「そっかあ」
 英二は再びいすに座り、さらと同じ方向を見た。自分がつくったものを褒められて悪い気はしない。
「あれ、英二さん。マグカップの内側ひび割れてる」
「あー、そうなんだよね。でもまだ使えるって思うと捨てられないんだよねー」
「ふうん」
 さらはココアを飲んだ。じんわりと体の芯から温まる。
「あーあー、早く大人になりたいなあ。そうすれば両方買えるのに」
「でもそれだとサンタさん来てもらえなくなるよ?」
「そ、それはだめ!」
 慌てるさらがおもしろく英二は我慢できず笑った。たしかに早く大人になれば英二とできることも行ける場所も増えるが、今はまだ年相応の無邪気なさらでいてほしいと英二は思った。そんな英二の思いのことなど知らないさらは子ども扱いされて頬をふくらませた。
「英二さんのいじわるっ」
「あはは、ごめんごめん」
 英二はさらの頭をなでてなだめた。さらの顔はまだむくれているが、なでられることが好きなさらは複雑な気持ちになった。それが顔に出ていることがかわいらしく、にやつきそうになるのを英二は我慢した。
 話がひと段落して英二はさらに訊ねた。
「ねえ、さらちゃん。今月の二十四日って空いているかい?」
「二十四日?」
「うん。もし予定が空いているんだったら……一緒にクリスマスイブを過ごせたらどうかなあって。ああ、もちろんお昼間ね」
 英二の誘いにさらは一瞬わからなかったが、デートの誘いだとわかると頬を染めながら頷いた。
「あ、あのね、友達に二十四日にクリスマスパーティー誘われていたんだけど、その、二十三日に変えてもらったんだ。え、英二さんとイブ過ごせたらなあって思って」
 さらのもじもじしながら言っている姿に、英二はきゅんっとした。我慢できずにさらの小さな唇に軽く口づけをした。さらは顔を真っ赤にしながら気を失ってしまった。



 その後目が覚めたさらは英二と話して、クリスマスケーキをつくって『フィーユ』に持って行くことになった。そのためさらはおかあさんからお菓子づくりの本を借りて、一生懸命スポンジづくりを練習した。はじめはふくらまなかったが、おかあさんにアドバイスをしてもらいなんとか形になったころにようやく気がついた。英二へのクリスマスプレゼントを用意してなかったのだ。
「ど、どうしよう……」
 時間は二十三日の夜十一時。お昼間は友達とクリスマスパーティーをして、夕飯を食べ終わってからつくりはじめたのでこんな時間になってしまった。明日の昼間はおかあさんが用事で出かけるため、オーブンとガスは使えない。それが決まりだった。そのため今日の夜にスポンジ生地をつくってデコレーションは明日することにした。ケーキをつくることで頭がいっぱいだったのだ。
 さらは階段を駆け上がって自分の部屋にむかうと、貯金箱を手にとった。陶器製の真っ白なうさぎの貯金箱だ。裏のキャップをとってベッドの上のすべてのお金を出す。
「えっと……千二百円かあ」
 これはこたつりすのガラス細工を買うために貯めていたものだ。こたつりすはたしかに欲しいけれど英二にはなにかプレゼントを渡したい。今からなにかをつくる気力はないし、明日はケーキのデコレーションで必死になってそれどころではないだろう。
「明日、早く起きてケーキのデコレーションをしてからプレゼントを買いに行こう。明日は忙しくなりそうだなあ……」
 そう言いながらもさらは、英二とクリスマスイブを過ごせることが楽しみでしかたなかった。



 十二月二十四日、クリスマスイブ当日。英二は『フィーユ』のドアの外側にはり紙をした。
『本日は勝手ながら午後二時までの営業とさせていただきます 店主』
 本来ならクリスマスは稼ぎ時だ。できれば通常通り営業したいが、さらはまだ小学生であるため夜に会うことはできない。そのため午後から店を閉めるのだ。
「よし、できた」
 英二は作業台でさらへのプレゼントのラッピングを終えた。これからパーティーの準備をする。小さな折りたたみ式のテーブルを広げ、白と緑の布を重ねてかける。その上にガラスの一輪ざしにバラを活ける。白バラだ。いすと子ども用のシャンパンに似せたジュースと食器を用意する。できることならいっしょに出かけたいところだが、それは先の楽しみにとっておくことにする。
「せめて高校生になってから、かなあ」
 未来のクリスマスを想像しているとチリリンとドアベルが鳴った。入ってきたのはさらだった。
「こんにちは」
「いらっしゃい」
 さらはつくったケーキと小さな紙袋を持っている。英二は上着を預かる。その下の服はいつもよりおめかしをしていた。ピンクの生地に黒いリボンのワンピースで、彼女なりに大人っぽくなるような服装をがんばって選んだようだ。
「かわいいね。よく似合っている」
 さらは照れくさそうに笑った。英二はいすを引いた。
「どうぞ、おじょうさま」
 物語に出てくるような大げさな仕草でも、さらにとっては夢のようだった。さらは遠慮がちにいすに座った。
「ケーキつくったよ。おいしいかどうかわからなきけど……」
「ありがとう。さっそく食べようか」
 英二はケーキが入っている箱を開けた。そこには雪のように真っ白な生クリームに、ルビーのように真っ赤ないちごが飾られていた。真ん中にはサンタクロースとトナカイのマジパンがちょこんとかわいらしく立っている。予想していたよりも上手に焼けていて英二は驚いた。
「スポンジも焼いたの?」
「うん。つくってくるって言っちゃったから」
「すごいねえ。おいしそうだ。食べようか」
「えへへ。うん」
 英二は奥から包丁を持ってきて切り分けた。二人で食べるには少し多いが、英二はなにも言わない。さらが一生懸命つくってくれたことがうれしい。さらにはサンタ、英二はトナカイをそれぞれのケーキのそばに置いた。
「そうだ、ケーキを食べる前に」
 英二は作業台の下からさっきラッピングを終えたプレゼントをとりだした。正方形のしっかりした箱だ。
「はい」
「わあ……!ありがとう!」
 さらは生まれて初めて恋人からプレゼントをもらい、短い人生の中で一番幸せな瞬間だった。
「開けてみて」
 英二に言われて包みをほどく。箱の中から出てきたのはオルゴールだった。透明なドーム型のもので、その中にはほしかったけれど諦めていた雪の精霊の女の子と王子様がいた。その後ろには小さなクリスマスツリーと切り株がある。英二特製だ。
「こ、これっ!」
「そのガラス細工、ずっと欲しそうに見ていたから。ねじは下にあるよ」
 さらはさっそくねじを巻いてみた。台座ごとゆっくり回りながらメロディーを奏でた。曲は『星にねがいを』だった。
「きれいな音……。王子様と女の子もいっしょにいられるんだね。ありがとう、英二さん!」
 さらの心底嬉しそうな笑顔に英二の心も温かくなる。にこにこしていたさらは、思い出したように別の紙袋を英二に差し出した。
「あのね、これよかったら受けとって」
「これってまさか、プレゼント?」
「うん」
「開けていい?」
 さらは頷いた。プレゼントの中身はマグカップだった。白と黒のチェック柄で取っ手もしっかりしたものである。取っ手の下のほうにはデフォルメされた狼が描かれている。
「マグカップ、ひび割れていたから。それに猫やパンダもあったけど狼のほうがかっこいいかなあって思って」
「ありがとう、うれしいよ。大切に使わせてもらうね」
 英二がお礼を言うとさらは、ほっとしたように微笑んだ。マグカップそのものはよく雑貨屋などで売っているものだ。けれど英二にとってこのマグカップは、さらからもらったたったひとつの宝物だ。
「じゃあ、ケーキ食べようか」
「うんっ」
 英二はケーキを切り分ける。二人は見つめ合ってにっこり笑うとケーキを口に運んだ。店の中では幸せで温かな時間が流れ、ガラス細工たちが二人を見守っているようだった。

「さらちゃん、クリームついてるよ」  そう言ってさらの唇に小さく何度も口づけをした英二は、マグカップに描かれた狼より少し意地悪な顔をしていた。