宝探し

 ざあ、とバケツをひっくり返したかのような雨が降っている。天気予報ではそろそろ梅雨が明けると言っていたが、そうとは思えない。外に出られないため、六年三組の生徒は休み時間を教室ですごしていた。グループで、かたまっておしゃべりをしている女子や、自由帳に絵をかいている子もいる。そんな教室の中で、岩屋タカシを含む数人の男子が鬼ごっこをしていた。本当はしてはいけないことなのだが、先生がいない今ならできるだろう、とタカシが言いだしたのだ。鬼にねらわれたタカシは机をはさみ、右左に動いて鬼を混乱させていた。しかしそのとき、クラスの女子がタカシたちを注意した。
「ちょっと、あぶないからやめてよ。先生も教室での鬼ごっこは、やっちゃだめって言ってたじゃん」
 注意されたタカシは気まずそうに「ちぇ」と舌打ちし、頭の後ろで手を組んだ。注意した女子と、いっしょに話していた別の女子たちは、まだタカシたちをにらんでいた。
 タカシは女子がきらいだ。すぐに注意をしてくるし、怒る。タカシにとって女子は、テストよりもいやなものだった。
 そのグループの中で一人、タカシをにらんでいない女子がいた。水沢あやかだ。あやかは、クラスの中でも大人しく、頭もいい。テストの点数はいつもよく、先生にほめられている。彼女がなぜほかの女子のように、にらんでいないか気になった。しかし、そんなことはすぐに忘れ、タカシはすぐに別の遊びを始めた。
「おい、じょうぎ落とししようぜ」
 じょうぎ落としは、じょうぎと赤ペンを使った遊びだ。机の上で、赤ペンのおしりの部分でじょうぎをはじき、落とし合う。机からじょうぎが落ちると負けだ。タカシの呼びかけで、じょうぎ落としが始まった。わあわあ、とすぐにもり上がった。
「先生にしちゃだめって言われているのに、するほうがいけないいじゃない」
 タカシに注意した女子が言った。同じグループの女子がうなずいた。けれど、あやかだけはうなずかないで、タカシを見ていた。その顔は、タカシのことがうらやましそうに見えた。
 四時限が終わるチャイムが鳴った。そのまま先生が、おわりの会を始める。まだ雨が降っているので怪我や車に気をつけるように注意をして、その日は終わった。タカシは名指しで宿題を忘れないように、注意された。みんながくすくす、と笑った。日直が号令をかける。
「起立、気をつけ、礼」
 クラス全員で「さようなら」とあいさつをして、ランドセルを背負う。タカシはとなりの席の、ヨウタに話しかけられた。ヨウタとは家が近所で、よくいっしょに帰る。
「なあ、ヨウタ。明日は宝探しの日だな」
「ああ。すごく楽しみだ。けれど、明日天気がよかったらいいなあ」
 日曜日である明日、タカシの住んでいる地区で、宝探しがある。こども会が中心となり、商店街や漁港と協力して、宝をかくしている。それをペアを組んだこどもたちが見つける。毎年恒例の行事だ。タカシをふくめて、こどもたちが楽しみにしている行事のひとつだ。週間天気予報では、明日はくもりと雨のマークだった。タカシは立ち止り、両手をハの字にかまえた。
「よし、念力で明日を晴れにするぞ。はあー」
 力をこめながらゆっくりと、窓に向かって両手を押しだすポーズをした。ヨウタもまねをする。廊下で念力を送っている二人を、ほかの子たちが不思議そうに見ていた。タカシとヨウタは念力を送るポーズをやめた。
「明日はたくさん宝を見つけるぞ。今年も一緒にペアになろうぜ、ヨウタ」
「うん」
 タカシとヨウタは、ランドセルから折りたたみ傘を差し、下校した。天が破れたかのように、激しく降った。

   次の日。タカシは起きて一番にカーテンを開けた。太陽の光がまぶしい。
「晴れたっ」
 タカシは喜びから、パジャマのまま、飛びはねた。ハイテンションのまま、リビングに下りた。
「母さん、晴れたっ。晴れたよっ」
「わかったわ。わかったから、朝ごはんを先に食べてちょうだい」
 タカシは機嫌よく返事をした。部屋に戻って着替えてから、リビングで朝ごはんを食べる。宝探しは二時からだ。それまでにタカシはお母さんに言われて、しぶしぶ宿題を終わらせた。
 時計の針が一時四十五分を指した。タカシは元気よく、玄関のドアを開けた。
「いってきまーす」
「飛び出しちゃだめよー」
 お母さんの言葉も、浮ついた心のせいで右から左に抜ける。タカシは集合場所の自治会館へと走る。途中でヨウタと出会ったので、一緒に行くことにした。
 自治会館、といっても家よりもせまい、古い木造の建物だ。そのため、来年には建て直すらしい。自治会館はよく集合場所としても使われるため、広場にもなっている。
 自治会館に着くと、すでに同じ地区のいろんな学年の子が集まっていた。こども会の世話をする大人たちも最後の確認をしてる。タカシは知っている子がいないか、きょろきょろ、と辺りを見回した。みんな友達同士で時間をつぶしている。そんな中、一人すみっこでつっ立っているあやかを見つけた。タカシは、あやかも同じ地区であることを思い出した。いつもいっしょにいる女子は別の地区のようだ。
 時間になると、大人が三人、自治会館の前に出てきた。そのうち両端の女性はコンビニのビニール袋を持っている。
「はーい、みなさーん。しずかにしてくださーい」
 真ん中にいる、女の人が大きな声で呼びかけた。みんなおしゃべりをやめ、女の人のほうをむいた。
「今から宝探しのルールを説明します。
 宝探しはペアを組んでもらいます。去年までは、好きにペアを組んでいましたが、今年からは男女、くじ引きで決めてもらいます」
「えーっ」
 タカシだけでなく、多くの子が声を上げた。ほとんどの子が友達同士でペアを組むつもりでいたのだ。
「それじゃあ、今からくじを配りまーす。はいはい、男子と女子に分かれてー」
 コンビニのビニール袋を持っている女の人が二手に分かれた。「こっちは女子でーす」や「男子はこっちにきてねー」と呼びかけている。タカシはヨウタをひじでつついた。
「なあ、どうする」
「うーん。でもここで帰るのも、なんかおしい気がする」
 それはタカシも同じ気持ちだ。せっかく宿題を終わらせてきたのだ。参加しなければもったいない、と思った。けれど女子といっしょにペアを組むのはいやだ。どうしようか、と悩んでいるうちにヨウタは、くじをひきに行っていた。それを見たタカシは覚悟を決め、くじをひきに行った。
「くじをひいたら、ペアの子を探してくださいねー」
 タカシがひいたくじには、八と書かれていた。タカシはしかたなく、ペアの女子を探した。「十番の女子だれだー」や「二十番の人ー」とあちこちでペアを探す声であふれている。
「おーい、八番の女子いないかあ」
 タカシが探しながら呼んでいると、後ろから肩をぽんぽん、とたたかれた。ふり返るとあやかが立っていた。
「わたし、八番」
 あやかはすっ、とくじをタカシに見せた。あやかは、ほかの女子のようにうるさくはないけれど、自分でなにも決められない性格なので、苦手だ。タカシが苦手ではない女子は、今のところいないのだけれど。
「それじゃあ、宝をかくしている場所のヒントを配りますねえ」
 みんなにヒントが書かれた紙が配られた。
「それでは、今から一時間以内に宝をいっぱい探してくださいね。よーい、スタートっ」
 タカシとあやかは、ヒントを見た。ヒントの下には地図もえがかれている。学校、商店街。電車の線路をはさみ、フェリー乗り場と港。これらのどこかに宝が隠されているようだ。
『・お月さまみたいに丸くて、おいしいよ。
 ・ブーブー、モーモー、コケコッコー。
 ・いつも怒っている場所は、どーこだ』
「よし、行こうぜ」
「どこから行くの」
 はりきっているタカシに、あやかはたずねた。タカシは出しかけていた右足を引っこめた。
「うーん、とりあえず商店街に行くぞ」
 隠し場所がはっきりと書かれているのは、商店街だけだ。タカシは一人で走り出した。後ろからあやかが「待ってー」と追いかけた。しかし二人の距離はどんどん、離れていく。あやかが息を切らしていることに気がつかず、タカシは商店街に向かった。
 商店街はこの二、三年で三分の一ほどの店が入れ替わった。店長が年をとって店を続けられなくなった、など理由はいろいろある。空いたところにはカフェや雑貨屋などが入り、タカシが幼稚園のころに比べて、おしゃれになっている。
 商店街の入り口の左手側にはタカシがよく行くたこ焼き屋が、右手側には最近オープンしたおしゃれな酒屋がある。そこに入るお客さんも若い。タカシは立ち止って、もう一度ヒントを見た。二つ目のヒントが気になった。
「ブーブー、モーモー、コケコッコー、かあ」
 声に出して、タカシは気がついた。これらは動物の鳴き声だ。
「ぶたと、牛と、にわとり。この三匹がいっしょにいるところ。あっ、そうか。肉屋だ」
 意外とかんたんだ。答えがわかったタカシは、肉屋へと走った。肉屋は一つ目の十字路にある。商店街は日曜日の昼間のためか、にぎやかだ。タカシは行き交う人の間をステップをふむように、くぐり抜ける。突然現れたタカシに驚く人たちのことを気にせず走った。肉屋についた。ちょうどお客さんが帰ったあとなのか、店長のおじさんと店員のお兄さんが立っていた。
「いらっしゃいませ」
 店長がにこにこ、と笑顔でタカシにあいさつをした。タカシは紙を店長に見せた。
「この『ブーブー、モーモー、コケコッコー』って、ここのことですよね」
「おっ、正解だよ」
 店長はきょろきょろ、と辺りを見渡した。
「あれ、ペアの子はどこにいるんだい」
「たぶん、すぐに来ると思う。ねえねえ、宝をちょうだいよ」
 店長は「だめだめ」と首を横にふった。
「クイズに答えてからだよ。それにペアの子もいっしょじゃないと」
「えー」
 タカシは口をとがらせた。しかたがないので、タカシはあやかを待つことにした。お客さんの邪魔にならないような位置に移動する。
「水沢、早く来いよお」
 タカシは足元にある小さな石ころをけりながらひとりごちた。
 タカシがあやかを待っている間に、二組もペアが来た。二組ともクイズに正解した。宝である、おかしの詰め合わせとコロッケをもらい、次の宝を探しに行ってしまった。タカシはいらいらしていた。しびれを切らせて、あやかを探しに行こうと思ったときだった。大人たちのかげから、あやかが走ってこちらに来ていた。
「おっそいぜ、水沢」
 タカシは怒り気味であやかに言った。そんなあやかは「ごめん」と謝ろうとしたが、ぜえぜえ、と息が切れて、言葉にならなかった。それを見ていた店長のおじさんが、タカシを叱った。
「おっそいぜ、じゃないだろう。君はこの子とペアなんだろう。それなら自分だけ行くんじゃなくって、相手にも合わせなくちゃだめだ。その子が必死に君に追いつこうと、全力で走ってきたことくらいわかるだろう。話せないくらい息を切らせているじゃないか」
 そう言われ、タカシはあやかを見た。じんわり、と汗をかいていて、つばを飲みこみ、少しでも早く呼吸を整えようとしている。
「それに、君はここに来ることをこの子に伝えていたのかい」
 タカシはばつが悪そうに下を向き、静かに首を横にふった。タカシがどこにいるかわからないあやかは、走りながらお店を一軒ずつまわって、タカシを探していたのだ。タカシは自分が悪いとわかっていた。けれど、あやまる勇気が出なかった。それをごまかそうとさっきとは別の石ころをける。石ころは小さく転がった。そんなタカシの気持ちがわかった店長のおじさんはしょうがないな、といった様子で口元に笑みを浮かべた。あやかも息が整ったようだ。店長のおじさんはその場を仕切り直すようにぱんっ、と手をたたいた。
「よーし、ペアもそろったしクイズ出すぞ」
 タカシはぱっ、と顔を上げた。あやかも問題を聞きのがさないのように、耳をかたむける。
「肉屋に売っているあつあつ、ほくほくなものは」
 タカシが店長のおじさんの言葉をさえぎって「コロッケっ」と答えた。店長のおじさんは「ですが」と問題を続けた。
「じゃあ、そのコロッケに使われている肉はなーんだ」
「そんなのかんたんだって。牛肉っ」
 タカシは得意げに答えた。
「せいかーい。ちょっとかんたんだったか」
 店長のおじさんは店の奥にひっこむと、すぐに戻ってきた。持ってきたおかしのつめ合わせを二人に渡した。食べきりサイズのポテトチップス、風船ガムに、チョコボール、ラムネなどが入っている。
「はい、お宝だよ。それから」
 店長のおじさんは、いろんな肉が並んでいるケースの端からコロッケをトングでつかんだ。紙でコロッケをはさみ、ひとつずつ二人に渡した。二人はお礼を言って、コロッケを一口食べた。まだ温かい。キツネ色にあがったコロッケはさくさく、と音をたてる。中のじゃがいもはほくほくで、牛肉がうまみを引き立てている。二人はコロッケを食べながら、次に探しに行く場所を決めることにした。タカシはコロッケを味わうように食べながら、ヒントを広げた。あやかもコロッケを食べながらのぞきこんだ。
「月みたいに丸い食べ物か」
 タカシは丸い食べ物を頭に思い浮かべた。あんパン、肉まん、せんべい。タカシはひらめいた。マンガのように、頭の上で豆電球が光る。
「きっと、せんべい屋だ」
 せんべいは丸いし、月の表面のようにでこぼこしている。タカシはそう思った。あやかはなにか言いたそうだったが、タカシは気がつかなかった。タカシは最後の一口となったコロッケを、ほうばった。それを見て、あやかは半分ほど残っていたコロッケを急いで口に入れた。せんべい屋はここから真っすぐ西の筋に向かって五軒目の場所にある。タカシは走り出そうとした。けれど、肉屋の店長のおじさんに怒られたことを思い出して、あやかがコロッケを飲みこむのを待った。あやかは、どんぐりをつめこんだリスのように、口がふくらんでいる。あやかがコロッケを食べ終わるのを待った。二人はせんべい屋へと向かった。二人のその姿を見た店長のおじさんが、満足そうにうなずいていた。
 せんべい屋に着くとタカシは、店のおばあさんに声をかけた。ヒントを渡す。
「このヒントに書いているのって、ここですよね」
 ヒントを受け取ったおばあさんは、それを見て、首を横にふった。
「いんやあ。このヒントはあたしの店じゃないよ」
 おばあさんはそう言って、タカシにヒントを返した。
「ええっ」
 タカシはおばあさんの言葉が信じられなかった。驚いているタカシの代わりに、あやかがヒントを受け取る。おばあさんは、タカシの様子など気にせずに、お客さんの相手をし始めた。タカシがヒントの場所を考え直していると、あやかが「あ、あのね」と話しかけてきた。
「わたし、たこ焼き屋さんだと思う」
 たしかにたこ焼きも丸くて、おいしい。それに焼き目が月のクレーターのようにも思える。しかし、たこ焼き屋は商店街の入り口の近く、つまり来た道を戻らなくてはいけないのだ。
「なんでもっと早く言わないんだよ、そういうこと」
「だ、だって、岩屋くんすぐに行っちゃうんだもん」
 タカシが怒ると、あやかはびくびくしながら、答えた。タカシはあやかの、はっきりと言わないことに腹を立てていた。
「なあ、思っていることがあるんなら、ちゃんと言えよ。おれ、水沢とそんなになかよくないから、なにを考えてんのかわかんないし」
 タカシの言葉がぐさり、とナイフのようにあやかの心につき刺さった。じんわり、と目に涙が浮かぶ。それに気がついたタカシはおろおろ、としながら言葉を選ぶ。
「ああっ、泣くなよ。えっとな、おれ頭悪いから、ちゃんと言葉にしてくれないと、わからないんだ。おれも聞くようにするから」
 あやかはこぼれる寸前だった涙を拭き、うなずいた。
「じゃあ、行こうぜ」
 二人は商店街の入り口にあるたこ焼き屋へと戻った。その途中でほかのペアとすれちがう。すでに宝を見つけたペアもいれば、まだ見つけていないペアもいた。
 二人はたこ焼き屋の赤いのれんをくぐった。中はカウンター席と、テーブル席が三つほどのある。決して広くはない店だ。壁は黄ばみ、貼っているポスターも色あせている。昔からこの店がある証拠だ。カウンターの内側ではおじさんが真剣な表情で、たこ焼きをくるくる、とはねるように回していた。タカシはヒントに書かれている場所は、このたこ焼き屋か尋ねた。おばさんはうなずいて、二人にクイズを出した。
「それじゃあ、問題だよ。『やまなし』や『風の又三郎』、『銀河鉄道の夜』の作者はだれでしょう」
「えっと、宮沢賢治」
 あやかが答えた。タカシは目を丸くした。
「お前、すごいな」
「……この間、国語の授業でしたよ、やまなし」
 あやかはタカシを見て言った。その様子は少しあきれているようだった。習ったかどうか思い出せず、タカシはすっ、と視線をそらした。
「あれだよ、クラムボンが出てくるやつ」
「ああ、あれかっ」
 タカシはようやく思い出したけれど、話の内容は思い出せなかった。おばさんは二人にたこ焼きの無料券と、ベビーカステラを一袋ずつ渡した。まだほろぬくい。タカシは温かいうちに、と一つ袋の中からつまんだ。やさしい甘みとふんわり、とした食感で幸せな気分になる。
 二人はたこ焼き屋を出て、最後のヒントの場所を考えた。最後に残ったヒントは『いつも怒っている場所は、どーこだ』というものだ。二人は一生けん命頭を働かせた。
「魚屋のおっちゃんとか、かな」
 肉屋の向かいにある、魚屋のおっちゃんはよく店員にどなっている。あやかは静かに首を横にふった。
「多分そういうことじゃないんだと思う。たとえば、怒っていることを別の言い方に変えてみるとか」
 タカシは早くも頭がオーバーヒートしてしまい、考えるのをやめてしまった。ベビーカステラをもう一つ、口に入れた。
「あ。怒るって、怒りとも言うでしょ。船を海で止めるときに使うものも、いかりっていうから」
「答えはフェリー乗り場か港か」
「多分」
 二人は商店街から近い、港から行ってみることにした。
 歩きながら、あやかはタカシに話しかけた。
「あたし、岩屋くんがうらやましかったんだ」
「え」
 ぽつり、とあやかは語り始めた。
「だって岩屋くん、いつも楽しそうなんだもん」
「水沢は女子たちといて、楽しくないのか?」
「本当はね、あんまり楽しくないの。おしゃべりばっかり。
 ねえ、この間の雨の日、なにやっていたの」
 あやかは話題を変えた。
「ああ、じょうぎ落としか」
 タカシはあやかに、じょうぎ落としのルールを説明した。あやかの目が輝く。
「おもしろそうっ」
 あやかの反応は、タカシが予想していたものとはちがっていた。興味無さそうな返事をするか、ばかにされると思っていたのだ。
「それじゃあ、今度一緒にやろうぜ」
 タカシはうれしくなった。けれど、なんとなく照れくさいので、気づかれないようにそっけなく誘った。ぱあ、とあやかは笑顔になり、うなずいた。そんな風に話していると、港に着いた。すでに三組のペアが来ていた。タカシとあやかを見つけた漁師のおじさんは大きく手をふって、二人を呼んだ。二人はかけ足で漁師のおじさんの元に向かう。人数が集まったので、漁師のおじさんは説明を始めた。
「これから行く市場に宝をかくしているからな。制限時間は三分。その間に見つけたお宝は持って帰っていいけれど、中身は市場を出てから見てくれよ。それじゃあ、行こう」
 その場にいた全員が漁師のおじさんについて行き、市場に向かった。市場はすでに、せりが終わったあとらしく、ほとんど人がいない。床はまだぬれていて、魚独特の生ぐささが鼻をつく。
「機械はあぶないから、さわっちゃだめだぞ。それじゃあ、よーい、スタート」
 漁師のおじさんの合図とともに、タカシたちは宝を探し始めた。発泡スチロールの箱の中や、すのこの裏などを探す。大きさがさまざまな箱や、紙袋があちこちに隠されていた。
 漁師のおじさんが「はーい、終わりだぞー」と手をたたいた。みんな早く宝の中身を知りたいためか、市場を出た。タカシとあやかは市場の入り口でしゃがみ、中身を確かめた。タカシは手のひらに収まるくらいの大きさの箱を二つ、食パンくらいの大きな箱を一つ見つけた。あやかは小さく薄い紙袋を一つと、タカシと同じ小さな箱を三つ見つけた。二人はおたがいに、中身を見せあった。タカシはあやかの宝を見て、声をあげた。今はやりのカードゲームが五枚一組でまとめられていて、一番上にレアカードが光っている。
「なあ、水沢。そのカードと、おれの宝のなにかと交換してくれよ。たのむっ」
 タカシは手を合わせて、あやかに頼んだ。あやかはタカシの宝を見た。文房具のつめ合わせ、ゴムボール、白いうさぎのぬいぐるみ。あやかは白いうさぎのぬいぐるみに心をうばわれた。ふわふわ、とさわり心地のよさそうな体に、赤いつぶらな瞳。あやかはぬいぐるみを指さし言った。
「そのうさぎのぬいぐるみと交換だったらいいよ」
 タカシはうなずいた。ぬいぐるみに興味はないので、あやかのカードと交換した。タカシはレアカードを手に入れたうれしさから、その場で飛び跳ねた。あやかもしずかにぬいぐるみを抱きしめた。
 もうすぐ宝探しが始まって、制限時間の一時間になる。タカシとあやかは自治会館に戻ることにした。タカシはまだにやついている。
「おーし、ヨウタに自慢するぞ」
 そんなタカシに、あやかは勇気を出して話しかけた。
「ねえ、岩屋くん」
「なんだよ、水沢」
 せっかく、よろこびにひたっていたタカシは、少し不機嫌そうに答えた。
「じょうぎ落とし、さそってね」
「わかってるよ。水沢ならいいぜ」
 あやかから不安げな表情が消えた。タカシは本当にそう思ったのだ。あやかなら、女子でも友達になれるような気がする。そんな気持ちになったのは、初めてだった。そんな自分の変化に少し戸惑いながらも、どこかうれしかった。自治会館までの道のりを、タカシとあやかはおしゃべりをしながら歩いた。
 自治会館にはほとんどの子がもどってきていた。ほどなくして、こども会の世話をしていた女の人の、終わりの言葉で締めくくられた。みんなぞろぞろ、と自治会館を去った。タカシもヨウタといっしょに帰ることにした。
「じゃあな、水沢」
 あやかは声をかけられると思っていなかったので、小さく肩がはねた。
「ば、ばいばい。岩屋くん」
 あやかは小さく手をふった。それを見たヨウタは目を丸くしていた。

   宝探しから、数日経った。ざああ、と強い雨が降っている。教室ではほとんどの生徒が思い思いに休み時間をすごしていた。タカシは、じょうぎ落としをしようと、メンバーを集めた。ひと呼吸おき、タカシはあやかのほうをふり向いた。あやかは、いつもの女子たちとおしゃべりをしていた。
「おい水沢」
 あやかがふり向いた。女子たちもいっしょにふり向く。タカシをにらんでいるような気がする。
「じょうぎ落とし、するぞ」
 あやかのどこかつまらなそうだった顔が、ぱあ、と明るくなった。あやかは首をたてにふり、女子たちにあやまってタカシの元に向かった。タカシは赤ペンとじょうぎをさし出し、ルールを説明し、手本を見せた。女子だけでなく、タカシにさそわれたメンバーも目を丸くした。ジャンケンで順番を決め、みんなでじょうぎ落としを始めた。あやかも赤ペンでじょうぎをはじく。
 二人の間には友情が芽生えはじめていた。
                 終わり